2、救済







「終わらせやしない、さ…っ!」


「え?」思わず気の抜けた声が出る。

声。

若い、男の声だ。続いて耳先を掠める風切りの音。

ヒュ、ヒュン。

続けざまに音が通り過ぎる。


「うじゅぅうがぁああああ!」


バケモノの悲痛な叫びが響いた。耳を覆いたくなるような轟音だ。


「な、な!?」何がどうなってるの。そう言おうとしても恐怖と驚きとで口が回らない。

それでも何とか仰ぎ見ると、大口を開けて今にも獲物にかぶりつく瞬間だったバケモノが激痛にのたうちまわっていた。

強固な鱗に覆われた鼻面に弓矢が数本刺さっているのが見て取れる。


続けざまに、ザッ、ザッ、と地面を蹴る音。弓矢が飛んできたのとは違う方向からだ。

その音は僕のすぐ横で止まる。

革の廃れたブーツ。その先を見上げると、涼しげな瞳をした線の細そうな面が僕を見下ろしてきた。

視線が交差する。


薄い、エメラルドの瞳。


けれどその眼はすぐにすっ、とバケモノに注がれる。


さすがバケモノ。弓矢を食らったにもかかわらず、もう体制を立て直している。濃い赤色の血が吹き出していた。


「さっさと逃げろ」


エメラルドの瞳の青年は、こっちを見ることもせずに呟くようにそう言った。








___さっさと逃げろ。


そう言われても一度力の抜けてしまった脚はビクとも動かない。

いまだに抱き合ったままの女の子はさっきからほとんど気を失いかけている状態だ。


目の前では、恐らく矢を射た張本人である弓を持った男が木の上からバケモノを牽制している。


「おい!いまのうちだ、行こう」


いつの間にかー今は流石に笑っていないー半笑い男が側に来ていた。

ぐったりとしたロングの女の子に肩を貸し、僕に目線を投げてよこす。

頷き、立ち上がろうと力を込めるがやっぱりダメだ。

疲労以外に恐怖と慄きで電線回路が断ち切れたように動かない。


それでもどうにか踏ん張っていると、突然、身体が宙に浮く感覚が襲って来た。


「___手間のかかる」低い声音と少しのため息。


エメラルド色の瞳を持つ青年が僕を抱え上げたのだと理解するのと、彼が走り出したのはほぼ同時だった。


速い。そのスラリとした体格のどこにこんな力があるのかと疑うほどに。

そのまま前を走っていた数人を追い越し、「ついて来い!」と青年は声を張り上げた。

僅かに見える背後からは、半笑い男が女の子に肩を貸しているため僅かに遅れているがみんなこの青年について来ているようだ。


「あ、あのっ、一体どこに!?」


気を失いそうになりながらもなんとか尋ねると、少年にも見えなくもない顔立ちの彼はその綺麗な瞳を前方にのみ注いで黙りこくっている。

どうやら応える気は無いらしい。


そうなるとこちらとしてもこれ以上は聞きにくい。


仕方なく彼の腕のなかで静かにしていると、前方のそう遠くない距離から街並みが見えて来た。



















***


「で?お主らはどこから来たんじゃ?」


髭の長い老人がもそもそと蚊の鳴くような声で側に立つ女性に耳打ちすると、彼女が聞き取りやすい声音で言い直す。


「ぼくたちにもわからないんです。気づいたら森にいて…」


眼鏡をかけた真面目そうな青年が応えた。彼は僕たちよりもずっと前方を走っていた内の1人だ。


「気づいたらそこにいた?可笑しな話じゃのう」


老人はゴシゴシと髭をしごく。

いや、ていうかさ。何で自分で喋らないんだろう、このおじいさん。言葉は通じてるはずでしょ?まあ、いいんだけども。

女性も生真面目に語尾まで言い直してくれてるし。


そしてまたもそもそと老人は彼女に耳打ちする。


「では、お主らは何者なんじゃ?」


この問いに僕らは一斉にお互いの顔を見合わせた。


ほとんどがどうにも説明のしようがない、困った表情をしていた。

僕も同じようなものだろう。



事の顚末はこうだ。








***

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る