第七回


 正月が過ぎたころ、萩がたまたま侵入したマンションの一室の奥から男の声がした。様子からして誰かと電話をしているようだった。萩は、その男が犯人かどうか調べるために声のするほうへ向かった。書斎というのに相応しく幾つもある本棚には収めきれないほどの書物が並べられ積まれているのだが、その多くがUFOだの幽霊だの神だの妖精や妖魔といったオカルト色に満ちたものばかりだった。家の主は椅子に腰かけてパソコン画面を見つめたまま電話を続けている。

 物好きなマニアの家なのだろうか。萩はそう思って男を見た。中肉中背の普通の体付きである。自分を殺した犯人ではないだろうと判断した。まずないだろうが、万が一に本物の霊能者であることに備えて、こんにちはと声を掛けたのだが無反応だったのですぐに去ろうとしたのだが、男の口から『霊能者』という言葉が聞こえたので思わず振り返る。

「――そのような話を伺いましたので、是非お話を聴かせて戴けたらと思いまして。……はい。ええ。はい。そりゃもちろん。貴方の霊能者としての才覚は兼ね兼ね……。はい。そうですか、ありがとう御座います。では、明日の午後一時に。場所は……はい。承知いたしました。それでは」

 男は電話を切って一息ついた。パソコンを操作して、別の電話番号を見ては電話をかける。男と電話相手との会話によると、この男は根本ねもとという雑誌記者で、オカルト関連の記事を書いているらしく、この電話は取材願いを出していたらしい。萩は各学校のオカルト研究部を廻って霊能者を探していたことを思い出す。どうせ全部が偽物だろうが、まあ一日くらいならいいやと明日はこの根本とかいう男に付いて行くことにした。


 翌日の午前九時に男は家から出た。電車に乗って一時間ほど移動すると、『宇宙創造神恵しんけい教』と書かれた、あまりにも胡散臭い新興宗教の教会があった。教会といっても一階建ての小屋といった感じである。根本がお邪魔しますと教会の扉を開けると、道場のような空間があり、扉の向かいには教主らしき人物の大きな写真が飾られている。不気味だ。その写真の手前に、紫色をした座布団に座った写真の人物がおり、周囲に幸が薄そうな信者らしき数人が床に直接正座をしていた。根本が扉のところで自己紹介をすると、教主らしき人物はどうぞこちらへと迎え入れてくれた。根本と一緒に萩も入る。萩が部屋の隅にトイレと給湯室らしき場所があるのを見つけた。

 教主が信者の一人に座布団を持ってくるように伝える。信者はすぐに持ってきては教主の向かいに敷いてどうぞと根本に勧めた。

「それでは、早速ですが取材をさせて戴きます」と、根本が教主に言った。教主もうむと頷く。

「まず、貴方のお名前、宗教の名前を教えて下さいませんか」

「うむ。我らは『宇宙創造神恵教』という教えの下、世界をよりくするために活動しておる。そして私が、その宇宙創造神恵教の教えを神より賜った叶瑠華とるかと申すものだ」と教主は言った。教主いわく『叶瑠華』は教えによって願いを叶えて、神の恵みを瑠璃のごとく輝かせることによって、その光で宇宙の栄華を創造するというがある意味らしいが、逆から読めば邪教カルトではないか。

 萩は信者らしき連中を一瞥する。こいつらはこんな胡散臭いものを本当に信じているのだろうか。やらせの役者だろうか。前者なら呆れや軽蔑を通り越して憐れみを覚えるほどに阿呆なのだろう。後者なら仕事を選んだほうがいい。それとも余程生活に窮困しているのだろうか。可哀想に。

 彼らの教主さまとやらが、この宗教について語る。

「我らが信奉する神についてお話しよう。ある日、不治の病に罹った私が、残りの人生をすべて捧げて全人類に幸福をもたらすにはどうすればよいかというのを、考えていたことがあった」

 教主さまとやらによると、自宅療養中だった教主さまは瞑想中に神の声とやらをお聞きあそばされたそうで、その幻聴……失礼、その御言葉に導かれて訪れた山奥の瀧の前で、闇に侵された東の空から白い光を放つ神さまとやらにお会いあそばされたそうだ。

 ただの日の出ではないかと思うから、たぶん神さまとやらは太陽だ。

 それで、その神さまとやらの誇大妄想から教義とやらを授かったそうだ。

「その神様というのは、どのような御方なのですか」などと、記者の根本は妙に食い付いている。

「うむ。我らが神は、世界……いや、宇宙を統一する究極なる存在である。この宇宙広しといえど、真に神と呼べる御方はあのお方のみ」と教主は答えた。

「ということは、神道のような多神教ではなく、キリスト教のような一神教ということでしょうか?」

「いや違う。あの御方はそのような存在ではない。この世のあらゆる存在を包括する、究極的な存在なのだ。ゆえに日本の神も異国の神も、あらゆる宗教の神々があのお方の臣下に過ぎぬのだ。無論、仏ですらあの御方の臣下だ」

「ほう! その神の名は!」

「あの御方に名など存在せぬ。神という言葉そのものがあの御方を指すためだけに存在するのだ。私はその神から受けた教えを世界に広め、世界平和に貢献すべく神より選ばれた神聖にして崇高なる神の使いなのだ。現に、高熱にうなされ咳が止まらなかった不治の病も、神の奇跡によって一週間ほどで完治した」

「神の奇跡によって貴方の病気が治ったということは、ほかにも神の奇跡はあるのですか?」

 無論と、教主が神の奇跡とやらは列挙する。信者がムカデに噛まれても大事には至らなかったとか、交通事故に遭っても死ななかったとか、子供が名門大学に入学できたといった具合である。そんな話を根本は目を輝かせながら聞いていたのだが、萩はウンザリした様子でこの馬鹿馬鹿しい取材が早く終わって欲しかった。


 十一時ごろに取材が終わり、根本はいったん自宅に戻って食事を摂りながらインターネットで記事にする資料を集めていた。そして十二時ごろに再び外出する。今度は霊能者とやらの取材である。また電車に乗っての移動であり、到着した駅から二十分ほど歩くとあるアパートの一室に『加藤かとう霊能研究所』と書かれた看板というか紙切れが貼られていた。

 明確な根拠はないが、萩はすぐにこいつは偽物だと確信した。

 インターホン越しに根本が挨拶して部屋に入るので、萩も一応は付いていく。根本は部屋にいた自称霊能者である加藤と挨拶を済ませると、さっそく加藤が言う。

「私は小さい頃から、一般に霊能力といわれる力を持っておりまして、霊が普通に見えていました。普通の人と変わらない存在だと思っていたので、小さい頃は周囲の人から、一人なのに誰かと遊んでいるように振る舞っていると気味悪がられたもんです」と加藤は言った。

「その力というのは、まだあるのですか」と根本は尋ねると、加藤は「まだあるどころか、今はその力に磨きが掛かって、あの世と交信だって出来ますよ」と笑った。そのくせ傍にいる萩には一切反応しない。

 なにも知らない根本がそうなんですかと驚くと、なにも驚くことはありませんよと加藤が「それに、貴方の背後に霊がいますよ」と続けた。根本だけではなく、その背後にいた萩も驚いた。

「ええ。女性の老人が見えます」

 そんな奴はいない。やはり加藤は偽物だ。

「いったい、誰なんですか?」と、根本が言った。

「失礼ですが、貴方のお祖母さまは御存命で?」

「いえ」

「二人とも?」

「はい」

「なるほど。女性が仰るには、貴方の父方のお祖母さまらしいですね。今あなたの思い出話を仰っています。なるほど。今あなたが子供のころに仕出かした悪戯や、怪我して泣いたことを頬笑みながら語って下さっている」

「そんな事ありましたっけ?」

「ええ。お祖母さまによると、あなたがまだ小学校にも入らない時分だそうなので、覚えていらっしゃらないかも知れません。ですが、一緒に遊んだあの時が懐かしいと仰っています。印象的な頬笑みを浮かべる、顔にホクロのある方ですよ」と加藤は結んだ。

根本のいくつかの質問をする。あの世との交信で誰と話したのかを尋ねると、閻魔大王と話したとか、歴史上の人物と話したとも言っていた。織田信長、豊臣秀吉、徳川家康などであり、宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘はまさに互角の死闘であり、佐々木小次郎は宮本武蔵ほどの人物との決闘で死ぬのならむしろ本望であると語ったとか、石川五右衛門は泥棒として有名だが実は一流の忍者であり、金持ちや権力者から金を巻き上げ市民に施しとして与えていたとか、真田十勇士の一人である猿飛佐助の名前も挙がった。どの人物も加藤が本人から直接聞いたという彼らの武勇伝を語り、根本は感心しながら聞いていた。

こんな様子で一時間も話す。時間の無駄だったと萩は溜め息をついた。根本には用がないのですぐに去ろうとしたのだが、根本が独り言でいった次の取材先が時たまうろつく繁華街だった。いつもの野次馬根性が少し湧いた。


 根本に付いていくと、やはりいつも歩く繁華街だった。しかも根本が入って行ったところは、二ヶ月前に萩も入った「神の声が聞こえる」と看板を出していた、占いの店らしきあの店だった。以前同様に、淡い紫色に包まれて気持ちの悪いお札や髑髏といったものが並べられている。妻に土下座したあの男は、以前のように波打った長髪のかつらをして、俯きつつ髪を簾のようにして顔を隠していた。失礼しますと言いながら根本が店に入った。

「どうも初めまして。雑誌記者の根本と申します、サイキッカー青木あおきさん」

 萩は思わず吹いた。青木は「ど、どうも」と小さく頷いた。萩は青木の苗字が本名だろうかと気にはなったが、サイキッカー青木という漫画に出てくる使い捨てキャラクターのような名前が妙に壺にはまった。根本が青木に話しかけながら、向かいの椅子に座る。

「本日は取材に応じて下さってありがとう御座います。では、早速ですが、サイキッカー青木さん、あなたの占いというのは、いったいどのようなものなのか教えて下さいますか」

「え、えっと。その、え。あ、はい」

 青木は緊張しているのか、返答がぎこちない。深呼吸をして、声を低く下げて真面目ぶって答える。

「私の占いは、占星術を基に作り上げたサイキッカー青木式神秘占星術というものです」

「なるほど。それは、そのような占星術なのですか?」

「へ?」

「いや、だから占星術といっても沢山ありますでしょ? あなたの青木式神秘占星術というのは、どのような特徴がある占星術なのですか?」

「え、えー。そのですねー」

「例えば、この流派の占星術を基にしたとか、違う種類の占いの要素を取り込んだとか、そういったものを――」

「せ、占星術を基礎にして作りました!」

「そりゃそうでしょう。占星術なんですから」

「そ、そうですね。ええ。はい」

「緊張しないで、落ち着いて下さい」

「あ、ど……どうも」

 青木はまた深呼吸する。

「私の占星術は、西洋の基礎的な占星術を基にしつつ、私独自の要素を取り込んでおります。例えば、この占星術においては血液型も重要な要素になりますし、名前の画数なんかも重要です」

「ほう。姓名判断も含まれるそうですが、私のように筆名といいますか、本名以外の名前を持っている人の場合は、それでも構わないのでしょうか?」

「その場合は、例えば貴方の場合は筆者としての運命しか占えません。ほかにも芸名であれば芸能活動における運命、ペンネームならその名前で活動している作家としての運命です」

「なるほど。では、是非わたしを占ってみてくれませんか」

「宜しい。では、まずは生年月日を教えて下さいませんか。あと、あなたの名前の画数を」

 わかりましたと、根本が自分の名前の画数と生年月日を伝えると、青木はそのまま占いを始めた。

「うむ。見えました。あなたの未来が!」

「あの……」

「なんだ?」

「血液型を、まだ伝えていないんですが?」

「へ?」

「いや、その……。私の血液型をね、まだ貴方に教えていないんですけど……」

「ケツエキガタ?」

「ええ。占いにいるんでしょ? 血液型が」

「…………」

 あまりにも悲惨だった。その後、根本の血液型を聞いて再度占いをしたのだが、その結果というのが、――苦難な未来が見えるが、なまけず努力すれば問題はない――とか――貴方は意外と怒りっぽく、そして少し臆病な心を持っているようだ――とか、子供でも思いつくような、誰にでも当てはまることしか言わなかった。青木はせっかくの宣伝の好機だと思い取材を受けたのだろうが、これでは取材を受けないほうが好かったのではと萩は思った。それでも根本はニコニコした様子で青木の店から出て行った。

 萩は根本について行くか、この青木の夫婦関係はどうなったのか気になって迷ったのだが、なんとなく根本について行くことにした。


 最後に根本が取材したのは未確認飛行物体……いわゆるUFOの研究者だった。その自称研究者である中島なかじまの研究所なる場所で取材を受ける手筈になっているのだが、根本が行ったところは普通の一軒家だった。表札の下をよく見ると、一応は『中島UFO研究所』と書かれてた札が付けられている。見るからに胡散臭いと萩は鼻で笑った。生きていれば絶対に近寄りたくない。

 根本は霊能者のときと同様にインターホン越しに挨拶して研究所に入れてもらう。中島に案内された研究室には、一台のパソコンとUFO関連の胡散臭い書物が並ぶ本棚、壁にはUFOの白黒写真なんかが貼られていた。机を挟んで向かい合い、根本は中島に取材をする。

「ロズウェル事件を言うのはご存じですか? アメリカで墜落したUFOをアメリカ軍が回収したというものです」

 この言葉を皮切りに中島が延々と話し続ける。

「一九四七年に、ロズウェル陸軍飛行場が空飛ぶ円盤の残骸を回収事件ですが、この回収した円盤の中に、宇宙人の死体があったのです。無論、この衝撃的な事実を懐疑的に思った一部の者は、政府の極秘実験による気球だとか、発見された死骸は宇宙人の死体などではなく、ある者は別の航空機墜落事件と混同しているだの、訓練用に使われた人形を本物の死体と間違えたものという捏造を描いてはいますが、あれは実際に宇宙からやってきた未確認飛行物体……つまりUFOであり、中にあったのも飯事ままごとのお人形などではなく、れっきとした宇宙人の死体なのです」と力説する。

「なぜならば、墜落事故のような大きな事故を混同するようなことはありえず、さらには作り物のオモチャと本物のUFOを見間違える人間がこの世に存在するわけがなく、このUFO目撃例も多数存在しているのが、そのUFOの存在が現実であるという、否定できぬ確乎たる証拠と言ってよいでしょう。ですが、アメリカ政府は当時もそして現在になってもなお、この確乎たる真実を隠蔽し続けているのです。なぜならば、アメリカ軍がこのUFOを調べた際に、UFOに使われている宇宙人の知識や技術の一部を、自らの知識と技術として取り込んだからです。それを隠すためにアメリカは、このロズウェル事件は宇宙人とは無関係だという虚言をしゃあしゃあと言って退けたのです。現に、アメリカは、このロズウェル事件によって得た知識と技術を用いることによって、一九七九年にアポロ十一号を使って月面着陸に成功したのです。もちろん、当時の政治状況を考えれば、アメリカはソビエト連邦と冷戦をしていたわけですから、重大な軍事機密であるロズウェル事件について深く語れないのは仕方がないことだったのかも知れません。ですが、すでにロズウェル事件から七十一年も経ち、さらにはすでにソ連は崩壊して米ソによる冷戦が終結しているのにも拘わらず、真実を語ろうとはしないアメリカ政府は、民主主義の本質を理解していないばかりか、アメリカ国民を侮辱し彼らの知る権利を侵害しているとしか思えません」などと長々と垂れる。

 まだ続ける。

「ロズウェル事件で回収した宇宙人の死体を解剖したという事実は、この事件を知る者であれば誰でも知っていることです。ですが、その研究は現在でも続いており、私が秘密の情報網を駆使して得た情報によりますと、宇宙人の死体から採取したDNAを使って宇宙人のクローンを生み出そうという計画があるのです。ですが、宇宙人の体の構造の把握にはまだ不完全な部分が多く、それより先に別種生物との合いの子……つまり混血を生み出そうという計画が現在水面下で行われているようです。無論、その中には人間との混血を作ろうという計画もあり――」

「ロズウェル事件以降、アメリカでUFOの目撃例が多いのは、ロズウェル事件を発端としたアメリカの行動が宇宙人の警戒心を煽ったためであり、宇宙人がアメリカを調査するために接近した飛行船を、一般人の多くが目撃したためです。中には人体の生体標本として拉致された者もいました。なのでUFOは、決して飛行機や気球……ましては流れ星などを見間違えたわけではありません。まあ、見間違いや悪戯も一部にはあるでしょうが、宇宙人がアメリカの調査に訪れたという事実は絶対です。なぜならば、宇宙人ではないという証拠が無いのですから、裏の裏は表というのと同じく、やはりあれは宇宙人の円盤なのです」

 ほかにもNASAの元職員を自称する人物が匿名を条件に教えてくれた情報などと、情報源そのものが怪しい、妄想と言われても仕方がない話を延々と話し続けた。一段落ついたところで、根本が改めてUFOの目撃例は流れ星や、冷戦期なのでミサイルや戦闘機などの極秘訓練かなにかの見間違いではないのか尋ねると、さっき説明しただろうと呆れながらも、軌道がどうこう長々と説明したり、本物のUFOの写真であると言って幾つかの白黒写真を見せてくれた。

「これらの写真には、糸で釣り下げたUFOの模型である可能性はまずなく、つまりそれは、この写真に写るUFOが本物であるという証明である」

 そう中島は言うのだ。釣り糸がないから本物というのなら、投げ飛ばしたりして落下している途中に撮影したらどうなのかと思うが、そこまで考える能力はこの中島という男にはないらしい。

 そんな中島はまだ話し続ける。

「ですが、宇宙人も途中から方針を変えたそうで、アメリカと対立するのではなく、アメリカと協力関係を持とうという方向に進みました。なのでアメリカは三十年も前に宇宙人と秘密裏に同盟を結んでいて――」

「アメリカ軍が持つ技術の中には宇宙人から教わったものがあり、その好例がインターネットとGPSなのです。ほかにも――」

「アメリカ大統領の命令によって――」

「日本で目撃されるUFO? そんな事よりもアメリカの――」

 この取材で分かったことは、この中島という男の頭の中はUFOの事しかなく、UFOとアメリカを離して考えられないということだ。こういう馬鹿がいっそアメリカにでも移住してくれれば日本も少しは平和になるだろう。


 萩はちょっとした興味があった。今日、取材した馬鹿……じゃない、癖の強い四人をどのように記事にまとめるかという点だ。根本がパソコンを立ち上げて記事を書く。ただ、萩の野次馬根性を幻滅させるほど、普通の説明を書いたと思えば、変に現実味や神秘性を持たせて、オカルトの興味がない人間からすれば馬鹿馬鹿しいと一言で終わるような記事だった。四つの記事を書き終えて、白けていた萩が帰ろうとすると、根本がまた別の記事を書きだしたので、ちょっとだけ読んでみる。

 まずは『宇宙創造神恵教』とその教主についてだ。萩も思ったことだが、この教主の『叶瑠華』は逆から読めばカルトになり、名は体を表す好例だと書いた。教義における神の絶対性についても、各宗教の知識を織り交ぜながら反論し、最後には単なる誇大妄想とした。ほかにも教主が言った奇跡についても嘲笑的に書いている。ムカデに噛まれても無事だったという点については、そもそも日本には致死性の猛毒を持つムカデは存在しておらず、アレルギーによるショック死を除けば死ぬことはまずないと反論。交通事故に遭っても死ななかったというのは、具体的に中身は分からないと断ってはいるが、極論をいえば乗っていた自転車で転んでも交通事故だとし、信者の子供が名門大学に入学したというのには、神のお陰ではなく子供の努力と書いた。最後に教主自身が体験した病と奇跡による治癒ついては――ただの風邪。もしくはインフルエンザ――とだけで論破した。

 次に霊能者である。これについては霊能者が自身の父方祖母と会話をし、自分と祖母の思い出話を語っていたが、根本の父方の祖母は、父が幼いころに他界しているので当然ながら会ったことはなかった。なので霊能者が語る思い出など存在するはずがない。ただ、この部分はすぐに削除された。そして祖母の表情について、霊能者は笑顔が印象的で顔にホクロがあると言っていたが、ふつう人間の笑顔は印象的だし、顔にホクロがない大人はまずいない。さらに歴史人物と交信したと言っていたが、その中にいた猿飛佐助は実在しない空想の人物であり、出典は講談である。一応はモデルとなったと思われる人物は存在するのだが、猿飛佐助なる人物は存在しないというのが定説である。さらに宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘についても、宮本武蔵と佐々木小次郎との決戦で小次郎は死なずに、瀕死のところを武蔵の弟子らに袋叩きにあって死んだとか、もっと酷いのは武蔵は弟子らを率いて戦い、小次郎は多勢に無勢の劣勢で戦うはめになったという記録がある。なので、この決闘で死んで納得いく状況ではないのだ。それどころか小次郎の苗字が佐々木かどうかも疑わしいらしい。ほかにも石川五右衛門についても、安土桃山時代の盗賊であるといった程度のことしか分かっておらず、しかも実在したかも怪しい人物である。だから元忍者だったとか義賊だったというのは創作や伝説であり史実としての信憑性は皆無だと書いて、根本はこれを――時代劇の見過ぎで、現実と空想の区別もつかなくなっている――とした。

 そしてサイキッカー青木。彼については、馬鹿を通り越して哀れと言葉短く総評した。

 最後のUFO研究者の中島に対しては、アメリカUFO馬鹿と書いた。そもそもGPSが宇宙人由来の技術であるならば、それを地球の周囲に飛ばして調べれば、わざわざUFOでアメリカ上空を飛びまわって調査する必要はなく、人体標本の収集を目的だったとしても、目撃例の数があまりに多すぎるし、サンプル収集のために世界中の人間が拉致の対象になったはずだとして、その信仰に近いロズウェル事件とUFOへの執着を嘲笑っていた。

 最初の記事は書いて早々にどこかへ送信していたが、この記事はどこにも送信する様子はなかった。しばらく時間を置いて、もしかしたら自分のブログかなにかに上げるのだろうと萩は思ったが、なにより役者のように目を輝かせて変人たちの話を聞きながら、内心ではこんなふうに考えていたのかと思うと、可笑しくて仕方がなかった。


 根本の許を離れて数日。萩は疲弊していた。あと一ヶ月で自分の死後一年になるというのに、忌々しい犯人を見つけられないどころか、黒いドラゴンの入れ墨以外の手掛かりすら掴めていない。虱潰し作戦も、更衣室での待機も、霊能者探しの人混みに向かって叫ぶのも、どれも続けてはいるが一向に成果が上がらなかった。いっそ諦めて大人しく成仏しようかとすら思えてきたが、その度に自分を鼓舞して怒りを思い出しては現世に留まる意思を新たにしてきた。

 今日も自分の強盗殺人事件を追っている捜査本部に行ってきたが、もはや存在しているだけとしか思えない状態であり、なんの進展も見られなかった。手掛かりらしい手掛かりもない。犯人の指紋や遺伝子が遺されていたからといって、誰のものか分からなければ意味がないのだ。

 ある日の夜、住宅街の夜道を歩いていると一人の男を見かけた。年は三十五から四十歳ほどに思えた。体格は普通だから容疑者ではないなと萩が無視しようとしたとき、男の脚が薄くなっているのに気付いた。それだけではなくちょっとすみませんと、男が声を掛けてきた。

「なんですか?」と、萩は一応は相手をする。

「この辺に、佐々木というお宅はありませんか?」

「佐々木?」

 そんな何処にでも居そうな苗字を出されても困る。もっと具体的な情報はないのかと尋ねたら、佐々木ハジメという人物が住んでいる家だそうだ。ハジメという名前もどこにでもいそうだと思って考えてみると、いつかの薬物中毒者を思い出した。あの中毒者は萩をハジメという人物と間違えていた。さすがに同一人物ということはないだろう。萩は、ほかにないのかと尋ねたら、男が住所と郵便番号も教えてくれたのだが、その郵便番号というのが五桁だった。現在は七桁である。

「今の郵便番号は七桁ですよ。五桁なんてかなり昔で、たぶん僕が生まれる前くらいだと思いますよ」

 萩がそう言うと、男は愕然とした様子だった。

「どうしました?」

「いえ」

 男が口籠もったので、なにがあったのかを尋ねてみると、男は小声ながらも教えてくれた。

 男の名前は佐々木ハジメといって、萩が生まれた年に海外で事件に巻き込まれたらしかった。佐々木は犯人に拳銃を額に突き付けられたところまでは覚えているのだが、気が付いたときには誰もいない真ッ暗なところにいたそうだ。音もなく光もない世界を訳も分からず彷徨さまよっていると、ふと自分が最後に犯人を見たところに立っているのに気付いたそうだ。そのときはまだ何も考えられず、とにかく家に帰りたいと、ぼんやりと彷徨っているうちに、気が付けば自分の自宅のある町に来ていたのだそう。それまでの過程、つまり外国からどうやって日本に戻ってきたのか、いつ頃に……つまり西暦や平成で何年ごろに帰ってきたのかといったことは一切覚えていなかったそうだ。それから自宅を探してずっと彷徨っていたそうだ。佐々木は萩と話をするまで、誰にも気付かれないこと、どれだけ探しても自宅がないこと、挙げ句に食事や睡眠をとらずに行動していることなど、不可解な点について気付くことがなかった。当然ながら、自分が死んだことにも気付いていなかった。

「私はまるで夢でも見ていたような気がします」

 そう佐々木は言った。

「暇だから一緒に家を探しましょうか?」

 萩は佐々木と一緒に、彼の自宅を探した。自宅のある町で彷徨っていたので、思いのほか早く見つかったが、表札は他人の姓になっていた。佐々木は何度かこの辺に来た気がすると言ったが、表札が違っていたために通り過ぎたのかも知れない。

「この家に、見覚えありますか?」

 萩が尋ねると、佐々木はいいえと小さく答えた。どうやら二十年余年の年月のうちに建て替えられたらしい。佐々木はじっと家を見つめている。

「ちょっと中を見てきます。奥さんはどんな感じの人でしたか?」と、萩が訊いた。

 佐々木の妻は彼と同年代ほどだというから、五十代半ばから六十歳くらいになるのだろう。萩が家に入ってみると、四十歳ほどの夫婦と十歳ほどの兄弟がいた。夫は萩が捜している犯人とは違い、普通の体格だったこともありすぐに佐々木の許へ戻る。そして、奥さんらしき人物は居なかったと告げた。「奥さんは実家に戻られたのでは?」と続ける。

「そうかも知れませんね」と、佐々木は小さく笑った。

 会いたいのなら実家に行くことを勧めたが、佐々木はそれを拒否する。

「いえ。やめておきましょう。私が死んだあと、妻がどうなったのかは気になりますが、もう妻に会ったところで意味をなさない気がしてきました」

「どうして?」

「妻が再婚して、別の人生を歩んでいるのなら、私のことは忘れているかも知れませんし、そもそも今となっては邪魔な存在でしょう。それに、まだ忘れずに居てくれているとしても、妻が私に気付かないんじゃ、会いに行ったところで意味がありません」

 萩がこれからどうするのか尋ねると、佐々木は成仏すると言った。佐々木には子供も兄弟はおらず、両親はすでに他界していて妻以外に会いに行く人物がいないそうだ。今度は佐々木がなぜ成仏しないのかと萩に尋ねた。萩は正直に、自分が強盗犯に殺されたことと、左腕に黒いドラゴンの入れ墨があったという手掛かりだけを頼りに犯人を捜していることを伝えた。ついでに心当たりがないかも尋ねた。

「申し訳ないが、私が知る人の中にはそんな人はいません。お力になれず残念です」と、佐々木は丁寧に答えてくれた。佐々木はさらに続ける。

「こんなことを尋ねるのは失礼かも知れないが、貴方はご自身の供養されているのを御覧になりましたか?」

 つまり葬儀や法事に出たかということなのだろう。萩は出ていないと答えた。

「なら、一度くらいは出たほうがよいかと思います。私は死後二十年以上も、死んだことにも気付かず彷徨っていました。なので供養をされた覚えなどなく、最後に家族とも会えませんでした。私の魂は報われませんでしたが、供養されれば少しは魂は癒されるかも知れないと思うのです」

 萩は自分の魂が癒えるのは、犯人を地獄に落としたときだと言った。それでも佐々木は、救われる方法はいくつあってもいいはずだと告げた。それは萩が犯人を見つけられなかったときに備えての忠告だと、萩は察した。

 それでは失礼しますと言い残して佐々木は去った。彼の姿が小さくなっていくほどに煙のようにぼやけていって、最後には消えてしまった。恐らくは成仏したのだろうと萩は思った。そして考える。もし、自分の力で犯人を見つけることが出来なかったら。見つけたところで捕まえられなかったら。茫然と彷徨っていた佐々木とは異なり、萩は憎悪や復讐心によって時間も忘れて彷徨い続けるのだろうか。

 萩には必ず犯人を捕まえるという強い意志がある。だが、同時に犯人の手掛かりが一向に見つからず、もしかしたら本当に見つけられないかも知れないという不安もあった。

 佐々木の言ったように、一度くらいは供養されに出てみるかと萩は考える。

 その一回忌で、萩は従弟の教授と再会することとなる。

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