第18話 安い挑発
一日が経ち、それなりに体を動かせるようにはなったが起き上がることはできず。
二日が経ち、ようやく起き上がることができた。
その間、八重桜先生は食事を運んでくる以外は部屋に入ってくることは無く、言葉を交わすことは無かった。それは別に構わない。むしろ、今の俺は完全なる部外者なわけだから生徒と先生以上の会話は必要ない。
解せないのは――
「おい、九条。お前、学校は良いのか?」
「…………」
「……はぁ」
この二日間、俺が目覚めるとそこに居て、眠るときにもそこに居た。にも拘らず、こちらが声を掛けても無言のまま、本に視線を落としたままで顔を上げることはなかった。いくら俺でも、よく知りもしない人間の考えていることまではわからない。こと九条においては尚更だ。育ってきた環境が違うのは当然のことで、もっと根本的に――深い部分で分かり合えることは絶対に無い。
「アレだな。気が付いているのかわからないが、気まずいってやつだ。わかるか? いや、わからないだろうな。だからこそ、お前はここに居て――俺を監視している」
すると、本から視線を外さずに肩を落とすように息を吐いたのがわかった。
「……別に、監視をしているわけではないわ。むしろ守っているつもりだったのだけれど……お邪魔だったのなら悪かったわね」
「ああ……なるほど」
九条は九条で考えているわけか。
前回の襲撃では九条ではなく俺が殺される一歩手前まで来ていたわけで。また襲われるかもしれないと気を張っていたわけか。そのせいでこちらの気も休まらなかったわけだが。
とはいえ、俺の予想が間違っていなければ、もう俺が狙われることは無いだろう。理由は単純――いつでも殺せるくらいの雑魚だと知ったからだ。わざわざ刺客を送らなくとも、これからも九条の戦闘に加わることがあればいつかは死ぬ。だが、今となってはその心配も無い。もう、関わるつもりは無いからな。
俺は、選ばない。目の前に選択肢が存在しているのなら尚更選べない。これは心の在り方の問題だ。だから、九条のように金に興味も無く命を賭けて化物と戦おうとは思わないし、八重桜先生のように誰かが傷付くのを防ごうとも思わない。無意味な正義感を振り翳すことに興味は無い。
「…………これは――」
携帯を手に取った九条が画面に視線を落とすと、途端に険しい表情を見せた。素早く指を動かして携帯を仕舞ったところを見るに、送られてきたメッセージに返信したのだろう。険しい表情のまま立ち上がった九条は、ドアへと向かっていった。
「……おい、何かあったのか?」
興味ではなく、好奇心だ。
「いえ、なんでもないわ。あなたはまだ体が万全ではないのだから寝ていなさい。明日までは大人しくして。私は……少し出てくるわね」
「そうかい。いってらっしゃい」
「っ……行ってきます」
皮肉交じりに言ったせいなのか九条は眉を顰めたが、閉じた瞼を開くと今度は眉尻を下げて部屋を出ていった。
「……情緒不安定かよ」
呟きが届くはずも無く、家のドアが閉まる音が聞こえると上半身を起き上がらせた。
実は今日の朝、目が覚めたときからなんとなく気が付いていた。ずっと九条に監視されていたから確認はできなかったが、今、確信できた。俺の体はすでに治っている。三日と言われたところを二日で治したわけだが、ただの一日差では驚異の回復力とは言えないな。
鬼の居ぬ間に洗濯、というやつだ。もしくは夜逃げ。
「昼間だが……」
今のうちにこの家を出ていくことにしよう。先生には学校で会った時にお礼を言えばいいし、九条の監視を逃れるには今しかない。……まぁ、明日には動ける予定だったわけだからそれまで待っていればいいだけの話かもしれないが、それでも早いに越したことは無い。この二日間、歩いていなかったから筋力の低下も不安だったが思いの外に衰えは感じない。おそらくは纏のおかげなのだろう。
服を着替えて、置かれていた自分のバッグの中から取り出した携帯食に噛り付き、携帯を確認した。相も変わらず誰からの連絡も無いおかげで充電も大して減ってない。
「…………ん?」
大量のニュースメールが送られてきていた。その中の最新を開いてみれば、つい十分前くらいに送られてきたものだった。
「映像付き……?」
ニュースに添付されていた映像を開いてみれば、おそらくは一般の野次馬が撮った映像が流れだした。
……都内のオフィスビルで起きた爆発の映像? すでに燃えているビルから大勢の人が慌てて出てくる頭上で爆発が起きると、逃げ惑う人々の頭上に瓦礫が降り注いだ。ニュース用に加工されてモザイクが入っているが、それでも血塗れの人々がわかる。そしてカメラは炎上するビルを映す。
「……これは、人か?」
炎の中で動き回る人影が見える。だが、慌てている様子も無く逃げる様子も無い。それに周りにいる野次馬も気にしていないということは化物の可能性も――いや、そう考えれば記憶にある姿と一致した。はっきりとは見えないが、こいつは酒呑童子だ。
……ああ、なるほど。九条が出ていったのはこれが原因か。道理で不機嫌だったわけだ。とはいえ、俺には関係ない。
さて、準備も済んだし家を出て行こう――と、靴を履いたとき、震えた携帯を確認すれば先生からメッセージが着ていた。千里眼でも持ってんじゃねぇのか、あの女侍は。
「……『お前には関係の無いことだ。気にすることなく家に帰るといい。誰も、責めはしないさ』だと? ……はっは」
伊達に教師はやってないってことか。それとも単に煽るのが巧いだけか? いや、仮に煽るのが巧いだけならこんな風に書く必要は無い。俺だから――選ばない俺にだからこそ、わざと選択肢を提示してきたのだ。
確かに俺には関係ない。その立ち位置だけは揺らぐことが無い。責められるはずもないだろう。なにせ部外者なのだから。気にすることなく家に帰るといい、だと? 気にはしないさ。俺の知らないところで何が起きていようとどうでもいいことだ。だが、家に帰る? 天邪鬼なら帰らずにこの場に――この家に留まって帰ってくる先生や九条を驚かせるのだろうが、そこにある選択肢は帰るか帰らないか、だ。
「あ~……くそっ」
スタンスの問題だ。別にそれに従う必要は無い。それでも俺は自分の信条を曲げるつもりは無い。折れることも曲げることもいつだって出来るが、こういう形で選ばされないのは気に食わない。
上等だよ。その安い挑発を買ってやろう。
「場所は……それほど遠くないな」
安い挑発は買った。次に買うのは文房具などの俺の武器だ。そして最後には――化物を狩る。お、結構いい感じに韻を踏めたんじゃないか?
などと言っている間に今も炎上は続いている。急ごうか。
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