第3話 世界の真実
学校が終わり、一先ずは帰宅をした。
やはり、この時点で家を出ずに公園まで行かなくてもいいんじゃないか? などという考えが過ってしまう辺り、俺はクズ野郎なんだろう。しかし、自覚があるだけマシなほうだとも思っている。
とはいえ、一度交わした約束は違えない性分だ。
動きやすい服は適当にパーカーでいいだろう。あとはローファーじゃなくて運動靴で。
それじゃあ、メダカ公園に向かいがてらちょっと考えてみよう。
脳内議題は世界の真実とは何か、だ。
そもそもな話、世界の真実とは比喩か何かなのか? 第二に、八重桜先生と九条はどうしてその世界の真実を知っている? 実は世界はすでに滅んでいたり、映画よろしく、ここは作られたネットワーク上の世界だったり、はたまた夢の中だったり……だとすれば、ここまで救いようのない世界であるはずがない。
俺如きが世界を語るのは片腹痛い気がしなくもないが――二人に憚られただけかもしれないな。
そうこうしているうちに小さな滑り台しか置かれていないメダカ公園に辿り着いた。
元より人気のない公園ではあるが、さすがに夕暮れともなれば遊んでいる子供はいない。
「あら、意外と早かったのね」
憚られたかと思いきや、滑り台の陰に忍者のように隠れていた九条がショートパンツにニーハイソックスという恰好で姿を現した。呼び出しといて忍ぶなよ。
「別に普通に歩いてきただけだけどな」
「いえ、そうではなく。行くか行かないか迷った挙句、来ないという選択もあるかと」
意外と俺の考えが見透かされている。それほど複雑ぶるつもりもないが、どちらかといえば九条が理系バカってだけじゃないということだ。
「それで? ここからまだ移動するのか?」
「ええ。なので、目的地に移動しながら話しましょう」
向かう先は住宅街。まさか、世界の真実が睦まじい家庭の中にあるとでも?
前を行く九条は、学園内に居たときと同じように背筋を正し、歩くたびに夕暮れの紅色を反射する髪が揺れる。
「行く場所は教えてもらえない、ってことか。まぁ別にどこだろうと構いやしないけど、日を跨ぐようならその瞬間に帰るからな。そういう約束だし」
「そこまで遅くなるつもりは無いけれど、でも、もしそうなったら帰ってもらっても結構。世界の真実を知って尚、その強気が続けばの話だけれど」
「なんだ、世界の真実ってのは怖い系なのか? 実は世界にはゾンビが溢れています~、とかか?」
「……そうね。当たらずとも遠からずってところかしら」
マジかよ。だとしたら発狂ものだろ。どうしようもない世界どころか、すでにどうにかなっちまって、その上で本当に救いようが無いじゃないか。いや、別に世界を救えるような主人公でもないからどうということもないのだが。
「じゃあ、九条はそのゾンビだが何かわからないものと戦っている正義の味方か?」
「近い。けれど、それは違うわね。正義の味方、なんかじゃない。もっと別の――酷い何かよ」
「……よくわからないな。世界を救うために戦っているのは事実なんだろ? 正義の味方と何が違うんだ?」
そんなことを言いながらも、俺は半信半疑だった。
当然だろう。世界の真実に、ゾンビ(?)に、それと戦う女子高生。これを中二と呼ばずなんと呼ぶのか。むしろ笑いを堪えるのに必死なくらいだ。繰り返すようだが、あの九条茉莉花から出ている言葉だからこそ意味がある。しかし、これはこれでギャップとしてまた新たな人気を得そうだから学園の奴らには黙っておこう。……え? 話す相手がいないって? ほっとけ。
「別に信じてもらわなくても構わないわ。どうせ、あなたの気持ちなんて関係なく真実を目にすることになるのだから」
こちらの怪訝な視線に気が付いたのか、一瞥しながらそんなことを言う九条は歩くペースを速めた。
それはそうだ。結局のところは会話なんてものは不要で、不毛で、不遇なだけだ。言葉に説得力さえあれば実際に見なくてもいいと思う派の俺だが、今回ばかりはこの目で確かめたい。
世界の真実とは――どれほど嘲笑できるものなのか。楽しみだ。
「ん、ちょっと待て。そっちに行くのか?」
「ええ、そうだけれど。何か?」
「何か、って……いや、ここはなぁ……」
躊躇う俺を無視して進んでいく九条に、遅れながらも重い足を踏み出す。
ここは――俗にいう心霊スポットだ。通称・お化け工場。数年前に経営者が借金で首が回らなくなり自殺をして以来、廃工場と化している。何度か取り壊しの話も出たらしいが、いざ工事を始めようとすると作業員が立て続けに事故に遭い、それ以降は手付かずで放置されている、と。一時は不良たちの溜まり場になっていたが、今ではお化けが出るとかで誰も寄り付かなくなった曰く付きの場所だ。
と、一応は定石な説明をしてみたが、個人的には幽霊やらお化けやらの目に見えない不可思議系の存在は信じていない。
それなら、どうして気が進まないのかって? 何年も放置されているような建物だぞ? つまりは埃も汚れも尋常じゃないということだ。汚いのは嫌いでね。
「クズくん、あまり離れて歩かないように。ここはもう――危険地帯だから」
「ああ、本当にな。雑菌まみれになって死ぬくらいには危険だ」
「……免疫が付くんじゃないかしら」
袖で口元を覆いながら工場の二階へと上がっていく九条を恨みながら後に付いていくと、不意に立ち止まり振り返って、口の前で人差し指を立てた。喋るなって?
それとも声を落とせ的な意味か? どちらにしてもこんな埃まみれのところで大口を開いて喋るはずがない。
階段を上がり終えたところで、九条は突然足音を殺しながら身を屈めて何かから隠れるように進み始めた。理由はわからないが、倣っておくとしよう。
息を顰めながら、どこかの制御室のような部屋に入ると、元はガラスで仕切られていたであろう腰高の窓が割られているすぐ下に九条は腰を下ろした。え、マジで? そこ大分汚いんだけど。
「…………」
無言の圧力に屈して、横に腰を下ろした。相も変わらず口元は袖で覆っているが。
「で、これが世界の真実か? 菌で汚染されている? まぁ確かに核心を突いていないこともない気はしなくもないが――」
「シッ」
はい、黙ります。
「……せめて教えてくれないか? どうしてここに来た?」
「ええ、そうね。お願いだから、驚いて声を上げたりしないで。……あそこを見て」
指が差されたのは割れたガラス窓の向こう側だった。
恐る恐る中を覗き見れば、そこには鉄で作られたような台座の横で蠢く何かが居た。
何か――猫よりは大きいし、この時間にお化け工場にいる人にしては小さ過ぎる。おそらくは複数の何かが中心にあるモノを囲んでいるようだ。見えているのは背中側だろうか……白く、まるで歪な人形のようにアンバランスで、頭の大きさに対して体が細い。
「あれは――っ!」
ぐるり、と。
その何かが振り返った瞬間に身を屈めて、荒くなる呼吸を整えるように息を吐き出した。
あれは……なんだ?
目も鼻も無くのっぺらぼうのようにも見えたが、顔の半分を使うほど大きな口には鋭い牙が生えていた。
呼吸が落ち着いてきたところで、冷静になってきた。
「……ああ、いやいや。そういうことか。で? 驚く俺の姿が見られて満足か?」
横に座る九条に視線を向けて言えば、怪訝な顔をして首を傾げた。
「あなた……もしかして、嘘だと思っているの?」
「嘘? というか、よくできた手品だろ。まったくホントに、いい趣味してるよ」
「そう。まぁ、そういう反応を予想していなかったわけではないけれど――どうして澪ちゃんはこんな奴を」
おっと。聞き捨てならないがここは聞かなかったことにしてやろう。
「見せたかったというのがこれだけなら、もうここに留まる意味も無いな。帰らせてもらうぞ」
そう言って立ち上がろうとした瞬間に、横から思い切り肩を掴まれて、再び汚れた床に腰を落とされた。ああもう、また汚れた。
「不用意に立ち上がらないで。はぁ……信じないのなら仕方がない。証明するわ」
呆れた口調で、腰に付けていたポーチに手を伸ばすと、中から赤黒い液体の入った小瓶を取り出した。
「それは、たしか化学室で実験していた――」
「私の血よ」
「血ぃ? そんなもん持ち歩いてんのかよ。そりゃあ衛生的にどうなんだ……?」
「必要なものなのよ。証明のためにも――戦うためにも、ね」
その言葉に疑問符を浮かべるよりも先に、九条は小瓶の中の液体を少しずつ床に垂らし始めた。ねっとりと、べたつくような血液は落ちた場所から広がらずに歪んだ球体の形を成してその場に留まった。
「〝我が血液を媒介とし、生を受け命とせよ――
声色を変えて呟いたかと思えば、その言葉に反応したのか、球体だった血液はドロリと粘り、ゴムのように伸び縮みしながら――身長一メートル程度の剣を持った骨の兵士に形を変えた。
「……これはさすがに……っ」
動き出した血で出来た骨の兵士に、つい拳を構えたけど無理だ。こんな世界は――俺には到底理解できない。
「どう、これで信じた?」
「少なくとも手品ではないんだろうな。だからといって今の状況を百パーセント理解できているかと問われれば無理な話だが」
「そう。今はそれでも構わないわ。――〝鮮血の騎士〟行きなさい」
九条の命令にコクリと頷いた骨の騎士は剣を構えて、割れた窓枠から中へと入っていった。
一歩ずつ確実に進んでいく騎士に気が付いた白い何かは、鋭い牙を立てながら襲い掛かっていく。それを、握った剣で切り裂くたびに白い何かは小さな叫び声を上げて血を噴き上げる。
つい目を背けたくなるほど凄惨な光景に、横に座る九条は嫌に落ち着いたようにこちらに視線を向けていた。
「あれは……なんだ?」
「それはどちらのことを言っているのかしら?」
「両方だよ。あの白い奴もだし、お前の血から出てきた変な奴もだ」
力関係はなんとなくわかっている。白い何かが敵で、九条の血から出てきた騎士が味方なのだろう。が、すでに俺の思考が追い付かないレベルの話になっている。
「……いいわ。説明してあげる。あの白い奴は通称・ゴキ。漢字で書くと子供の鬼で子鬼。暗くてジメジメして汚いところに集団で住み着く化物よ」
「ケモノ?」
「そう。まぁ、細かいことは澪ちゃんも一緒に説明するでしょうから――というか本来なら澪ちゃんが説明しておくことなのだけれど。ゴキの強さは、そうね……ドラクエでいうスライムや、モンハンでいうランポスあたりかしら」
「……つまりは雑魚ってことか」
いや、それよりもむしろ九条が意外とゲームを知っていることのほうが驚きなのだが。
「雑魚、ね。それも間違ってはいないけれど、正しくはないわ。私にとって容易に倒せる相手だとしても、仮にあなたのような一般人が戦いを挑んだとしたら………………善戦した結果、殺されるのがオチでしょうね」
熟考した結果、殺されんのかい。
「いや、うん。それは措いておくとして。とりあえず、そのゴキ? とかいうやつはお前の出したあの骨の騎士で倒せるわけだな?」
「ええ、問題ないわ」
今現在、目の鼻の先で戦っている真っ最中であるわけだが、先程のやり取りを見ていた限りでは操作している人形ではなく意志を持った生物のようだった。マニュアルではなくオート。だからこそ、九条は焦ることなく信用してただ座り込んでいるわけか。
一人で納得しながら九条を眺めていると、その視線に気が付いたのか静かに口を開いた。
「あれは私の能力で作った〝
「あ~……つまり、アレか。お前の能力ってのは自分の血を使って、思い通りに動く兵を作り出すことってわけか」
「いえ、決してそれだけが――」
化物の次は能力と来たか。中二病だと笑い飛ばしてやりたいところだが、目の前の光景を見てしまえばその気も失せる。
と、そうこうしている間にゴキを倒し終えた骨の騎士が九条の下へ戻ってきていた。その体には大量に奴らの血を浴びているのだろうが、そもそも騎士自体も血で作り上げられた赤黒い色だから判別できない。
「んで。これが世界の真実か? つまり、世界には化物と呼ばれるモンスターが存在していて、その陰には九条のように対峙する者がいる。そういうことか?」
「ええ。もう少し複雑ではあるけれど、大体はそんなものね」
「なるほど……で、だからどうした? 世界がどうしようもなく、救いようがないことには変わりがないだろう。わざわざこんなものを見せられなくとも初めから――いや、始まる前から終わっているようなものだ。変わらず俺は、世界に反抗するよ。犯行する」
立ち上がってそう言うと、九条は骨の騎士を子供のように撫でながら、俺に対して惰弱を向けるように溜め息を吐いた。
「はぁ……でしょうね。私だって澪ちゃんの頼みじゃなかったら、こんなことを伝えることもなかった。最初から期待なんかしていないし、何よりあなたに言われるまでもなく知っているのよ。この世界は始まる前から終わっている。けれど、それをギリギリで延命させているのが私たちなの。まぁ、あなたが知る必要はないわ。クズくん」
「そうかい。別に構わねぇよ。俺はいつも通り――何もしないだけだ」
おそらくはこれ切りだろう。
九条と関わるのも、こんなわけのわからない世界の裏側に触れるのもこれ切りだ。
無駄な時間だったとは思わないが、有意義な時間だったとも言えない。まぁ、勘違いとか気の迷いとか、そんな感じで忘れられれば、それでいい。
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