第8話 実験、実践
――ここまで来て考える。
俺が呼ばれた理由はなんだ? 確かに若干苦戦しているようにも見えるが、それこそ牛鬼ほどではないし、このままなら九条一人でも完勝だろう。それならわざわざ俺が何かをする意味も無い。……とはいえ、多少の実験はしてみるべきか。
その一。九条から離れているところに居て弱そうな化物に狙いを付けて、なんとなく小石を投げてみる。
「……ふむ」
コツンと当たっただけで、ダメージを与えることも出来ずこちらに気付きもしない。
その二。全力で投げてみる。
これまたコツンッと当たり、振り向くことなく石が当たったところをポリポリと掻くだけだった。
つまり、力加減の問題では無い、と。
その三。殺すつもりで、ぶん投げる。
「ん――おっ?」
力任せだったせいもあって狙いが逸れて脚に当たったが、力が発動して石が突き抜けた。
なるほど。心持ち次第で纏とかいう力が発動するわけか。確かに日常生活で相手を殺そうなんて考えることはないから使えなくても当然だが、逆に言えば殺す気さえあればいつでも力を出せるということ。……恐ろしいな。
目下の問題は、こちらに気が付いて向かってくる化物だ。
殺す気で投げた石も避けられて斧の様な武器で防がれる。これでもう一つわかったな。あくまでも的は生物だということだ。
「ちょっと待て。別に俺は戦う気は無いんだ。話し通じる? ……通じない、か!」
振り下ろされた斧を避ければ、その刃は地面に減り込んだ。あんなものを食らったら一発であの世逝きだな。
とりあえずは逃げの一択だ。
背を向けて走り出そうとしたら、目の前で倒れている化物に刺さったまま消えていない血の剣が目に入った。
「また借りるぞ!」
安易に九条に助けを求めることはできない。弱味を見せるような気がして、俺の心のどこかがそれを許さない。
剣を手に取り、振り返って斧を受け止めれば、その衝撃で骨が軋む音がした。これはマズい。こんなのを何度も受ければ骨だけじゃない、筋肉だって――全身がボロボロになってしまう。九条はこんな奴らを相手に対等以上に戦っているのか。
「っ――」
このまま力比べの我慢比べでは下に居るこちらが負けるのは目に見えている。この剣は九条の力で出来ているものだから俺の力は必要としていない。つまり、この状況から殺す気で石を投げれば……いや、そもそも両手で剣を押さえて斧を耐えている状態で、どうやって石を投げる?
「やっべぇな、九条は――」
視線を送れば苦戦していると言えないまでも、こちらを気に掛ける余裕は無さそうだ。
石を拾うことは難しいが、ポケットにボールペンなら入っている。一か八かの賭けになるが、賭けられないものが何も無いよりもは良い。
行くぞ? さん、に、いちで行く。
さん――に――いち!
「よいっ――しょ!」
体を捻って斧の刃を逸らし、ポケットから取り出したボールペンを、殺す気で化物の首に突き立てた。すると運良くそこが急所だったのだろう。ずるりとボールペンが抜けるのと同時に血を吹き出しながら化物はその場に倒れ込んだ。
「……殺す気なら何でもいいのか?」
しかし、八重桜先生は媒介がどうのと言っていた気もするのだが、どうだったか。とりあえず、今は実験してみよう。石は使えたし、ボールペンも使えた。なら次は化物の武器ならどうだ?
そこに落ちている斧を持ち上げてみれば、思っていたよりは重くなく片手で振り回せるくらいだった。これを、殺す気で他の化物に向かって――投げる。
くるくると円を描きながら飛んでいった斧は、ザックリと化物の頭に刺さった。
「そりゃあ、刺さるよな。とは言っても、元々が化物のものだし、使えるのは当然か? しかし、だとしたらわざわざ人間に纏なんて特別な力が使える意味が無い。聞いた話によるとそれぞれ特有の――」
「クズくん!」
「ん?」
思考している最中に九条に呼ばれて顔を上げれば、残り五体になった化物と戦いながらこちらに向かって何かを伝えようとしていた。
「あ~、はいはい。こういう時のセオリーはわかってる。後ろに何かがいるんだ、ろ!?」
言いながら横に避けると、まるでタイミングを見計らったかのように巨大な鉈が服を掠めていった。もちろん俺は戦いに関しては素人だが、この背筋がゾクゾクする感覚は背後にヤバい奴がいる証拠だとわかる。
恐る恐る振り返ってみれば、そこには牛鬼と差し支えない大きさの鬼がいた。下顎からは二本の鋭い歯が口の中に納まり切らないのか反り出ていて、額には一本角が。上半身は異様なまでに筋肉が発達しているのに、下半身は人間のように細くて、全身を見れば見るほど歪だと感じるが――何よりもの恐怖は、持っているのが金棒ではなく巨大な鉈ということだろう。いや、ここまでくると最早、鉈と呼ぶのが正しいのかどうか怪しいレベルだ。中二的な表現をするのなら首切り包丁と言ったところか。
「ああ、うん。これは……無理だ」
今にも振り下ろされようとしている首切り包丁を前に、足が動こうとしない。それに加えて手に持っているのは血の剣とボールペンだ。こんなのは相手が拳銃を持っているのに対して、こっちはバターナイフで戦っているようなものだ。勝てるはずがない。
とはいえ。諦めの境地に達するかと思いきや、俺も俺で諦めが悪いらしい。バターナイフで勝てるはずもない、が、殺す気になればどうにかなるかもしれない、と――血の剣とボールペンを握り締めて、頭の上で交差させた。
来るなら来い。受け止めてやる。
そう意気込んで、振り下ろされてきた首切り包丁を見て、ああ、やっぱり無理かなとクズらしく諦め掛けたとき、どこかから声が聞こえてきた。
「〝刀身を媒介とし、敵を滅しろ――大蛇丸〟」
すると、横から滑り込んできた人が、構えた日本刀で首切り包丁を受け止めた。
「ふぅ。待たせたな。二人とも」
「先生!?」
「そうだ、先生だぞ~。感謝しろよ、葛城。私がいなければ今まさに――って、大鬼じゃねぇか! こんな奴、私じゃあ無理だ。茉莉花! 交代するぞ!」
首切り包丁を受け止めたところまでは良かったのに、どうにも格好つかねぇな。
やり合っていた化物をいなしてこちらに駆けてくる九条と、日本刀を鞘に納めた八重桜先生はすれ違って場所を入れ替わった。
「澪ちゃん、やるならちゃんと責任を持ってくれないかしら?」
「責任なら果たしただろ。生徒の命は守った」
「はぁ……だからこそ厄介なのよね。クズくん。あなたは?」
その問い掛けの意味はすぐにわかった。
選ばせようとしているのだ、俺に。この俺に。世界に犯行している俺に対して選択を迫っている。
「出来ればご免被りたいな。今すぐにでも逃げて隠れたいが……そういうわけにもいかないんだろう」
落ちていた化物の武器の斧を拾い上げて、大きな溜め息を吐いた。
一週間前の今日なら、俺は家のベッドに寝転がって昼寝をしている頃だ。そんな俺が、今は命を賭けて、よくわからない奴を相手に戦っている。……まぁ、だからといって死ぬつもりも無いけどな。
「あら、もう纏は使いこなせるのかしら?」
「はっ、まさか。なんなら、もうすでに筋肉痛で今すぐにでも家に帰って風呂に浸かりたい気分なんだけど?」
「なら、しばらくは我慢してもらうしかないわね」
「みたいだな。ところで気になっていたんだが、こうやって会話しているときに目の前の敵が攻撃を仕掛けてこないのはなんでだ? まさか待ってくれてるのか?」
「そんなご都合主義なわけないでしょう。警戒しているのよ」
「……俺を?」
「私を、よ」
そりゃあそうだ。
二人並んで化物と向かい合っていても、俺のほうとは一切視線が交わらない。
「あ、もう一つ訊きたいんだけど……この大鬼? と牛鬼ってどっちが強い?」
「そうね……牛鬼がエネルだとしたら、大鬼はドフラミンゴかしら」
ここにきてまさかのワンピース例えだと? ゲームだけでなく漫画にまで詳しいとはね。しかし、その上でわかりにくい!
「つまり、大鬼のほうが強いってことでいいんだな?」
「……? 当たり前でしょう? 時系列から考えて」
いや、確かにそうだけど――もう、これくらいにしておこう。そろそろお互いに痺れを切らす頃合いだ。
先に動き出したのは、大鬼だった。
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