第17話 それでも、俺は

 日が沈みかけると、帰ってきた八重桜先生と九条が入れ替わるようにしてベッドの脇に腰かけた。


「……茉莉花と何かあったのか?」


「いえ、別に。何もありませんよ」


「そうか。まぁいい。話は聞いたか?」


「どの話ですか? あと三日で動けるようになること? それとも九条が途方も無く考え無しの馬鹿なこと?」


「……なるほど。それが原因か」


 知った風なことを言う先生だが、何もわかってはいない。現状がどれだけ不安定で、いつ崩れてもおかしくないことに気が付いていない。


「どうやら九条は敵が化物だけだと思い込んでいるようですが、八重桜先生はどう考えていますか? というか――先生は、味方ですか?」


 つい口から言葉が漏れてしまった。これは一歩間違えば洒落にならない結果になる質問だ。もしも、先生が敵だとしたら動けない俺はこの場で終わる。いろんな意味で終わる。


「私のことは味方と思って大丈夫。でも、茉莉花はそういうことには疎いから仕方がない。……他に何か質問が?」


「あります。そもそも、敵はなんですか? どこまでが敵なんですか?」


「問題は、何をもって敵とするのか、だろう。葛城、君はどう考える?」


 質問に対して質問で返すなよ。とは言えないので、素直に考える。言葉にしながら、考えようか。


「……以前までなら、九条を殺すつもりでいた三王は全て敵だと思っていましたが、酒呑童子のおかげでその考えを改めなければならなくなりました。三王の中に殺すのではなく利用しようと考えている者がいるのなら、それは敵とは言えないかと。やり方次第では逆に利用することも可能ですし」


「うむ。概ね同意見だ。それで?」


 概ね、ね。


「化物のほうはわかり易いから裏側の戦略合戦には問題になりません。むしろ、人間のほうが問題です。組織となれば、亀裂も衝突も裏切りもある。厄介ですよ」


「人が集まれば問題も起きる。当たり前のことだな。それで? 葛城は何を知りたいんだ?」


「真実を」


 食い気味で言うと、立ち上がった先生は窓に近付いて夕日で紅く染まる空を見上げ、静かに息を吐いた。


「……真実か。それは難しいな。今、私が知り得ている全てのことを話すことはできる。が――それを知ったら、もう後戻りはできないぞ? それでも、聞くか?」


「……止めておきますよ。さっき、九条にも俺はもう関わらないって宣言したばかりですしね。これ以上は、ノータッチで」


「そうか。残念だよ。君なら――茉莉花を救ってくれると思ったのだがね。……体が動くようになるまでゆっくりと休むといい。私に気遣う必要は無いからな」


「はっは。先生のベッドに寝ている時点で、気遣いなんてしませんよ」


 静かに鼻で笑うようにした先生は、窓のカーテンを閉めて部屋から出ていった。


「…………はぁ」


 意図的なのかそうでないのか……とりあえず俺の離脱は確定したと言っていいだろう。


 だが、先生もはた迷惑なことをしてくれた。あの言い草で俺が気が付かないとでも思っているのだろうか。むしろ、これで全てがはっきりしてしまった。全てを知れば後戻りができないということは、人間のほうにも――地下十家にも敵がいるということだ。安直かと思っていた考えは的を射ていたわけだ。


 おそらくは勢力争い。現・地の王は初代で、どこにも属していないから良かったものの、二代目は地下十家の中のどこかから選ばれる。そうなれば、地の王を輩出した一族が力を持つのは当然のこと。形としては一族から離れて一つの独立した存在になるのだろうが、形式など関係ないのだ。どの世界、どの政治でも裏側から力を誇示し保持する。別にそれが悪いことだとは思わない。むしろ当たり前のことだ。自らの主張を通そうとするのは、子供でもすることだからな。……だからこそ、俺は気に食わないわけだが。


 しかし、ここでは俺の思いとは切り離して考える必要がある。


 地下十家は一枚岩ではない。けれど、九条と八重桜を除いた七家の思惑が同じものかと言えば、それも違うと考えるのが妥当だ。何故なら、列の先頭に、隊の頭に立つことを望む者がいるのと同じように、副たる者とし背後に構えることを望む者もいるからだ。懐柔するのならもちろん後者だが、俺は複雑な組織図や人間関係など把握していないし、何より関わるつもりもない。にも拘わらず思考してしまっているのはご存知の通り――ただの趣味だ。


 それはさておき、現状だ。


 控えめに言っても良くない状況なのは言わずもがなだが、やり方次第で好転させることも可能だと俺の勘は言っている。根拠は無いが、材料は揃っているという感じか。九条が動くことは無いだろうから、行動を起こすとすれば八重桜先生だろう。……そうか。派閥というのならそういう考え方でいいのか。関東の中心部が九条と八重桜、それ以外の関東が七の一族。九と八が足並みを揃えているのなら七は? しかし、今の状況で姿を見せていないのなら味方とは言えないのかもしれない。それ以外がどう分布されているのかわからないが、残りの六家の中で九条を殺さない方向で話を進めやすいのは三家いるかどうか。


「……そう上手くもいかないか」


 俺が思うよりも複雑に入り乱れた裏側がある。


 知る由もなく、知りたいとも思わない。だが――それでも、俺は。


「…………俺は……」


 俺の知らないところで、関与できないところで起きることなどどうでもでいい。


 無関心で、不干渉――それが、俺だ。忘れるな。選ばないのが、俺なんだ。

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