第7話 悪鬼羅刹

 最寄りから三駅、行けばわかるとのことだったが、実際には行くまでも無く理由はわかっていた。


 のんびりと動く電車の中で車内のテレビに映し出されていたのは、件の駅で脱線している列車の様子だった。目の鼻の先で電車が脱線しているにも拘わらず、ゆっくりとでも走る電車があったことには驚きだが、それよりも驚いたのは映し出されていたものだった。


「……なぁ、九条。あれは……俺たちにしか見えていないんだよな?」


「そうね。少なくとも、この場では私たちだけでしょうね」


 画面越しに見えているのは未だ救助すら始まっていない列車の近くで暴れ回っている大量の化物の姿だった。


「あれが脱線の原因か? ぶつかった、とか? いや、こちらの世界に影響を与えられると言っても、ぶつかっただけで脱線なんてしていたら車なんかは頻繁にクラッシュしているはずだ。だが、牛鬼は工場を破壊していたわけで……何か条件があるということか?」


 呟きながら頭の中で状況を整理して、横にいる九条に問い掛ければスカートの下に持ってきていたジャージを履いていた。まぁ、戦うことになればスカートでは動きにくいだろうし、着替える時間も無かったからな。とはいえ、ここが電車内ということを忘れてはいけない。


「大方そんなところね。簡単に言えば、この世界にいる――私たちに見えている化物たちは向こうの世界とこちらの世界の両方にまたがっている感じかしら。そうなる原因は故意だったり無意識だったり、いろいろある。だから、一概にどうとは言えないけれど……少なくとも今回は故意でしょうね」


「……あの化物たちは、殺すのか?」


「奴らは人間に危害を加えた。殺すのが決まりよ」


 また決まりか。そのルールブック、一度見せてもらえるかな?


「二十……いや三十体くらいいるが、あれを一人でやるのか?」


「一人じゃない。〝鮮血の騎士〟も居るし……あなたも居る」


「俺を頭数に入れるなよ。戦えないってわかってるだろ」


 この間は運が良かっただけで、もしかしたら死の淵に立って奇跡的に力が出ただけかもしれないし、また戦えるとは限らない。


「じゃあ――そろそろ行こうかしら」


「……まだ一駅分残っているが……」


 未だにゆっくりと走り続ける電車だが、予定の駅までは距離がある。にも拘らず、立ち上がった九条はドアのほうへと向かい緊急停止ボタンを押すと、電車が停まるよりも先にドアをこじ開けて外へと飛び出した。


 ゆっくりとはいえ、まだ走っている電車だぞ? 


「くそっ――仕方ない」


 外を見ずに飛び出せば下は線路と砂利で、見事に足を取られて転がった。


「い、って……こういうキャラじゃないんだよ」


 擦り傷程度で済んだが、こういうのは二度とやらない。


 起き上がれば、九条は澄まし顔をしながら呆れたようにこちらを見ていた。


「わかるでしょう? あそこにはカメラがある。私たちは目立つことができないから、あの場に居る化物だちをこちらに呼び寄せる」


「そんなことができるのか?」


「歴史があるのよ。様々なことに対応するだけのわざは確立されている。今回の場合は化物笛で少し離れたところにある高架下に呼び寄せる。補足しておくと、こちらが相手を認識しているから他の化物が寄ってくることはないわ」


 その心配よりも、あれだけの数の化物が大挙して移動してくることのほうが問題だと思うのだが、おそらくはそれらも昔ながらの業でどうにかなるんだろう。


 高架下へと急ぎ走りつつ九条は高周波にも近い笛を吹き、俺は携帯でニュースの映像を眺めていた。


「どうやら移動を始めたらしい。どれくらいでこっちに来る?」


「およそ十分。奴らはおそらく水の眷属と火の眷属ね。仲の悪さは相も変わらずと言ったところかしら」


「前にも似たようなことを言っていたが、なんだその眷属? ってのは。たしか前の牛鬼は風の眷属、だったか?」


「その話をするのは澪ちゃんの役目で、まだ先だと思っていたけれど……ここまで来たら仕方がないわね」


 高架下に辿り着くと、最後に大きく笛を吹いた九条はバッグから血液の入った小瓶を二つ取り出して、二体の骨の騎士を作り上げた。何度見ても不思議な光景だ。血が形を成すのも不思議だが、それよりも騎士の体を作り上げている血の量が比例していない気がしてならない。骨密度低いんじゃないの?


「あと五分やそこらってところだが、忙しいようなら別に話さなくても構わないぞ。そこまで深入りするつもりも無い」


「あなた、今の時点で自分が深入りしていないとでも思っているの? 充分、嵌まり込んでいるわよ」


「やっぱ、そう思うか? はぁ……まったく。嫌だねぇ」


 コンクリートの柱を背に座り込んで、項垂れていると歩み寄ってきた骨の騎士が慰めるように肩を叩いてきた。マジでか。人形のくせに気を遣うとは。


「それほど時間の掛かる話ではないから聞きなさい。世界には元々三人の王がいて、それが火の王、水の王、風の王よ。三人の力は強大で、存在しているのは裏の世界にも拘らずひとたび争いを起こせば、その余波は表のこちらの世界まで届いていた。そんな折、人間の中に向こう側へ干渉できる者が現れた。それが地の王――つまりは、私たち地下十家のトップということかしら」


「ああ、なるほど。地の王の配下だから合わせて地下十家ね」


「そう。けれど、地下十家ができるのはもっとの後のことで、最初は地の王が一人で他の三王を争わせないために戦っていたのだけれど――ある時、気が付いた。三王が争う理由は世界を我が物にしたいから。でも、力が拮抗していて決着が付かない。それなら領土を決めて分担すればいいと提案すると、意外にもあっさりと受け入れられた。その代わりに地の王は監視役を申し付けられたの。三王が領土を侵すことなく、野良の化物や眷属である化物を取り締まる仕事を」


「それで派生したのがお前らってわけか。なんか、一気に話が大きくなったな」


 世界に、三人の王――いや、むしろ四人の王か。


 ……まぁ、そもそも世界の命運を握る様な争いが何故こんな島国の日本で? という疑問を抱かないでもないのだが、愚問だろう。おそらく、三王の言う世界とは日本のことで、別の国では別の裏世界が存在していて、そっちはそっちでよろしくやっているはずだ。


「ん、ちょっと待て。その話だとおかしくないか? 今こっちに向かっているのは火の眷属と水の眷属なんだよな? 領土を侵さないどころか、あの様子じゃあ諸に戦争してるって感じだったじゃねぇか」


「風の眷属・牛鬼の出現に、今回の火と水の争い――まぁ、猿じゃなくても気が付くわよね。でも、それはまだ、あなたが知るところではないわ」


 過去は語るが現状を教えるまでの信頼は無い、って感じか。


「そうかい。別に構わねぇよ」


 領分やら領域やらお互いに守りたいところはある。俺が守りたいのは、日常の平穏と世界への犯行心ってところだな。すでに前者は守れていないが、いずれ責任は取ってもらう。


 と、そうこうしている間に五分が経とうとしていた。


 近付いてくる化物の気配に気が付いた九条は、右手の親指の爪を立てて左の掌を、左手の親指の爪を立てて右の掌を傷付けると、精神統一するように目を閉じた。


「〝我が血液を媒介とし、その刀身を現解せよ――鮮血ツイン双刀ソード〟」


 両掌に現れたのは湾曲した二つの短刀だった。牛鬼のときの日本刀じゃないのは、敵の数が多いせいだろう。単純な手数としてはこちらのほうが理に適っている。


 遠くから戦いながらこちらに走ってくる化物たちは壮観だが、ちょっと数が多くないか? とりあえずは俺もそこら辺に落ちていた小石を数個拾って、いつでも逃げ出せるように立ち上がった。


「〝鮮血の騎士〟これは掃討作戦よ。手加減は必要ないわ。行くわよ」


 携帯のニュースを見ていれば、脱線した電車に救助が入り死傷者多数だと報道されていた。人に危害を加えた化物は殺さなければならない、か。確かに、時にはそういう決まりも必要かもしれないな。


「……はっ。こんなもの――」


 こんなのはどちらがバケモノかわかったものではない。


 争う化物たちの間を抜けて双刀を振る九条はまるで優雅に舞う踊り子のようだが、その表情は悪鬼羅刹と言えるほど、血に塗れていた。


 こうも簡単に化物を倒していく様子を見るに、先日の牛鬼は余程大物だったのだとわかる。そりゃあ逃げ出したくもなるわ。とはいえ、それに勝ってしまった九条はそれ以上のバケモノということになり、ならば俺は九条からも逃げる必要があるのではないのか? などと考えてしまう。


「ん? お、っと――」


 何かが吹っ飛んできて避けてみれば、それは骨の騎士だった。


「おいおい、大丈夫かよ? いや、大丈夫じゃなさそうだな」


 抱え上げればボロボロと体が崩れていく。おそらくは耐久度があるんだろう。その限界値がきてしまった、と。九条に報告するまでもなくわかっているんだろうな、と顔を上げると、こちらに迫ってくる一体の化物がいた。見た目は、ほぼ鬼だ。節分でもない限り、小石で倒すのは無理だろう。


「借りるぞ」


 骨の騎士が持っていた血で出来た剣を手に取って化物に投げ付けると、見事その頭に突き刺さって倒れ込んだ。それと同時に骨の騎士は粉々の塵になってしまった。


 急所を突けば一撃で倒せる化物――牛鬼は人中じんちゅうで、今倒したのは頭だったように。的確に殺そうと思えば殺せるわけだ。敵を蹂躙している九条は、相手を見極めて反撃を受けないように一撃で仕留めて動き回っている。それも全力で、だ。いくら九条が強いといってもスタミナが無尽蔵なわけではない。つまりは、いずれガス欠になる。


「っ――まだ……まだっ!」


 残り十体程度になった頃、一撃では仕留められなくなり一体に対して反撃を受けながらも四、五撃で倒すようになっていた。

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