第8射目 夏希の選択
2016年8月13日
仙台 金矢家
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「夏希、アーチェリー教えてやろうか?」
「絶っ対に嫌。」
夏希はソファに寝転びながらハッキリと聞こえるように答えた。ソファはそれ程大きくないため、端から細い脚が投げ出されている。
兄、春彦は妹に完全拒絶されるも、負けじと問い続ける。
「でもなぁ⋯。来年から高校1年になるんだろ?今のお前の実力じゃ⋯。中学までは相手が少なかったから良かったけど、高校からはそうもいかないだろ?」
「それはそうだけど⋯」
「俺も始めてから分かったけど、今のままじゃまずいだろ?今の俺なら、少しは教えられると思うぞ。」
「⋯っ!」
春彦に悪気はない、それは分かる⋯。
ただ、夏希にもプライドがあった。
夏希は中学から3年間アーチェリーをやってきた。点数に執着してこなかったとはいえ、キャリアがあった。しかし春彦は、競技を始めてたった4ヵ月で夏希の自己ベストを大きく超えてきた。
それは同時に、夏希の自尊心を大きく傷つけることでもあった。
そのうえ教えを乞うというのは、到底⋯、夏希に耐えられるものではない。
「俺も関西の大学だから、長期休暇かお盆にしか帰って来れないし⋯。それだって部活でなるべく早く帰るように言われてるんだ。チャンスは今しかないぞ!」
「もう帰っていいよ。もしくは、お盆で降りてきたご先祖様たちと、一緒に天国に行ってきて。」
「また縁起でもないことを⋯。⋯はぁ、分かった分かった。この話はもういい。ツンデレめ。」
「デレてない⋯。」
春彦は説得を諦め、スマホを取り出して遊び始めた。夏希はようやく解放され、ほっとため息をつく。
それから数日間、同じ説得を度々されるも、夏希はひらりひらりとかわした。
程なくして春彦は関西に戻るも、その後、家に帰ってくることは無かった。
次の年から春彦はほぼ休みなく、全国の大会に出場していた。そのうちに日本代表に選ばれ、夏希はテレビ越しに兄と再開した。
結局、夏希が次に直接、春彦の顔を見たのは2年後、葬式の時だった。
覗き窓越しに顔を見た時、夏希はまるで数十年ぶりに会ったような感覚に襲われた。
「テレビで見るよりはイケメンだったね⋯」
葬式で夏希は一切、涙を見せなかった。
一通りが終わり家に帰った日、夏希は自室で1人号泣した。
張り詰めていた糸が切れたかのように、涙が
死んでしまったという事実。
二度と会えないという現実。
それを数日後という時間差で認識したのだ。
その日から夏希は今まで以上に明るく振る舞うようになった。落ち込んでいた母を気遣ってのつもりだったが、自分のためでもあった。
そんな日々が続き、やがて1年が経った⋯。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
2019年 6月12日
仙台市 金矢家
「あの時、意地はらずに兄さんに教えて貰ってれば良かったなぁ⋯」
景水大学から帰ってきた夏希は、昔した春彦とのやり取りを思い出していた。
あの時はまさか、二度と話せなくなるとは思っていなかった⋯。
「まぁ、もうどうしようもない⋯。色々と教えて貰ったし、自分で頑張ろう。」
夏希は呟くと、ポケットに閉まっていたメモを机に放り出し、ジャージから部屋着用のジャージに着替える。
メモには弓の選び方や練習のポイント等が、綺麗な字で書かれていた。
「よし、早く弓を選んじゃおう。時間は有限だ。」
夏希は机に置いていた白いパソコンを起動させると、アーチェリーのオンラインショップサイトを開いた。
黒とピンクでレイアウトされたそのサイトでは、様々な弓具が写真付きで紹介されている。改めて沢山の道具があるな⋯、と再認識させられる光景だった。
夏希はメモの最初のページに目を通す。
まずはハンドル。
弓の中心に位置する心臓のようなパーツだ。主にアルミやカーボンといった金属で作られている。
夏希はメモしていた選び方の項目を読み、条件に合うものを探していく。
「条件クリアしてて、デザインも好みなのはこれかなぁ⋯」
夏希はひとつのハンドルを見ていた。
韓国のメーカー、NK Arc《エヌケー アーク》のX100ハンドル。
値段は結構高い⋯。回転寿司なら800皿位食べられる⋯。そんなことを考えながら、書かれている製品の特徴を確認する。
「ん、⋯これにしよう。色はどうしようかな」
夏希は購入を決めると、そのハンドルで選べる7色それぞれを使う自分を想像する。
「赤は⋯合わないな。紫と黒もちょっと⋯。金は今までと同じでつまらないし。青もなぁ⋯。」
そんなことを呟きながら数分後。
「よし、白にしよう!好きな色だし可愛い!」
夏希は自分の白いパソコンを見ながら、ニンマリと半端な笑顔をみせる。
「次はリム!」
メモのページをめくり、パソコンの画面を切り替える。カテゴリー別に分けられた中から、リムと書かれたタグをみつけてクリックすると、再び沢山の商品が映し出された。
リムはそれ自身が直接しなり、矢を飛ばしてくれる弓の手足のような部品だ。ハンドルと同様に重要なパーツなため、どれも高額だった。
「同じブランドのがいいよね。芯はウッドで、サイズは今と同じミディアム。ポンドは今より落とせるように36lbで!」
こちらは製品ごとにデザインが統一されているため、規格のみを選んで終わった。
「次はサイト⋯、はあるのでいいから、スタビ!」
夏希は少しでも費用を節約するため、使えるものはそのまま使うことにしていた。サイトは中学生の時に買って貰ったものをもっていた。
春彦のと型は同じ。違いは春彦が金色、夏希のが黒というだけだ。
今回、弓を一新する上で、夏希は完全に自分の弓としたいと考えていた。それ故に、春彦のものは一切使わないと決めていた。
「スタビ⋯、黒いのばっかり⋯。ちょっとつまんないなぁ」
難癖をつけながらカーソルを下に動かしていく。
「えっと、長さと重さが最重要⋯。次に振動吸収と。」
傍から見るとどれも同じ棒にみえる商品を、夏希は一つ一つ確認していく。
スタビライザーは弓に付けられるパーツで最も目を引き、アーチェリーの弓のシンボルとも言える存在だ。刺叉の柄の方を、外に向けて突き出したような形で使用する。
10種類程見ていた時、ちょうど良い重さと振動吸収性、価格のものを見つけた。
「これにしよう。結局黒いけど仕方ない。後は長さ⋯。センターは28、サイドは12、エクステンダーは4インチ⋯っと。」
事前に天塚と話し合い、実際の長さも確認してきめた組み合わせをカートに入れる。
「よし、こんなもんかな。他のパーツは中学の時のでいいし、防具も大丈夫⋯。弦は予備で買ってたのが何本か新品で残ってるし⋯。」
夏希は買い忘れがないか、頭の中で組み合わせて確認する。
パーツが多いうえにどれも無くてはならないため、自ずと慎重になる。
「よし、大丈夫。えっとカートは⋯。あっ!矢、忘れてた!」
夏希は慌てて思い出す。
矢がなくては競技にならない⋯。分かっていたつもりだったが、つい失念していた。
弓の主要部分を変え、その強さも変えた場合、矢自体の硬さも変更しなくてはいけない。
慌てて矢のページを開き、これまでと同じアメリカのブランド、Weston《ウェストン》の中間グレードのカーボン矢、carbon《カーボン》 zero《ゼロ》を選ぶ。
夏希は今回、ポンドを落とす予定だったので、今までのより一回り柔らかい矢を選ぶ。ポイント含む矢を構成する他のパーツも、新品を1ダース、カートにいれた。
ページを切りかえ、カート内をみる。表示されている合計金額に夏希は驚愕した。
まだ働いたことがない夏希だったが、これだけの額を稼ぐためには、相当な時間の労働が強いられる⋯と容易に想像できた。
あらためて、購入を快諾してくれた母に心から感謝をする。
安全のため、使用者がきちんと指導を受けたことがあるか⋯、という確認欄にチェックをいれて支払い方法を決める。
夏希は最後に全てに間違いがないかを確認し、注文確定へカーソルを合わせ、マウスを弾いた。
「これで数日後には新しい弓が届く⋯。」
夏希は期待に胸を躍らせつつも、それに見合う実力を付けられるだろうか⋯、という不安に駆られていた。
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