第5射目 夏希と景水大
楓たちは手に持っていたボロボロの的紙を捨てると、休憩する場所を探す素振りをしながらコーチ達の近くに腰を下ろした。
前田はすぐにでも話に割り込みたそうにしているが、コーチ達が真剣に話しているのが感じ取れたようで、渋々我慢していた。
ハッキリとは聞き取れないが、どうやら弓具に関して話しているようだった。
新しく弓を揃えるらしく、買うものについての相談なのだろう。
「······君はお兄さんの手よりもかなり小さい。グリップは細めのものを、······韓国製の方が······」
相談者の方も表情が真剣だ。
適宜メモを取りながら、一言一句を聞き漏らすまいとしていた。
休憩といっても特にやりたいことはなかったため、地面に座って休みつつ様子を伺うこと数分。
もうすぐ全体の休憩が終わるのいう頃に、コーチ達の話も終わったようだ。彼女が礼を言って帰ろうとすると、コーチはそれを引き止めた。
「せっかくだから、うちの練習も見ていきなさい。なにか収穫があるかもしれない。まぁ、もうすぐ終わるけど。」
「本当ですか!お邪魔でなければ、宜しくお願いします!」
彼女は透き通る声で、元気に返事をした。
その声で、休憩を終わろうとしていた先輩方も彼女の存在に気づく。
「コーチ、そのこ誰ですかー」
先輩の1人が質問する。楓はまだ入部して間もないため、誰の声かは分からなかった。部員の名前もまだ覚えきれていない。
「あぁ、紹介しておくか。この子は金矢夏希くん。私が去年までナチームで面倒みていた春彦くんの妹さんだ。」
先輩方がざわめいた。
「金矢って、あの金矢か?」
「あれだろ?大学から初めて3年で五輪で金取ったっていう、天才。」
「あのイケメンのひと!」
皆が一斉に特徴を上げていく。
楓はまだ知らない人物だったが、この界隈では有名人だと言うことが理解出来た。
「静かに。春彦くんのことは今はいい。ともかく、今日は夏希くんが見学していく。変にちょっかい出さず、いつも通り残りの練習するように。······解散。」
まだ所々で話し声が聞こえ、天城の指示に従うものはいなかった。天城はスゥと息を吸うと、あたりに響き渡る大音量で繰り返した。
「······返事っ!!」
慌てて部員一同も
「「はいっ!」」
と揃った声で返事をした。
浮き立っていた先輩方も、先程のコーチの一声で静かになる。各々クィーバーを腰につけ始め、練習を再開する。楓たちもワンテンポ置いた後に準備を始めた。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯
「スパンッ!」「······スパンッ!」「······スパンッ!」
「矢取りお願いしまーす!」
「「お願いしまーす!」」
部員全員でクールダウンと射型確認を兼ねた近射を行う。
普段、的を狙い続けて射つことで、意図せず射型が崩れてしまうことがある。
そのため練習終わりには、近距離から的を外した畳に射ちこんで、自分の射型を見つめ直し、崩れたところを直す必要があるのだ。
今回いつもと違うのは、後ろから夏希さんが見ているということ。静かにじっとしているため、言われなければ居るのか居ないのか分からないほどだった。
30射程を射った頃。
楓はいつもの自分の射型に戻ったと感じ、練習を終えようとした。他の部員は既に何人か切り上げていた。そんな時、
「神藤、ちょっと来てなんか教えてあげてくれ。」
コーチがおもむろに声を上げた。
神藤と呼ばれた男子はまだ近射を続けていたが、射つのを中断して振り向いた。
「え、俺っすか?」
「そう、折角来てくれたのに近射見てるだけじゃなんだから。」
「えっ!そんな······、お気づかいくださらなくても十分ですよ!」
夏希さんが遠慮がちに制止する。
「いいから、アスリートは遠慮するもんじゃない。神藤たのんだよ。」
彼はコーチの頼みに、やれやれといった顔で了承の返事をする。
神藤と呼ばれた彼はこの部の主将だ。180cm程の高身長で、非常に
後ろ髪は肩にかかるほど長く、
「あの、すいません。宜しくお願いします!」
「あぁ、宜しく。金矢夏希さんだったよね。」
「夏希で大丈夫です!」
「そか。俺は一応主将をやっている
ペコペコと頭を下げる夏希さんと、笑顔で話しかける神藤。取引先に営業に来てるサラリーマンのような光景だった。
神藤は多少遠慮がちに自己紹介をしたが、実際彼はこの辺り、東北では1番と言っていい程の実力者だ。
昨年はインカレ(全日本学生選手権)の出場を点数枠でも、東北では1人しか選ばれない地区推薦枠でも獲得した。
結局、インカレには推薦枠で出場し、ベスト8という結果を残していた。
「じゃあ、早速。······といっても何を教えたら良いんだろう。」
そう言って神藤は少し悩み始めた。
確かに、一口で教えると言っても弓具の知識なのか、射型の知識か、練習のポイントか、幅広い中から即座に挙げるのは難しい。
「何か、聞きたいこととかあったりする?」
「え、えーと······。弓具のことは先程コーチさんに教わったので、練習のポイントや試合で役立つこと⋯とか教えて欲しい⋯です。」
「そか⋯。分かった。じゃあ五輪ラウンドの軽い試合でもしながら、役立ちそうなの教えようか。」
「はい!お願いします!」
そう言うと神藤は自分の弓を取りに向かった。
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