第13話 強者

 地震が治まるや否やジャージに着替えた九条は化学室を飛び出して、俺も追うように走り出した。


 差し出された選択肢は、戦って校内に残っている生徒を助けるか、戦わずに生徒を見殺しにするか、だ。


 廊下を駆けながらも窓から見える校庭の地面から化物が噴き出している姿が見える。それも蠢く虫の如く大量にだ。まぁ、言葉を選ばなければキモイな。


「クズくん。今現在、校内に残っている生徒の数はどれくらい?」


「あ~、部活で残っている生徒とそれ以外で――大体二百五十人前後ってところだろうな」


「二百五十……それくらいなら、なんとかなりそうね」


「マジで?」


 九条の適当な発言には疑問符を浮かべざるを得ないが、理系の申し子の言うことなら計算的には正しいのだろう。そこに俺が組み込まれているのかは微妙なところだが。


 わからないのは、奴らが地震によって発生したのか、それとも奴らが発生したことによって地震が起きたのか、ということだ。現在進行形のこの状況ではどちらでも構わないのかもしれないが、後々は重要になってくるはずだ。


「クズくん、私は先に行くわ」


 そう言うと、九条は開けた窓から外へ飛び出していった。……いや、ここ三階だぞ!?


 飛び出したところから下を覗き込めば何事もなく着地して走り出した九条の姿があった。


「……いや、無理だ!」


 一瞬、俺もいけるんじゃないかと思ったが、よくよく考えなくても無理だ。大人しく校舎内を大回りしながら、昇降口から靴に履き替えて外に出た。


 先程の地震で未だに混乱中の生徒たちを横目に汗だくのまま校庭に向かうと、すでに骨の騎士を二体出して、双刀を持って戦う九条が居た。こちらに気が付くと、近付いてくる化物を倒しながら寄ってきた。


「あら、意外と早かったのね」


「はぁ……はぁ……ああ、これでも一応、最近は鍛えているんでな」


 ブレザーを脱いで、ワイシャツの袖を捲っていると、九条の視線が上を向いているのに気が付いて、その視線を追った。校舎の屋上からこちらを見下ろしてくる者がいた――人型ではあるが、まず間違いなく化物だ。


「クズくん。一応言っておくけれど――」


「ああ、わかっている。相当ヤバい奴なんだろ?」


「……わかるの?」


「あれだけ嫌な感じを向けられていれば猿でもわかる。強いのか?」


 長髪から覗かせる二本の角に、袴の腰に差した二本の刀と瓢箪。鬼の類であることは違いないだろうが、大鬼と異なるのは大きさが二メートル弱の人間サイズということだ。


「あれは酒呑童子。鬼を束ねる最強の鬼で――火の王の眷属よ。強さで言えば、王から数えて三番目くらいかしら」


「ナンバースリーか。じゃあ、その後ろにいる獅子舞みたいな奴は?」


「獅子舞?」


 九条は目を凝らすが、俺にははっきりと見えている。体長三メートル。獅子舞のような顔に、体は苔が生えたような緑色の鱗で覆われている。……どうして俺にはこんなにも鮮明に見えるんだ? 屋上だぞ。


「あれは――狒々ひひね。水の王の眷属で、強さは上から五番目くらい」


「三番目に五番目か。ちなみに牛鬼と大鬼は?」


「……十番前後」


「万事休すって感じだな」


 そろそろ骨の騎士たちだけで蠢く化物を止めるのが難しくなってきた。加えて、圧倒的に強さレベルの違う敵が眼前にいる。これはアレだな――ここが死に場所か。


「澪ちゃんは校内に残っている生徒の誘導をしているはずだから、それが終わるまで私たちで持ち堪えるわよ。準備はいい?」


「良くはねぇけど、待ってはくれないんだろ?」


「ええ、そうね。先に行くわ」


 例によって血で双刀を作り上げた九条は敵の中に飛び込んでいった。


 牛鬼に大鬼、最強の鬼――酒呑童子。鬼はいろいろ見てきたが、俺からすれば敵の中に突っ込んでいく九条こそが最も鬼らしい。悪鬼羅刹の如しって感じだ。


「……はぁ」


 俺の実力ではどうやっても生き残ることはできないだろう。戦って死ぬか、戦わずに死ぬか――なら、戦って生き残ろうか。


 力が無いなら頭を使え。思考を回して、計算して、生き残る術を見つけ出せ。それが一番俺らしい。それが一番、面白い。


 まずは大量の輪ゴムを使う。これも実験済みだ。纏をした輪ゴムを指先に掛けて引き伸ばし、敵に狙いすまして撃つ。威力もそれなりで、それほど強くない化物なら貫通することができる。まぁ、あくまでもサポート用だが。


 これまでの共闘から九条の動き方はわかっているから、死角に入っている化物を中心に撃っていけば戦況は上手く運ぶ。舞うように双刀を振るう九条は相も変わらず美しくて魅入ってしまう――と、輪ゴムが切れた。


「……三十個くらいあったんだぞ?」


 輪ゴム二個で化物を一体、計十五体。その間に倍の数の化物を九条が倒したとして四十五体。なのに、一向に数が減っている気配が無い。むしろ、増えているような気もするのだが。


「仕方がない、か」


 まだまだ付け焼き刃だが、九条に倣ってこちらも二刀でいこう。取り出した鋏の鋲を外して二つに分けて、纏を行い巨大化する。付け焼き刃でも、刃に違いはない。


 舞うことはできないが、確実に一体ずつ仕留めながら進んでいくと九条と背中合わせになった。


「あら、今度は鋏? 随分と文房具が好きなようね?」


「はっは。思い入れは無いが、手に馴染むからな。それに何より壊れたとしても安い。つーか、そんなことどうでもいいだろ。今は目の前にいる化物を――なんか増えてねぇか?」


「ええ、増えているわね」


 倒しても倒しても次から次に湧いてくる。他の生徒や先生に見えていないのは幸いで騒ぎにはなっていないが、この状況だけを見れば、まだゴキブリの大群のほうがマシに思える。何故ならゴキブリは化物と違って、こちらを殺す気で襲い掛かっては来ないからだ。


「元凶は――」


 誰が化物を呼び出しているのかはわかっている。だが、今そちらに気を向ければ化物たちに押し込まれる。今は、まだ。もう少しすれば――


「〝刀身を媒介とし、敵を滅しろ――大蛇丸〟。悪い、待たせた」


 ヒーローは遅れてやってくるってやつだ。


「澪ちゃん、生徒の避難は?」


「九割方終わったから、残りは他の先生に任せてきた。こっちは……マズい状況のようだな」


 八重桜先生も屋上にいる二体の化物に気が付いたらしく、皮肉るように口角を上げていた。


 こんな状況で言うのも憚れるから言わないが、スーツ姿で刀を握って戦う先生には何故か無性にエロを感じる。別にタイプじゃないが、絶対に言わない。


「先生、ここは任せます」


「え、何を――?」


 力不足は否めない。しかし、この数の化物を相手に九条が手を引くのは困るし、八重桜先生の武器は日本刀で近接戦が専門だ。この中で遠距離に対応できるのは俺しかいない。


 一先ずは化物の間を抜けながら鋏を仕舞って、校庭の端に落ちていた掌大に石を手に取った。威力も増すし、飛距離も伸びる纏をする。


 さぁ、ピッチャー振り被って――


「っ――らぁ!」


 放たれた石は屋上に向かって飛距離を伸ばしていくが……どうやら角度を間違えたらしい。石は見事に屋上の角に当たってコンクリートが弾け飛んだ。しかし、功を奏したようだ。弾けたコンクリートのおかげで酒呑童子がバランスを崩した。戦い続ける九条と八重桜先生のほうを見遣れば、湧き出してくる化物は止まったようだ。が、残っている数も多い。三人で対処すれば問題は無いだろうが……そうはさせてくれないか。


 背後で、ズンッと二つの嫌な気配が降りてきたのがわかった。


「…………はぁ」


 立ち位置的には俺がこっちの強い化物の相手をして、その間に九条と八重桜先生で雑魚とはいえそれなりに強い化物たちを倒す、という感じだろう。が、ここは適材適所でお願いします。


「おい! 選手交代だ! こっちは専門家に任せる!」


 俺の言葉に九条が一瞥したかと思った瞬間に、何かが真横を通り過ぎて酒呑童子のほうに向かっていった。振り返れば――酒呑童子の刀に斬られて胴体が真っ二つになった骨の騎士と、今まさに狒々に握り潰された骨の騎士の姿があった。


 即座に鋏を取り出して巨大化して構えたが、酒呑童子に一睨みされただけで息が詰まってその場を動けなくなった。


「っ――」


 ああ、これが殺気ってやつか。肌でひしひしと感じる実力差に、心が折れずとも体のほうが先に負けを認めてしまっている。なるほど。純粋な殺意のある戦いの中には、選択肢など存在しないのか。選ぶべくも無く――あるのは死のみ。


「クズくん!」


 目の前で振り上げられた刀に死を覚悟すると、俺と酒呑童子の間を割るように九条が上から降ってきた。

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