10話 転生魔王とお転婆娘1
飛行中であるにも関わらず現実逃避したい気分に陥るが、あいにくとそんな時間もなく、あっと言う間にあと数秒で壁に到達するところまで迫っていた。
壁の高さは俺の飛行高度よりも低い位置のためぶつからずに済むが、このまま何もしないでいると街の外へと出てしまう。
街から少し離れた程度の場所に落ちるのであれば、誰かに見つかる前にこっそりと戻れるだろうし大きな騒ぎになることはないだろう。
しかし、現状はどこで着地するか全く見通せない。受け身を取るだの取らないだの以前な状況だ。
さすがにこのまま流れに身を任せるわけにもいかず、街の外に出る前に自力で何とかするしかないと決心したその時。
耳を激しく叩く風の音に紛れて、聞き慣れた声が下方から微かに聞こえてきた。
「!」
その直後、空間の揺らぎが生じたかと思うと俺の飛行速度が急激に失速する。続けて、何かに強引に引っ張られるように急下降を始めた。
このままでは間違いなく壁にぶつかる!
そう思った俺は落下していく中、意識を集中した。
「せ、精霊……よ……!」
上手く声が出せないため、言葉少なに呼びかける。
それでも精霊は俺の意思を汲んだ。
優しく巻き起こった風に穏やかに包み込まれ、次第に落下速度を抑えながら低下していった。
そうして普通に落下するよりも緩やかな速度で壁に到達した俺は、地面を蹴るような感覚で壁を蹴り上げた。
「よっと」
「わっ!な、なに??」
件の壁にしがみついていた人物からそう離れていない距離だからだろう。その人物は俺に気付くと驚いたような声をあげる。
驚いた拍子に壁から手を離したりしなかったのは幸いだ。
今は面倒を見ている余裕はないため、しばらくそのままでいてもらおう。
何故ならば……。
「魔王さ……クラッドさま危ないー!!!」
地面に着地しようとしたところ、目標地点にアゲラタムが滑り込んできたのだ。
何故ここに居るかは分からないが、俺が町の外に出ないように魔法を使ったのは奴で間違いはない。
「そんなところにいる方が危ないーー!!!」
助けてくれるのはありがたい。
しかし、体を張ってクッション代わりの役目を負おうとするような行為は、着地しようとする俺からすると危険なだけだ。
これは間違いなく踏む!
「精霊よ、行く手を阻む障害を退けよ!」
「あーーー!!まおーさ……クラッドさまーー!!」
慌てて精霊に呼びかけて魔法を使うと、アゲラタムは突風に吹かれ壁とは反対にある木々や草花の多い茂みの中へと飛ばされていった。
……俺もミルオールのことをとやかく言えない。勢いに任せてしまい、思ったよりもやり過ぎた。
軽く一騒動起きたが、俺は地面に無事着地することが出来た。
まずは一段落ついたことに、ほっと胸をなで下ろす。
ようやく、本来ここに飛ばされた用件である壁に張り付いた人物の様子を見ようと振り返ると、同時に甲高い声が聞こえてきた。
「ね、ねえ!そこのあんた!!」
「ん?」
壁を蹴飛ばしたときは、へばりついているのは活発そうな男の子だとばかり思っていたが、可愛らしいデザインのスカートをはいていることから女の子のようだ。
おそらく俺より幾分かは身長があるようで、年上だろう。
彼女は壁を形成するブロック同士の間に生まれた小さな隙間に苦し紛れに足をかけ、壁の上から吊り下がるロープを握っている。
ここは街の数ヶ所にある門から少し離れた位置にある。
壁以外にあるものと言えば、アゲラタムを吹っ飛ばした方向にある草むらか物置小屋くらいのものだ。
街の中でも比較的人の気配が薄い部類に入るだろう。
人目を避けるような場所で壁を登ろうとしていることから、彼女が大人たちに内緒で街の外に出ようと画策していたことは明白だ。
少女の様子を伺うと、彼女は手足を震わせて必死の形相を浮かべていた。
身体が思うように動かないのか、登り切ることも降りることも出来ないようだ。
スカートは大分汚れており、短く切りそろえた金髪があちこちの方向に飛び跳ねている様子も相まって、お転婆な性格に感じられる。
一体どこからロープを確保してどのように吊るしたのか、などの疑問は尽きないが、それよりも長い時間ああしていたのであろう彼女を早く降ろしてあげた方が良いだろう。
そんな彼女がまず口にしたのは、意外にも助けを求める言葉ではなかった。
「今、魔法を使わなかった!?」
「えっ?」
何故このタイミングでそんなことを聞くのだろうか。
必死にロープを掴みながらも他のことに気をまわしている余裕があるのだろうか。……何も考えていない気がするのだが。
「ねえ、聞いてる!?」
「う、うん、聞いてるよ。使ったけど……」
俺は今にも力尽きそうな少女が気になるのだが。
「ねえ、それより、その格好つらいんじゃない?」
「そんなことはどうでも良いの!」
「えええ……??良いの……?」
強い口調と共に振り返る少女の勢いに、俺は引き気味に呟く。
「で、魔法、使ったんだね!?」
「う、うん」
そう口にする少女の様子は、今にも落ちそうでありながらも弱々しさを感じさせないものだ。
「もう一回使ってみせてよ!」
「へっ?」
この状況下でそこまで体力と気力の持つ彼女に感心する。
「だから、魔法が見たいの!見せてよ!」
「それは良いけど……」
「けど、なんなの?」
「落ちそうで心配だから、まずは降りてほしいな」
「……」
そう言うと、少女は何故か黙ってしまった。
「降りられないの?」
「おっ、降りられないこともないよ!」
強気な口調で反論されたが、言葉とは裏腹に狼狽え始めている。見栄を張っているが、降りられないんだな……。
「手伝うよ?」
「あんた、あたしより小さそうだし、どうやって手伝うって言うの」
「魔法で受け止めることなら出来るよ」
「ま、魔法!!」
思わぬところで少女が食いついた。そんなに魔法が見たいのだろうか。
「よし、それやろう!受け止めてくれるんでしょ?」
「え?うん」
「行くよ!!せーの!!」
「え、もう!?ちょ、ちょっと待って!」
「えいっ!」
しまった。と思った頃には手遅れだった。
彼女がまだ幼く、魔法と言う言葉に酷く反応することを考慮して、もう少し段階を踏んで話すべきだったのだ。
俺の言葉を純粋に信じた少女は目を輝かせ、制止も聞かずに勢いをつけてこちらへと飛び込んできた。
それも最悪なことに、頭から着地しそうな体勢だ。このまま地面に落下すれば、軽い怪我では済まないだろう。
「っ!」
だが、いや!まだ間に合う!
そう判断し、すぐに思考を切り替える。
短時間のうちに、少女を無事に助け出す方法を考え行動に移した。
「精霊よ!幼き魂と無垢なる舞を!」
まずは、先ほど俺が落下中に精霊に呼びかけた魔法を使う。
「わっ!」
まるで見えないシャボン玉に包まれたかのように、彼女の動きが空中で鈍くなった。
「なにこれ!おもしろーい!!」
落下が緩やかになったことで、彼女は川の流れに逆らって泳ぐように両手足をバタバタと動かし空中浮遊をはしゃいで堪能し始めた。
このままの調子で地面に辿り着けば、何の心配もないだろう。
だが、彼女の落ち着きのない様子を見ていると、降下の途中で何らかのトラブルが起こるのではないかと、どうにも不安がよぎる。
だから俺はもう一つだけ、念には念を入れることにした。
「世界の裏側に、事象を描く!」
都合の良いことに、壁とは反対の方向には草が沢山生えている。
その茂みにある草を大量に呼び寄せる。頭の中でその光景を思い描き、指を鳴らした。
——パチン!
音を合図にして、多い茂っていた草が一斉に少女の身体の真下に移動していく。
恐らく手で押すとふかふかとした感触が楽しめるくらいに相当な量の葉が積み上げられ、即席のクッションが出来上がった。
このクッションであっても勢いをつけて飛び込めば痛いかもしれないが、流石にそれ以上の心配は無用だろう。
「ふー……。このくらいやっておけば問題ないかなー……」
「わー!すごい!!」
少女は葉のクッションの上にゆっくりと着地すると、歓声を上げて飛び跳ねたり転がったりと全身でふかふかの感触を堪能し始める。
「青い葉っぱがいっぱーい!枯れ葉じゃないー!あははっ!」
「うぐっ!」
「ん?」
少女のものとは異なる酷く聞き覚えのある声が、クッションの役目を果たしている葉の合間から聞こえてきた。
彼女は声に気を留めていないので、一旦声のことは放っておくことにした。
そのままにしても害はないだろう……恐らくは。
「ねえ、怪我はない?」
「うん、大丈夫!魔法見せてくれてありがとう!」
「え、あ、う、うん?」
葉のクッションに夢中な少女に問い掛けると、彼女は素直に礼を述べた。
ただそれは、壁から降りる手伝いをしたことに対してでも、地面に衝突する危険から助たことに対してでもない。
きらきらとした笑顔を見せる少女は、先ほどの魔法による出来事に心を奪われ、その余韻を楽しんでいるようだ。
そんな彼女からは反省の色が見られず、今後再び同じ危険を冒す可能性がある。
少し注意した方が良いだろうか。かと言って頭ごなしに行動を否定すれば、活発な性格に見受けられる彼女はおおかた反発するだろう。
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