9話 転生魔王は空を飛ぶ(他力)1

「と言うことがあってね」


 街の見張り台の頂上で、色彩を失い透き通った風車かざぐるまの羽根を指先でつつきながら語る俺の言葉に、その人物は眉根を寄せていた。


「なんで俺に言うんだ?ダチにでも話せよ。ボンボンにだってダチの一人くらいいんだろ?」

「あははは、一人だけね」


 魔王の元部下の一人で、筋肉質な肉体が特徴のミルオールだ。


 なお、ミルオールの言うボンボンとは俺のことだ。

 領主の息子だからと言う理由でそう呼ばれているが、我が家はそこまで言うほど金持ちではない。


「ミルオールは話しやすいんだよ」

「話しやすいだあ?」


 俺の言葉が意外だったのか、ミルオールはすっとんきょうな声をあげた。


「どうしたの?」

「いやなに、そんなこと言う奴は前の魔王ぐらいだと思っていたんでな」


 奴はどこか照れているような表情を見せた。つい珍しいものを見るように眺めていると、すぐに顔をそらされた。


 外見からは想像出来ないが、意外にもミルオールは適切なタイミングで相づちを打つ。それが作業の最中であってもだ。

 理解力は重要ではないが物事を整理したい、といったときの話し相手に適している。あまりしつこいとぞんざいな態度をとられるので、ほどほどにすべきだ。


 それを魔王時代に本人に伝えたことがあるが、そのときの反応は「壁にでも話しかけていろ」と素っ気ない回答が返ってきた。その時、少し悲しかったのは秘密だ。

 そんな態度をとりながらも話を聞くこと自体は嫌いではないようで、何だかんだと話を耳に通してくれる。

 それは今でも、そして魔王以外の人物であっても変わらないようだ。


 とは言え、今回の話題は雑談だ。別段、物事を整理したいのではない。

 それでもミルオールは俺の話を聞いてくれている。


「それでね、妊娠してるんだって。ただ、倒れたのは疲労が溜まってたからみたい」

「は?妊娠?アマリリスのやつじゃなくて?」

「うん、母さんじゃないよ。家のメイド」

「へえ、意外だな。だが、めでてえな!」

「うん!それで、また倒れたら大変だから、しばらくメイドの仕事を少し減らすことになったんだよ」


 減らすだけだから休むわけではない。

 仕事を続けるアベリアが無茶しないように、そして頼りすぎないように心がけよう。


「減らした分のは誰がやってるんだ?」

「少しだけ、母さんがね」

「マジか……」


 絶句するミルオールに首を傾げてみせた。


「あいつ家事は壊滅的だったハズだ。ん?いや待てよ。戦闘で敵を壊滅させるのも得意だから、壊滅的なのは家事に限らねえな」


 奴は上手いこと言った雰囲気のまま真面目な表情をした。本人は自分の発言を深く意識していないようだ。


「あー……実はサンダーソニアが家に手伝いに来ているんだよ。母さんは……色々教えてもらっているみたい」

「どっちが師なんだかわからんな」


 全くだ。

 花嫁修行だとしても遅すぎる。


 母さんの弟子であるサンダーソニアが来てくれたとき、父さんは非常に安堵の表情を浮かべていた。

 味方の増援部隊が駆けつけた瞬間に、瀕死の戦士が見せるような、そんな安らかさに見えた。


 しかし、それは新たな試練の始まりに過ぎなかったのだ。


 そう。昨夜の夕食はサンダーソニアが作ってくれたのだが、衝撃の内容だった。


 豚のアップルソテーはまだ良い。

 葉野菜とアップルのサラダ、シナモンアップルパイ、ベリーのスコーン……。

 ティータイムか!と突っ込みたくなる甘味と酸味のフルコースにより、昨夜の出来事にも関わらず口の中の甘みが未だ収まらない。


 それにアップル多すぎるだろう、好きなのか!


 途中で食が休みがちになると、「子どもは好き嫌いしないで沢山食べないとダメなのよ!」と強い口調で、さも当然のように口元に食事をグイグイ押し込まれた。

 無理に食べさせる方が良くないのではなかろうか。


 味は美味かったのが救いだが、最後の方は味覚がどうにかなってしまいそうだった。

 普段の奴の食生活は、疑うまでもなく偏り過ぎているのではと不安になる。

 ……何故俺は、母さんの弟子の食生活の心配をしているのだろう?


「それでアマリリスの代わりに、ボンボンがそいつを持ってきたってわけか?」


 ミルオールが指さしたのは、俺が鞄から取り出した羽根が四色の風車だ。


「そうだよ。預かってきたから、よろしくね」

「おうさ」


 外敵を知らせる風車は、羽根の部分に魔力を持つ。日々少しずつ魔力を消費していくのだが、彩りも魔力とともに色あせていく。

 最終的に羽根の透けてしまった風車は効力が消えた証で、ただの風車でしかなくなってしまう。


 そのため定期的に魔力の補充が必要で、この街では母さんかその弟子のサンダーソニアが担っている。


 見張り台を見回して他の風車を確認する。俺がいじっていた風車の他にもう一つ、計二つの風車の羽根から色が抜け落ちていた。


 俺は魔力の補充された風車をミルオールに渡し、代わりに透明になった風車を受け取る。

 これを持って帰り、母さんかサンダーソニアに渡すまでが今日の俺のお使いだ。


 大きくなるまではこういった簡単な仕事しか任せてもらえないのだろうか。

 俺としてはもっと頼って欲しい。


「俺はこういう細っかい作業が嫌いなんだがなあ」


 俺の溜め息と同時に、ミルオールはぼやきながらも作業を開始した。


 見張り台の角の柱同士を繋ぐようにくくりつけている紐の端を引っ張る。

 たわんでいた紐がピンと張られ、等間隔にに紐からぶら下がっていた鈴が跳ねてはぶつかり合い、次々に鳴り始めた。

 音に気を留めることもなく風車の持ち手に紐を結び付け、風車を設置場所に置く。


 それをもう一つの風車に対して行おうとしたところで、奴は手を止め振り向いた。


「おい、あんまり端の方でボーッと突っ立ってるんじゃねえぞ」

「うん」

「つうか用がないなら降りて遊んでろ」

「えー、見てたって良いじゃないか」

「見られてるとやりづれえんだよ!ほれ、しっしっ」


 頬を膨らませてまだここに居たい主張を表すが、ミルオールには効果がなかった。

 仁王立ちして俺をはしごまで追い払おうするので、仕方なく降りることにした。


 手すりをつかんで、足で慎重に一つ下の段を探る。


「う、うーん……あ、もうちょっと下かな」

「お前そんなんでよく登って来れたな」


 登りでは、はしごを使っていない。ミルオールよりも早く見張り台に訪れ、魔法で風を起こして跳び、待機していたのだ。


 俺は魔法を使いはするが、人前での威力の大きい魔法の使用は控えている。

 バレると面倒なことになりそうだからだ。

 ……主に怒られると言う意味で、だが。


 昨日アゲラタムに水をかけ、乾かしただけの魔法は簡単なものだ。

 しかし、見張り台の上り下りに利用する魔法は、多少なりともコントロールが重要となる。難しいものではないが、まだ幼い子どもが使うにしては不自然だろう。


 ミルオールはそこまで細かく魔法の使い方を観察する性格ではないだろう。

 それどころか、この状況においてはお前なら大丈夫だ!と言って俺を突き落としそうだ。

 ……いや、そこまではしないか?


 そんな理由で、大人しく自分の足で降りるのだった。


「急かさないでね?」

「んなこと言って、ちんたらしてんじゃねえぞ」


 などと言いながらも、ミルオールはその場所を動こうとしない。俺が降りるところを見守ってくれるようだ。

 そこまで危なっかしくもないだろうと思うのだが、客観的に見ると違う感覚を受けるのだろうか。

 どこかこそばゆく感じる。


「届いた!」

「まだ一段目だな。先は長いぞ」

「大丈夫、どんどん降りるよ!」

「しっかりな」


 俺はミルオールに励まされながら、もう一段足を下ろしていった。

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