第25話 閑話休題
思考もそこそこに、体は回復した。さすがにこれだけ疲労を繰り返せばいい加減に慣れる。指定された日時まで約一日――やれることは色々ある。
「クズくん、あなたは別にいいのよ? 私に付き合うことは無いわ」
「馬鹿かよ。何を今更。つーか、逆だろ。あいつは――ああ、先生のことな。先生は俺のことなんか眼中に無いように振る舞っていた。だから俺が行くんだ。選ばれなかったからこそ、俺が行く。つまり、お前のほうがオマケってことだ。付き合うも付き合わないもねぇんだよ」
「……そう。なら、仕方がないわね」
中途半端なことを言っても納得しないのはわかっているから、こちらの理不尽を押し付けるしかない。九条の心の内はわからないが、納得させることくらいはできただろう。
「それで? 九条がどれだけ強くなったと言っても確実に勝てる保証はないんだろう? 戦いになるとも限らないし……何を準備する?」
ここは九条の家のリビングで、買い置きしてあったのだろうコンビニのおにぎりやサンドイッチで互いの腹を満たしながらの話し合いだ。俺の場合は回復に体力を使ったせいで単純にカロリーが足りていない。
「できれば戦闘は避けたいわ。どうやら澪ちゃんは私のことを過大評価してくれているようだけれど、正直に言えばあの時の力が再び使えたとしても、たぶん制御はできない。だから、戦わない方法を考える」
「……あまり現実的とは言えないな。先生は戦うことに前向きだし、酒呑童子より上の、それでいて好戦的な化物を連れて来ないとは限らない。まぁ、限る限らないという議論はいくら繰り返しても答えは出ないんだけどな」
「そうね。確かに議論だけ繰り返していても意味は無い。対策を考えないといけないわよね……こちらも増援して、戦えば負けると思わせるのは? それなら戦闘を避けられるわ」
「無くは無い。だが、問題は相手が酒呑童子と同じかそれ以上の化物を揃えてくる可能性が高いということだ。覚醒した九条なら一撃だったかもしれないが、お前以上の能力者はどれくらいいる? 質より量って手もあるが……敵か味方かの判断ができない地下十家を戦いに引き入れるのは避けたいしな」
呟くように言うと、まるで聞き耳を立てた猫のように背筋を伸ばした九条はピンと手を伸ばして、口を開いた。
「地下十家なら私が保証する。信用できるわ」
などと宣う九条に対して、俺は盛大な溜め息を吐いて返事とした。
「お前のそれは使い物にならん。とりあえず、何があろうとも地下十家を引き込むのは却下だ。他の方法を探す。それが嫌なら確証を出せ。物証と、実証もな」
「ん、ん~……」
何かを言いたげに口を噤んで唸っているが、それ以上に言葉は出てこない。ほらな、この世で最も信用ならない、勘という名の心証だ。後ろから刺してくる可能性がある奴を背後に立たせる馬鹿がいるかよ。
とはいえ、九条の言うことにも一理ある。いわゆる冷戦――相互確証破壊というやつだ。互いに不利益になる状況であるからこそ、互いに手を出さないという戦略だが、問題はそもそもの材料が不足しているということ。というか、考えてみれば現状の四王が一種の相互確証破壊の関係だろう。もちろん、現状はそれ有りきの話だからなんの参考にもならないのだが。
向こうは人類を人質にして九条を要求している。
だからといって、こっちには化物を人質にする意味はない。
厄介なのは化物側に付いているのが八重桜先生だけではないだろう、ということだ。向こう側にも人間がいる限り、九条の性格上、無理に戦闘をするはずがない。……ま、俺からすれば敵に寝返っている時点で死のうと生きようとどうでもいいのだが。
頭を悩ませながらサンドイッチに噛り付いていると、目の前の九条は真面目な顔をしてまっすぐにこちらを見詰めてきた。
「ねぇ、クズくん。できれば私は――澪ちゃんも、助けたい」
「…………っ」
あまりの阿呆な発言に加えていたサンドイッチをテーブルの上に落とした。
「だって、澪ちゃんは絶対に人を傷付けられるような人じゃない! 何かあるとすれば、それは私のため。私のせい。だから、私のために尽してくれた澪ちゃんを救うのは私の役目。……でしょ?」
「…………」
呆れて言葉も出ない。だが、言わなければならない。……このやり取り何回目だ?
「はぁ、いいか、九条。それは本人も言っていたことだから否定はしない。先生には人を傷付けられないんだろうよ。だが、それとこれとは話が別だ。忘れたわけじゃねぇよな? 酒呑童子はお前を呼び出すためにビルを破壊して大勢の無関係な人間を殺したんだ。それは、お前の信条とは違うんじゃねぇのか?」
「……確かに違うかもしれないわ。でも、澪ちゃんの目的が――本心がわからない以上は、救う道もあるって考えてほしい。本当に駄目な時は、見捨ててもいいから」
随分とわかりやすい偽善者だな。いや、偽善者だというのはわかっていたことだ。問題はそれと折り合いをつけるやり方のほうだ。
「いや、ダメだ。見捨てるだけでは弱い。もっと確実な約束をしろ。駄目だったときはどうする? 救えないとわかったら、お前はどうする?」
「私は……私が――私が、澪ちゃんを殺す。それが、私の役目だと思うから」
実際にその場になって、その状況にならなければどうるなかはわからないが、それでも自覚しているかどうかの差は大きい。宣言したところで九条に八重桜先生を殺せるとは到底思えないが、口に出すことに意味がある。
「見知らぬ他人を守って、九条も戦わずに、先生も救う……厄介だな。向こうの目的がこちらの思いと折衷案が出せる気はしない。というか折衷できる可能性があるのなら、初めから撥ね付けるような態度は取らないだろう。だから、今できるのは話し合いじゃない。戦いになったときに備えることだ。違うか?」
「違、くはない。クズくんの言うことはほとんど正しい」
ほとんど、ね。言いたいことはわかる。俺の言い分は正しいのかもしれないが、そのまま鵜呑みにして消化することができないんだ。なにせ、クズだから。それに何より、九条の望んでいることと、俺の見ている現実に納得がいかないんだろう。理想を叶える努力もせずに初めから諦めているような態度の俺のことが、彼女は許せないのだ。
「んで、実際に何をするかだが……たった一日で九条と並び立てるほど強くなることはできないからな。俺の場合は武器になりそうな物を集めることが先決だ」
いい加減、文房具だけで戦うのはキツい。相手が強くなるにつれてこちらの奥の手を消費しているから、もうネタ切れだ。そろそろ物理的に攻撃力が高い物を使うようにしたほうがいい。具体的には刃物か、俺の性格的には飛び道具が一番だな。……いや、今更感の強さには目を瞑ろう。
「私の場合は血、かしら。でも能力の性質上、失った血は一日でも経てば戻るのよね。だから、今更やることもないわ。あの力を使いこなすための練習なんてできるだけの時間は無いし……精神統一とか?」
「まぁ、やっておくに越したことはないけどな。だが、可能なら戦略を立てるほうがいい。単純な強さで言えば先生よりも九条のほうが強いだろ? 力を隠している可能性もあるが、たぶん九条のほうが上だ。問題はそれ以外の化物だ。どんな奴がいる?」
「どんな……? いろいろな化物がいるから何とも言えないわね。酒呑童子以上だとしたら限られているけれど、どうかしら」
「どうかしら、ってどういう意味だ? それぞれの眷属の特徴とか無いのか?」
「水、火、風、それぞれの眷属に特徴は無いわ。名を冠している王だけが、その力を持っているの。だから、その場で、目の前の敵の相手をするしかないわ」
「……出たとこ勝負ってことか」
結局はこの話し合い自体が無意味だということ。わかってはいたことだが――いわゆる一つの閑話休題だ。
死に掛けからの復活、そして再び戦いへ、か。まるでどこかのヒーローのようじゃないか。いやいや、やめてくれ。俺のポジションはヒロインだ。ヒーローの後ろであたふたする。か弱い乙女のように、サポートくらいはするけどな。
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