10話 転生魔王とお転婆娘2

 寝そべる少女と同じ目線になるよう、俺は彼女の傍らにしゃがんで問いかけた。


「ねえ、なにしていたの?」

「なにって?壁登っていたんだよ!」

「どうして?」

「街の外が見たいんだー!」


 彼女はそう口にして、仰向けで大の字になる。


「門から外に出られるよね?」

「外は危ないからって出してくれないんだよ!」

「あー、そうなんだね。大人に一緒について来てもらうのは……」

「来るわけないじゃん!お母さんなんか、街の外に出たい!って言っただけで怒るんだから!!」


 それまで上機嫌だった少女はぐるりと半回転してうつ伏せになると、口をとがらせて俺を睨みつけてくる。

 まるで回転が態度を変える合図のようだなと思うと、面白可笑しく感じてつい笑みが浮かんでしまった。


「そっか、ダメかあ」


 自分から問いかけたものの、それはそうだろうなと思うのだった。

 大切な肉親であれば危険な目に合わせたくないと思うことだろう。

 特にお転婆娘と言う単語が上手くはまる彼女は、一瞬でも目を離そうものならその隙にはぐれてしまいそうであるから尚更だ。


「そう、ダメなの!だからあたし、ぜーーーったいに外に出るんだから!!」


 母の心配は子の挑戦心と言う名の火に油をそそぎ燃え上がらせている結果となったようだ。


「あんな危ないことをしていると、見つかったときにもっと怒られるよ。壁登るんじゃなくてさ、他の方法を考えよう?」

「危ない?なにが?」


 言い聞かせるように告げたが、彼女はきょとんとした顔を見せる。何が危ないことかまるで分っていないようだ。


「壁を登るのも、あんな高いところから飛び降りるのも」


 とは言え、俺は見張り台から頻繁に飛び降りているので、高所から飛び降りる件については、人のことは言えない。

 違いがあるとすると、俺は自分自身を守る手段を持っているが、壁から降りるだけでも苦戦していた彼女にはそのすべがない点だろう。


「怪我したら危ないよ?」

「でも怪我しなかったじゃない」


 怪我をしなかったのは未然に防げたからだ。

 怖い思いをしたと思っていないこの子なら、今後も大人の目を盗んで外へ出ようとするだろう。

 だから終わりよければすべて良し、とはいかない。


「俺が魔法使わなかったら、どうするつもりだったの?」

「使ってくれたんだから良いじゃない!」


 全く手応えがない。このまま話していても平行線に……いや、これ以上踏み込むと彼女の不機嫌さが増しそうな気配を感じる。


「ううーん。とにかく、もっと安全な方法で外に出る方法を考えようよ」

「他にはなんにも思いつかないもん。ロープだって、たまたまあったんだし」

「たまたま?」


 少女がロープを指差して口にした台詞に、俺は首を傾げた。


 少女が使っていたロープはどうやって壁にかけたのだろうかと思っていたのだが、たまたまと言う言葉から想像するに、通り掛かったら偶然ロープが吊り下がっていた、と言うことだろうか。


「あ、そうだ!」


 俺が僅かな時間に思案している間に少女も何かを考えていたらしい。突然名案を思い付いたとばかりに表情を明るくし、人差し指で俺を指す。


「あんたと一緒なら、壁登ってもいいんじゃない?」

「え」


 まあ、誰もいないところで壁登りするよりは良いだろうが、何故そんな発想に至ったのだろう。挫けない心の持ち主だな、などと考えながらも巻き込まれた感じが拭えない。

 それに、壁を登る以外の手段はないのだろうか。彼女はただ壁が登りたいだけなのか。


「どうして俺なの?」

「だってあんた魔法使えるんでしょ?」

「えっ?そうだね」

「だからあたしが怪我しないように見ててくれればいいんだよ!魔法も見れるし、いっせきにちょー!」


 この子、思った以上に強引でやんちゃだな。


 いくら俺が魔王の生まれ変わりだと言っても、まだ魔法の扱いに不安がある。

 俺一人で行動するならまだしも、今の自分の力量では何をしでかすか分からない彼女を外に連れ出すのには不安がある。

 街の近辺であれば問題ないだろうが、例えば目を離した隙に霊人に出くわすなどのよっぽど過酷な状況に陥ると、今の俺に彼女を助けることが出来る自信はない。

 もっとも、霊人が襲ってきた場合、大人の魔人たちが対応に当たるのだろうが。


 それに今回はともかく、今後何度も守るような義理もない。などと、子どもらしくないことを考えてしまうのだった。


 さてどうやって説得しようと考えようとすると、彼女は続けて思わぬ台詞を言い放つ。


「だから友だちになろう!」

「ん?」

「聞こえなかった?友だちになろう!」

「え、友だち……?」

「え?やなの?あたしじゃ不満?」


 直前に本心を素直に口走っていたためとってつけたように聞こえる誘いだが、子ども同士の交流のきっかけはそんな単純なものなのだろうか。

 よく分からない。


 いや、それは別にどうでも良い。それ以上に、予想外の台詞に俺は思わず動揺していた。


「い、……いやじゃない……けど」

「けど、なにさ」

「良いの?」


 自分で聞いておいて何だが、良いの?ってなんだ。良いから誘っているのだろう。


 これまでの言動をかえりみるに、少女はお転婆で負けず嫌い、好奇心旺盛と言った性格だろうか。

 接点を持つだけで今回のように彼女の起こしたトラブルに強引に巻き込まれそうな気がするが、裏表のなさそうなところに好感が持てる子だ。


 ……などと、動揺の裏で冷静に分析をする自分がいる。そんなことを考えていないでまともにコミュニケーションを取る方向に舵をきるべきだと言うのに、俺はどこか及び腰になっていた。


 もしかしたら俺は無意識に、少女が普人であることに対し身構えているのかもしれない。

 父とメイドのアベリア以外に、俺は普人とほとんど交流を行っていない。

 前世では魔人と普人の共存を目指すなどと言っていたが、今ではこの体たらくだ。


「なんでそんなこと聞くの。良いに決まってるでしょ!」


 とは言え、自信を持って頷く彼女と友だちになることに、後ろ向きな感情を抱かなかった。だから、俺は彼女の言葉を受けようと決意する。


 それに、アゲラタムを除くと実質友だちゼロと言う虚しい現実から、抜け出せるかもしれない。


「あ、ありが……」

「では私とも!」


 照れくさく感じながら返事をしようとすると、見計らったようなタイミングでアゲラタムがクッション代わりの葉の山から飛び出してきた。


「ぎゃあああああーー!!!」

「うわああああーー!!!!」


 突然足下から現れたせいだろう。少女はここにきて初めての悲鳴をあげる。

 思い掛けないタイミングで声が聞こえてきたため、俺も声を驚いてあげてしまった。


 奴がそこにいる事には気付いていた。

 葉を呼び寄せたとき、アゲラタムは器用なことに葉に紛れて一緒に移動していた。

 少女の下敷きになっていてもいないフリを続けていたのをいいことに放っていたのだが、それが仇になったようだ。


 少女が立ち去ったあとに姿を見せるものかと考えていたため、予想よりも早い登場だ。


「び、び、びっくりしたじゃないの!なんなのあんた!」

「私はまおうさ……クラッドさまの友人、アゲラタムです」

「あっ!!アゲラタム!」


 いい加減、魔王と呼びかけるのは何とかならないだろうか。


「クラッド?って、あんたのこと?」

「う、うん。俺」


 少女が俺を指差して問いかける。


「なんか今、まおうとか言いかけなかった?」

「聞き間違いじゃない?」

「て言うか、言い切ってたよね。確かさっきも言ってたから、二回くらい」


 素知らぬ顔でしらを切ろうとしたが、残念ながら勘違いで済ませられなかった。


 恨めしさを込めた目線をアゲラタムに送ると、奴は微笑ましそうな表情をこちらに向けている。

 これが俗に言う、初孫が出来た時の老人の態度か。俺に友だちが出来るのが嬉しいのだろうか?そんなに俺の成長を見届けたいなら、魔王と呼ぶことだけは避けるべきではないだろうか。


「あ、もしかして!」


 少女が何かを思い出したかのような態度を見せたことに、嫌な予感がした。


「領主の息子じゃないの?魔王ごっこが好きって噂のある!」


 勝ち誇るように仁王立ちし、嬉しそうに俺を指さす。初対面の少女の耳にも噂話が届いていることに、俺は顔を手で覆いながらぼやいた。


「その話、いい加減忘れてくれないかな……」

「なんで?」

「みんなバカにするんだよね」

「そんなの放っておけば良いじゃない」


 放っておいた結果、友人がいないというありさまなのだが。


「あたしは良いと思うな、魔王って響きが格好良いし!」

「おお、普人の子にも魔王さまの素晴らしさが分かりますか!」


 俺とは対照的に瞳を輝かせる少女の言葉に、アガラタムが乗っかろうとしている。


「……話ややこしくなるから、アゲラタムは少し大人しくしてようか?」

「ああー……まおーさ……」

「くどいなあ、もう」


 アゲラタムを元いた葉のクッションの中に押し込み、ついでに多めに葉をかぶせてやる。奴はさしたる抵抗もせず、すぐに姿が見えなくなった。しばらく静かにしてくれるだろう。


「ねえねえクラッド、あたしも仲間に入れてよ!」

「はいはい」


 さすがに普人の子どもをアゲラタムのように手荒に扱うことは出来ないため、水をかけて遊ぶような感覚で葉っぱをかけてあげた。


「ちっがあーーう!!」


 はらはらと葉が舞う中、少女が激しく頭を振る。どうやら手作業による葉の雨はお気に召さなかったようだ。


「そうじゃなくて、あたしも魔王ごっこの仲間に入れて!」

「え」


 なんて恐ろしいことを言い出すのだ、この子は。俺の黒歴史を掘り起こすつもりか。


「なあに、その反応」

「魔王ごっこはもう卒業したんだよ」


 俺の言葉に反応したのか、葉がもぞもぞと動き始める。


「じゃあなんでこいつは、あんたのこと魔王とか呼んでるの!」


 もしアゲラタムが出て来たら適度に葉を被せ直そうと考えていると、奴の真上に積もった葉を少女が感情を込めてばしばしと叩く。

 俺が言うのもなんだが、アゲラタムは元魔王の部下であったにも関わらず、ここ最近の扱われようが酷い。


「俺のこと魔王って呼ぶ癖が付いちゃったみたいでね?」

「本当に?ウソついてない?」


 少女が疑わしそうに俺の表情を覗き込んできた。

 アゲラタムは最近、俺を呼ぶときに言い直しているため、魔王と呼ぶのが習慣になっているのはあながち間違いではないだろう。


「うん。だから魔王ごっこしたいなら、ほかの子をあたってよ」

「なーんだ。魔法使えるクラッドとなら、魔王ごっこするのすごく面白そうだと思ったのに」


 思ったよりも簡単に引き下がった彼女が、一言呟く。魔法を使って魔王ごっことは、一体どんなことをするのだろうか……?


「まあ魔王ごっこはいっか!そのうちまたやりたくなるかもしれないし!」


 なるわけがない!という思いを声には出さず心にしまっておくと、地面が「やるやらごっこではなく本当の魔王ですね!」などと囁いたが、きっと気のせいだ。俺には何も聞こえていない。


「それでも、友だちにはなるでしょ!」

「ん?う、うん」

「へへへっ。じゃあこれからよろしく、クラッド!」

「そう言えば、君の名前聞いてないなあ」

「そうだっけ?あたしはポーラ!」

「よろしくね、ポーラ」

「うん!」


 朗らかに微笑む彼女は、とても嬉しそうだ。それこそ、壁に登るなんてことを忘れていそうなほどに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る