第24話 同じ硬貨の裏表

 考えてみよう、八重桜先生の目的を。


 無意味だとわかっていても、考えた分だけ無駄にならないことはこれまでの戦闘で証明されている。


 先生――八重桜澪は、おそらく誰よりも大局を見れている人だ。そうでなければ、誰の得にもならなそうなことをするはずがない。意味が無いことはしない人だ、と思う。九条のためにはなったわけだが、そのためだけでは無いだろう。


 つまりは、それの考察だ。


 もしも八重桜先生が化物側に付いているのなら、わざわざ九条の力を引き出させる理由は無いはずだ。世界を滅ぼすつもりなら、その敵を増やす意味はない。その過程を楽しむため、というのならわからないこともないが、果たして先生がそんなことを考えるだろうか。どちらかと言えば強者との戦いを避けていたような気もするが、九条と俺を差し向けるために演技をしていた可能性も有り得る。


 化物側に付くメリットはなんだ?


 例えば、人間と化物で圧倒的な戦力差があり、化物側に付いていれば自分だけは助かるとか、そもそも人間が嫌いで化物たちの意見に共感してとか。それなら、行動そのものが先生にとってのメリットとも言える。望むべく方向に進むことは、善であろうと悪であろうともメリットだ。とはいえ、本人にとってメリットになり得ることは全て善なのだろうが。


 では、人間側に付くメリットは? ……いや、この場合はメリットとは言わないだろう。人間側なのに、どうして化物と手を組んでいるのか、が疑問だ。


 もちろん、そこにはメリットがあるのだろう。例えば八重桜先生以外の地下十家が九条の敵で、敵の敵は味方のような感じで手を貸している可能性もある。しかし、二人以外の地下十家に関しては面識が無いし判断することは難しい。とはいえ、最も合理的な考え方はそれだろう。だが、八重桜先生が九条を思い通りに動かそうとしている事実は変わらない。言うことに従わなければ他人を傷付けると脅しているわけだからな。何よりも、そのやり方では九条が動かないことを先生は知っているはずだ。なのに、どうして?


 やり口がちぐはぐだ。


 事実だけで確認すると――


 八重桜先生は九条のために動いている。


 九条の力を十二分に引き出して、その力を利用しようとしている。


 化物と手を組んでいる……利用している?


 少なくとも酒呑童子レベルは自由に使うことができる。


 ――こんなところか。


 可能性を考えると際限無いが、最悪ならば考えられる。


 例えば、八重桜先生が他の王――水の王、火の王、風の王と同等の力を持っていれば最悪だと言える。けれど、酒呑童子を動かせていたことを思えば充分に有り得ることだ。


 ……こう考えると本当に最悪なこととはなんなのだろう。そもそも味方だと思っていた八重桜先生が敵だと判明した時点で最悪と言える。何故ならこちらの情報が筒抜けだったからだ。俺のことも九条のことも、すべては先生の掌の上で転がされていたに過ぎない。


 いや、これも違うな。最悪なのは死ぬことだ。俺が、死ぬことだ。世界がどうこうなる前に俺が死ぬんじゃ意味が無い。


 少なくとも俺は八重桜澪の策略でこんな世界の裏側に踏み込まされて、九条はその世界での生き方を教えてくれた。……まぁ、嫌々ではあったと思うが。それでも、俺がどちらに味方するかと問われれば九条のほうだ。大した理由も無いのだが、強いて上げるとすれば――似ているから、かな。何度も言うように同じ硬貨の裏表。似ているからこそ正反対で、正反対だからこそ似ている。


 誰にでも優しく、自分のことは二の次にする九条と、


 他人などどうでもよくて、自分が第一のクズ野郎だ。


 おそらく、九条は常に正しいほうを選ぼうとする。


 それに引き換え、俺は選ばないことを選ぶ。


 よく言うだろう? 好きの反対は嫌いではなく無関心だと。つまり、正解を選ぶことの反対は不正解を選ぶことではなく、選ばないことだ。


「……はっは」


 故に同族嫌悪のような思いと、同病相憐れむような感覚のどちらもが混在している。


 まったく本当に――厄介だよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る