第12話 対話、そして――

 新たな事実を知ってから一週間が経った。


 その間に仕事の依頼が二回あって、一回はゴキの退治を九条監督の下で俺が倒した。もちろん投石で。まぁ、当然ながら翌日は筋肉痛で動くのも辛かったわけだが、もう何の気遣いもしてくれないのはわかっている。


「…………」


 認めたくはない事実だが、俺は今のこの状況を楽しんでしまっている。


 世界の裏側を――腐った世界の裏側を知っても尚――いや、だからこそ、面白いと思ってしまったのだろう。惰性を貪るよりも、知らないことを知っていく今が楽しい。とはいえ、そんな風に思ってしまっている自分に嫌気が差しているのも確かである。


「同じ硬貨の裏表、か」


「ん、なに?」


「いや、なんでもねぇよ」


 今日も今日とて何も変わらぬ第三化学室。時間はある。少し語ろうか。


「ここでちょっと俺の考察を聞いてくれるか? 俺自身の能力について考えてみたんだ」


「あなた、毎回嫌々な割には本当に好きなのね」


「そりゃあ、俺の唯一の趣味だしな」


 呆れた顔を見せながらも、持っていた試験管を置いてしっかりと俺と向き合うあたり九条の性根は良い奴なのだろう。気に食わないことには変わりないが。


「それで、あなたの能力について?」


「そうだ。そもそもこの纏という能力はいろいろと不確定要素が多い。基本的には八重桜先生のように馴染みのある――言い換えれば、その人にとって扱い易いものを媒介にして化物に対する武器とする力、ということだろう? だが、俺の場合は何に対してでも纏を行える。これまでの戦いと実験からわかっているのは片手で持てる小石やボールペン、持ち上げることすら適わない巨大な刃物まで纏を行えることはわかっている。つまり、物の質量や体積は能力に影響しないということだ。加えて――」


 制服のブレザーから取り出したボールペンに纏を行うと、手の中でまるで槍のように巨大化させた。


「能力を使うと、そのものの大きさを変えることができて――手から離れると凡そ三秒後には元の大きさに戻る。汎用性は高いような気もするが体力の消費が大きいことを考えれば、あまり多用すべきではないだろうな」


「そうね。あなた、未だにすぐ疲れてしまうから」


 手放して床で元の大きさに戻ったボールペンを拾い上げて座り直してから、小さく息を吐いた。


「疲れるね。だから、それについても考えてみた。この力は化物と戦うためのものではあるが、実際には纏を行った武器などは単純に威力が上がる。剣なんかで言えば切れ味が鋭くなる、か? とにかく、化物以外にも通じる力になるということだ。ある特定のモノにだけ影響があるのではなく、多方面で有用だからこその疲労感だと俺は考える」


「……?」


 この言い方だと理系バカには伝わらないか。


「つまりだ。体が疲労感を覚える理由は、肉体そのものを酷使した結果、だろ? 要は運動エネルギーを消費している――カロリーを消費しているということだ。わかるか?」


「ええ、まぁ言わんとしていることはわかるわ。けれど、それだとあなたの全身筋肉痛の理由にはならないのでは?」


「いや、なる。そもそもが未知の能力なんだぞ? 力を使えばカロリーを消費する。けれど、大して動いているわけではないから脳は混乱するわけだ。すると、脳ってやつは勝手に辻褄合わせを始める。それが、筋肉の伸縮で、結果的に筋肉痛になる、とそういうことだ。ちなみに筋肉痛と別にある疲労感は、俺の動きがまだ最適化されていない証拠だろうな」


「最適化?」


「……お前、本当に理系以外に頭を使う気が無いんだな。まぁ、別にいいけどよ。動きの最適化――簡単に言えば、体育のときにバスケをしていればバスケ部の奴らは疲れないし、卓球をしていれば卓球部の奴らは疲れない。俺たちで言えば戦いだな。同じ化物と戦ったところで九条は疲れないが、俺は疲れる。体の動かし方だったり、力の込め方によって違うんだろう。俺なんかはずっとに全身に力が入っているからな」


「クズくんは考え過ぎなのよ。力を抜くことを覚えれば今よりはマシになると思うわ」


「ああ、自覚しているよ」


 別段、緊張しているとかいうわけではない。むしろ、ここ二回は慣れてきて精神的にはリラックスしているはずだが、力を使う時はどうしても全身に力が入ってしまう。まぁ、それこそ慣れなのだろうが。


「あなたの能力の考察についてはよくわかったわ。つまりは、まだまだ使い慣れていない、ということね」


 そう言って立ち上がった九条は、再び試験管を掴もうと手を伸ばした。


「……じゃあ、自覚ついでにお前の話もしようか、九条。お前の、能力の話だ」


 すると、九条は伸ばした手を止めてこちらに振り返ると、徐に皺を寄せた眉間に手を当てて、元居た場所に腰を下ろした。


「…………」


 無言で。


 話せ、ということなのだろう。


「九条の纏は自らの血液を媒介にして戦う能力、でいいんだよな?」


「大枠で言えば、そんなところね」


「よく使うのは骨の騎士で、それを出すのに使う血は――小瓶一つで一体だとすれば百ミリくらいか? 毎日血を抜いてるわけではないにしても一回で約三百ミリ。それを一週間に二回ってところか。加えて、ゴキなど相手が弱い時には骨の騎士を使うが、それ以上となると、自らの血を使って剣などを作る。それに使う血がどれくらいかは量りかねるが……意志を持つ血の兵隊に、変幻自在の血の剣。正直、俺なんかよりも余程汎用性が高い能力のように思える。にも拘わらず持て余しているように見える理由は? 簡単だ。お前自身も――自覚はあるが、自身の能力について把握できていない。違うか?」


「…………はぁ」


 俯きがちに、瞼を伏せて溜め息を吐いた九条は小さくかぶりを振った。


「あなた、達が悪いわね。こちらが気にしていることに対して、抉るようにナイフを突き立ててくる。好きになれないわ」


「お互いにな」


 図星を突かれた奴の反応としては薄い気もするが、お互いさまにも程がある。そちらのナイフもそれなりに鋭利だってことに気が付いてないんですかね?


「前にも話したと思うけれど、私の能力は稀少過ぎて過去の文献にも情報が無い。だから、仕方がないことなのよ」


「……なるほど。自分が未熟だということを正当化するための言い訳か」


「っ――勝手にそう思っていればいいわ」


 ガタッと立ち上がり背を向けて三度試験管に向かっていった。


 琴線に触れたか? まぁ、地下十家などという裏側も裏工作も詰め込まれたようなところに身を置いているんだ。現当主というのもあるし、いろいろあるんだろう。しかし、それでも俺とは費やしてきた時間が違う。つい最近、能力を使えるようになった俺に対して、お前は幼い頃より教育を受けてきたんだ。むしろ、自覚を持ってもらわなければ困る。


「お前は――自分のことを次の地の王の候補だと言っていたよな?」


「……ええ、言ったわね」


 やはり答えてくれた。怒っていても、やはり性根は良い奴だ。


「候補、ね。つまり、お前以外にも王になり得る者がいるってことだよな?」


「そうなんじゃないかしら。私は会ったことも聞いたこともないけれど」


 それを本人に言うはずがない。潜在能力は誰よりも高いが、その能力を生かし切れていない少女を、他の地下十家はぞんざいに扱うことを決めているのだろう。政権争いなのか派閥争いなのかは知らないが、地の王が偉い存在であるのなら、自らの一族から王を選出されることを望むはず。だから、力を付ける前に九条が死ねば万々歳だし、仮に力を使いこなせるようになったとしても、それまではまだ時間があるから、九条よりも強い能力者を育てればいい。と――邪推が過ぎるか? だが、最高よりも最低最悪を想定しておくべきだ。そうしなければ、いざという時に心が付いていかなくなる。


 それを今ここで九条に言っても理解してはもらえないだろうが。


「ま、とりあえずは俺もお前もまだまだってことだな」


 体よく話を纏めてみれば、九条は不服そうに顔を歪めて振り返ってきた。


「そもそものスタートラインが違うのだから一緒にしないでもらえるかしら? だいたい、あなたのほうは澪ちゃんの戦闘訓練を受けているのでしょう?」


「訓練? 夜中に呼び出されて一方的に嬲られるアレのことか? あれを訓練とは言わねぇよ。節度ある大人はイジメって言うんだ」


「あら。それなら尚更お似合いかしら」


「はっは。問題になりそうな発言はやめてもらえるかな」


 どれだけ訓練をしようとも積み重ねてきた年月が違うわけで。同じレベルで話ができるようになるには少なくとも三年は必要だろうが、それまで俺がこの世界に関わっている保証はない。どころか、金さえ貯まればさっさと関係を切りたいわけだが……俺は選ばない。その時の選択肢によって、俺がどうするかはわからない。


 それはそれとして――


「おい、九条。お前、何か隠してないか?」


「……わかるの?」


「ああ。嘘を吐くのが下手くそすぎる。視線を逸らすだけなら未だしも、言葉の端々に、動きの一つ一つに出ているからな。俺を相手に嘘を吐き続けるのは無理だ。特に、お前のような奴にな」


 人心を知らず、言葉を弄することを知らない者には。


「……澪ちゃんが教えていないのなら、まだ時期では無いのだと思っていたのだけれど、仕方がないわね。時期尚早だという思いは変わらないけれど――隠していたのは能力についてよ。澪ちゃんやクズくんが使う纏は、基本的に武器に対して力を付与するものなのだけれど、それはあくまでも第一段階に過ぎない。纏には、もう一段階上がある」


「へぇ。それは興味深いな。ここまで隠していたということは、超秘か何かなのか?」


「そんなところね。実をいうと地下十家以外にも纏を使える者は存在する。それは舞踏家だったり拳法家だったりね。そういう人たちは自らの拳や武具に纏を行い戦っているわけだけれど、纏の二段階目――名称は『羽衣はごろも』。要は、纏を武器や体の一部だけでなく、全身で行う、とそれだけの話よ」


「……それだけか?」


「ええ、それだけよ」


「なるほど。だが、教えなかったということは何かしらのリスクがあるってことだよな?」


「まず語るべきはリスクでは無いでしょう。羽衣を行うことで出来るようになるのは、主に身体能力の向上。端的に言えば、足が速くなる、高く跳べる、動体視力や反射神経が良くなる、とかね」


「だから、お前らは無駄に身体能力が高いわけか? 道理で人間離れした動きだと思ったよ」


 ようやく合点が行ったと納得していれば、九条は怪訝な顔をして首を傾げた。


「いえ? 私は羽衣を使えないわよ」


「……はあ? じゃあ、あれはお前の純粋な身体能力ってことか?」


「どうかしらね。私の場合は血液を媒介にしているわけだから、わざわざ羽衣を使うまでも無く纏の状態で同等の効果を得ているのかもしれないわ」


「ああ、そういうことか。どちらにしても異常なことには変わりねぇがな。それで、メリットはわかった。デメリットは?」


「体力の消費が纏の三倍」


「あ~……それなら、まだ教えられてなくても納得できるな」


「でしょうね。あなたはただでさえ体力が無いのだから」


 それこそ動きの最適化で解決できる問題ではあると思うが、前述の通りそのレベルになるまで、まだまだ時間が足りない。


 聞いたところで役に立つとは言えないことではあるが、知らないままで居るよりかは良い。思考するのに必要な情報が多いに越したことはないからな。


「……その羽衣ってのは纏を使える奴の中でも限られた奴しか使えないのか? なら八重桜先生は使えるのか?」


「ええ、澪ちゃんは普通に。詳しいことは知らないけれど地下十家の中でも羽衣を使えるのは三割くらいかしら。素質とかもあるそうよ」


 だとすれば、おそらく俺には使えないと考えておいていいだろう。素質があるのなら、もっと早い段階で纏を使えていなければおかしいからな。


 とはいえ、物は試しにと全身に纏を行ってみようと力を込めた瞬間――内臓を突き上げるような大きな地鳴りと地震が校舎を揺らした。


「っ――」


 立っていることすら難しい揺れを感じながら、同じように床に膝を着いた九条と視線を合わせると、何が起きているのか大体の見当が付いた。


 少し前までの俺なら、ただの地震だと思い特に行動を起こすということもしなかっただろう。だが、気が付いてしまった以上――俺は差し出された選択肢を選ばない。

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