第23話 裏切りと

 例に漏れることなく。


「……またベッドか」


「ええ。でも、私のベッドよ」


「ああ……道理で」


 当然か。あんな別れ方をして、八重桜先生の家に行けるほど節操なしではないだろう。多少の痛みが残る体を起き上がらせれば、横に座る九条は安心したように目尻を下げながらも、不満そうに口を尖らせていた。


「九条。俺はどれくらい寝てた?」


「約二十時間」


「ってことは、あと二日半ってところか。何か進展はあったか?」


 問い掛けると俯きがちに口を閉じた。


「……どうした?」


「クズくん、あなたは無関係の人間よ。そんな人を私たちの個人的な問題に関わらせるわけには――」


「はぁ? バカか、お前は。すでに充分関わっているし、何より八重桜先生が言うには全人類が関係しているんだろ? だとしたら、無関係な人間なんて誰もいない。……話せよ。もう、気遣う仲でも無いだろう」


「そう、ね……でも、進展があったかと問われれば大して何も無いわ。一応は地下十家の情報網を確認してみたのだけれど、今回の澪ちゃんの行動については、どこの家も知らなかったし関与していないらしい」


 そりゃあ言うはずがない。元々無関係ならば当然の反応ではあるが、仮に関与していたとしてもそれを公言するはずがない。これまでの八重桜先生のことを考えれば独断で動いていると考えていいとは思うが、他の家が全くの無関係だと切り捨てていいかと言えばそうでもない。俺が話を聞けば多少は絞り込めたかもしれないが、たらればを言っても仕方がない。


「じゃあ、その張本人の八重桜先生については? 正直、俺にはどうにもまだ理解できていないんだ。いったい、何が目的だったんだ?」


「目的……たぶん、澪ちゃんは私のためにやったんだと思う。私の、ために――」


 そこで落ちられたら突っ込めないんだが、二人の関係性を考えると仕方が無いのかもしれない。まぁ、俺には関係ないのだが。


「で、何が九条のためだ? 力の解放がどうだとか言っていたが」


「そう。以前にあなたも言っていたように私は自分の力を使いこなせていなかった。……いえ、どちらかと言えば力を引き出せていなかった、というほうが正しいのかしら」


「強力過ぎる力を使うことに躊躇いがあった、って感じか?」


「……ええ、その通りよ。地下十家には過去にも似たような事例がいくつかあって、解決法は少ない。家族か、身近な誰か、もしくは親しい誰かが――」


「死ぬか、死にかけるか、か」


「そういうことよ」


 九条にとって俺が親しい人間かは措いておくにしても、友人と言える者ですら初めてだったのならば、俺が血を流して倒れた姿を見て逆上してもおかしくはないかもしれない。なんにしても感情を抑え切れなくなった九条の力が百パーセント以上に暴走したのは間違いない。


「八重桜先生の思う壺ってことだな。それにしたって腑に落ちないんだが、どうしてこんな回りくどいことをする? 力を解放させるために、先生曰く似た者同士の俺たちを引き合わせて、俺を殺させるってのは些か面倒が過ぎる。そもそも、力を解放しなくとも九条が強いのは周知の事実なんだろ? ……本当に何が目的なんだ?」


「……ん? だから、私の力を――」


「いや、違うだろ。九条の力の解放は目的に向かうための手段でしかないはずだ。考えてもみろ。もしも先生の目的が『九条の力を解放する』って一点だけなら、あの場で姿を現す必要が無い。わざわざ出てきて、化物を使って大勢の人間を殺しましたよ、なんて宣言するメリットが無いだろ」


「それもそうね。じゃあ、目的というのは……いえ、そもそも、澪ちゃんはどっち側なの? 人間の味方? それとも、化物の味方?」


 これで漸く議論ができる。そう。それこそが問題なのだ。


 九条の力を引き出したことよりも、八重桜先生の立ち位置によって俺たちの立ち回り方も大きく変わる。


「まぁ、正直先生と俺は高校に入ってからの関係でしかないからな。長い付き合いの九条から見てどうなんだ? 先生は、どっち側だと思う?」


「私は……先生は、人間の味方――だと、思いたい」


「……そうか」


 まぁ、個人的感情が入ってしまうのは仕方がない。九条の意見は念頭に置いておくとして、ここでは事実だけを見ていこう。


 まず八重桜先生は地下十家・八の現当主であり、人間だ。その上で、酒呑童子に掛けた言葉には引っ掛かるところがあった。化物を付き従えている証拠にはなり得ないが、言質がある以上は可能性が高い。


 しかし、だからといって化物側とは限らない。とはいえ、この問答を俺の頭の中だけで始めてしまうと永久に答えは出てこない。八重桜先生の本心がわからないうちは、人間側なのか化物側なのか――どちらにもメリットとデメリットがあるはずだから。……まぁ、理解できない者には、ただ裏切られただけに感じるのだろうが。


「俺が知りたいのは先生が何を優先させるのか、ということだ。俺なら俺の都合を優先する。見知らぬ他人なんかどうだっていいからな。九条は?」


「私は、私以外の誰かが傷付くのが許せない。こんな力を持ってしまった以上は、私に守れる全ての人を守りたい」


「だから、まぁ……俺とお前は対極だ。八重桜先生は、どちらに近い?」


 同じ硬貨の裏表かもしれないが、正反対ならば、必ずどちらかに傾倒するはずだ。真の中立など有り得ない。事、今回の件については。


「よくわからないけれど、澪ちゃんは犠牲を厭わない人、だとは思う。自分のためというよりは私のために。昔からそうだったから……自分のことなんか気にせずに、いつも私のことばかりで。私のために、戦っていてくれた。だから――たぶん、私にもクズくんにも、どちらにも似ていると思う」


「そりゃあ……厄介だな」


 九条のため、か。他人に自己を投影するタイプの人間は、確かにどちらに転んでもおかしくはないが、強いて言うとすれば他人がどうなってもいいという点に置いては俺に近いのだろう。別に嬉しくも無いが。


「だとすると、おそらくは化物を解き放つことに躊躇はしないだろう。俺たちで先生の目的を推測したところで意味が無い。今日から二日後――学校で待つという先生の下に行くことは避けられないが……九条。もしも先生の目的がお前の意にそぐわないものだったらどうする?」


 ここからが本題である。地の王の候補である九条が何を選ぶかによって、おそらく世界そのものが変わってしまう。まさか俺がそこまで大それたことに関わっているとは思いたくも無いのだが。中々深みまで嵌まってしまった今となっては抜け出すこともできないだろう。……底無し沼だよ。


「澪ちゃんが何を望んでいるにしても、人が傷付く結果になるのなら私は従わない」


「従わないことで人が傷付いても?」


「ええ。私が澪ちゃんを止める」


「……そうか」


 気が付いていないのかもしれないが、昨日から今日に掛けて呼び方が戻っている。八重桜先生のことを『澪ちゃん』と呼んでいる限り本気で止めることは――本気で戦うことはできないだろう。口では強がったことを言っても、心にはまだ優しさという弱さが残っている。……それが九条の良いところなのかもしれないが、弱点でもある。生かすも殺すも――俺次第、かな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る