10話 転生魔王とお転婆娘3
これに満足して、しばらくは大人しくしてくれると良いのだが。
そんな願いを込めながら彼女の笑みを眺めていると、こちらの方へと何者かが近付いてくる気配を感じた。
「誰か来たね」
「え?誰かって??」
ポーラはキョロキョロと周囲を見回し、首を傾げている。目視出来る範囲で他の人影が見当たらないため、不思議に感じているようだ。
「ポーラ、あっちに行こう」
「えええー。なんで?もうちょっとここで遊びたいのに」
隠れておいた方が無難だろうと考え、壁とは反対の方へポーラを手招きする。
葉のクッションを名残惜しそうにしている彼女には悪いが、誰に見つかってもややこしい事態になりそうだ。
「怒られるのイヤでしょ?隠れるところ少ないから、早く!」
「うぐっ。わ、わかった!」
あいにくと先ほどの魔法で、茂みと呼べるような場所はなくなってしまった。
すぐ近くで隠れられそうな場所と言ったら、小屋の裏手か木の陰だろうか。
「アゲ……」
「こちらに」
アゲラタムも、と声をかけようと振り返ると、奴はすでに葉の中から脱出していた。
頭の上に何枚か葉が乗っかったままになっているが、本人は気にしていないようで振り払おうとはしない。
俺たちはこの場から立ち去らず、小屋の裏手に隠れて様子をうかがうことにした。露骨に目立つものが散見される壁側からは十分に隠れた場所に位置している。
とは言え、回り込まれれば見つかってしまうし、気配に鋭い人物であれば俺たちが裏手にいることに気付くだろう。
そうなったらそうなったで仕方ない。やってきたのが街の大人であれば、恐らくは叱られるだけだ。
「うわあ、なんかドキドキする!」
「しー、静かにね」
「うんうん、わかってるって!」
分かっていない反応に感じる。ボーラは緊張感のある出来事が好きなのだろうか。思いっきり破顔してみせる彼女がどんな行動を起こすか分からないのが不安要素だ。
今後この子と遊ぶのはなかなかに苦労しそうだ。間違いなく退屈はしないだろう。
そうして、時間のかからないうちに、二人の人物が現れた。
「ああ、あの脳筋が言っていたのはここか」
「なんだかとんでもないことになってますね」
小屋の裏にいる俺たちから相手の姿は見えないが、声と口調から一人は元魔王の部下の一人、剣士のカリステフのようだと判断できた。
もう一人は、特徴のない声をしている。記憶にもないため、恐らく俺と直接関わったことのない人物だろう。
「領主さまのお子さんは見あたりませんね」
「まさかあの筋肉馬鹿め、壁の外に放り投げたんじゃあるまいな」
「そもそも人を……それも子どもを投げると言う発想がどうかと……」
その意見、投げられた俺も同意したい。そしてカリステフの言うことはおおむね当たっている。
そんなカリステフの声が、途中から遠ざかっているように聞こえた。どこかへ向かったのだろうか。
「問題ない。壁の外にはいない」
「もしかしてこの葉の山の中に隠れて……いませんね」
会話を盗み聞きする限り、ミルオールに俺のことを聞いてやって来たのだろう。
案外早いものだと感じたが、奴のことだ。恐らく連絡だけしておいて、この場所の調査などはカリステフに丸投げしたのだろう。
「それに壁にいた人影ってのもいませんね」
「そいつがこれを使っていたのかもしれないな」
「ロープですか。って言うと、普人のものですかね。魔人ならいまのカリステフさんみたいに軽々と壁に跳び登れるでしょうし」
カリステフの声が一瞬遠ざかっていたように聞こえたのは、壁に登っていたからだろうか。
俺の隣で大人しく会話を聞いているポーラが期待を込めた強い眼差しで俺を見つめ始めたので、必死に首を振った。
魔法を使えば登れるが、ポーラを抱えて登るなんてとんでもない。
それに、今の会話の流れであればハーフの俺でなはく、アゲラタムを見てやるべきだろう。
「誰でも出来るわけではないがな。だがまあ、普人……もしくはそれを模倣した者の可能性は高そうだ」
「この山盛りの葉もなんですかね。枯れ葉じゃないみたいですし、何やったらこんなことに……」
「……これは、魔法を使った形跡がある。状況から考えて、クラッドがいたずらか何かしようとしたのだろう」
人命救助のためにやったと言うのに、悲しくもいたずら扱いされてしまった。
「じゃあロープを回収して、このあたりを一通り確認しましようか」
「ああ、私は念のため壁の向こうを調べておこう。こちら側は任せた」
「はい!」
二人は解散したのだろう。
「はぁ。ほうき持ってきた方が良いかなあ」
と、誰にともなく呟いた切ない言葉が聞こえてきた。
散らかしたのは俺だ。こちら側を担当した大人には悪いことをしてしまったが、手伝いを名乗り出るわけにもいかない。
彼が葉に気を取られている今のうちにこの場を離れることにした。
再びポーラを手招きして誘導すると、彼女は不満そうに頬をふくらませながらも大人しく後を着いて来る。
「ねえ!ちょっと待ってよ!」
……と思っていたのだが、途中で我慢できなくなったのか声を張り上げて俺を制止した。
騒ぎのあった場所からは大分離れている。この距離なら先ほどの大人に気付かれることはないだろう。
「どうしたの?」
「クラッド!さっきの葉っぱって戻せないの?」
少し怒気が含まれた口調だが、何に対して怒っているのだろうか。
「戻す、かあ。……元あった形に直すのは難しいよ」
無理ではないのだが。
遠回しな俺の答えに引き下がることなくポーラは質問を重ねる。
「難しいってことは?できるの?できないの?」
「で……」
「できませんよ」
答えようとした俺の言葉を遮るように、アゲラタムが言葉を被せて裾を引っ張った。
対してポーラはムッとした表情を見せながらも、奴の大人気なく突き放した口調に怯んだようで反対の裾をつかんで威嚇し始める。
何故俺を挟んでにらみ合うんだ。
「なんで戻したいの?さっきの人が片づけてくれると思うよ」
「それは、そうかもだけど、そんなことどうでも良くて!そうじゃなくて、イヤじゃない!」
「?何が?」
「クラッドはあたしのために魔法を使ったのに、いたずらだなんて決め付けるなんて!」
「へ?」
思わぬ発言に口から間の抜けた声が漏れてしまった。
「だから!いたずらじゃないのに、いたずらって決め付けられるなんて、悔しいでしょ!」
「あ、うん」
元に戻せるかと言う発言は、俺のためを思って言いだしたものなのだろうか。
「なんでそんなにあっさりしてるの?クラッドのことでしょ!」
「悪いことしちゃったことには変わりないからね。それにしても、なんで戻すの?」
「葉っぱを戻せばいたずらじゃない!ってわかってくれるんじゃないの!?」
「はあ、なるほど。そう言うことですか」
アゲラタムからため息が聞こえると共に、その雰囲気が和らいだ。
「もし戻せたとしても、もう見つかっちゃってるからね。あれに関しては俺が怒られても仕方ないんだし、ポーラは気にしなくて大丈夫だよ」
一方、奴とにらみ合っていたはずのポーラは落ち着く気配がない。
怒られるのはポーラではなく俺であろうに、彼女は納得いかない様子で俺の肩をつかんで揺さぶり始めた。
「なーんーでーー!どーーしてーー!!」
「ちっ、ちょっと、落ち着いて!」
「これが落ち着いてられるかー!!」
何故こんなにも荒ぶっているのだろうか。
何が不満なのか。……いや、もしかしたら、彼女が今抱えている感情は不満ではなく不安なのかもしれない。
「ポーラ」
「な、なに」
それならば、と意を決してポーラの名前を呼ぶと、彼女は俺の肩を揺らすのを止めて身構えた。
「何が心配なの?言ってごらん?」
「べ、別に心配なんてしてないよ!」
「もしポーラが、自分のせいで俺が怒られるとか、俺に悪いとか思っているなら、それはとても嬉しいな。けど、気にしなくて良いんだよ」
今度は俺が彼女の肩をつかみ、顔をのぞき込んだ。
「だってあれは、俺がそうしたくてやったことなんだから。だからもし怒られるとしても、それは俺のせいなんだよ」
そして、しっかりと目を見て語る。
「葉を散らしたのは俺で、ポーラは悪くないんだから」
ポーラは目を見開いて俺を見つめ返してくる。どこか納得していないような、けれどもそれを言うか悩んでいるかのような表情に感じられる。
「あ、でも、壁を登ろうとしたのは良くないよ。俺と一緒に怒られる?それならイヤな気分も半分になるかもしれないよ」
そう言ってポーラへ微笑んでみせた。
「なにさ、大人ぶっちゃって」
すると、彼女は不機嫌そうな口調で答えながらも強がってみせるのだった。
「でも、クラッドだけが怒られるなんてダメ!それなら、あんたの言う通り、あたしだって一緒に怒られる!だから、怒られる前にあたしに言ってよね!」
頼もしくも、怒られる前に呼ぶと言う叶えるのが難しい願いを口にするポーラに、俺は頷いた。
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