1、遭遇
逃げろ、逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ!
とにかく、逃げろ!
足を動かし腕を回して風の如く走り抜けろ!
なんで、とかどうして、とかそんなこといっさいがっさい考えるな。
頭を真っ白にして、逃げることにのみに集中するんだ。
じゃないと
_________死ぬ。
「うわぁあああああああぁあああぁあああああ!!」
隣で同じように走っていた男が雄叫びにも似た悲鳴をあげる。
思わず彼の横顔をちらりと見ると、非常に引きつった半笑いをうかべていた。
ひとは極限状態に陥ると笑うものらしい。
『ガールフレンドに浮気がバレて言い訳を探している時の表情』と題名をつけてやりたい。
かくいう自分も先程から「ぜぇぜぇ」という激しい息切れの合間に「あは、ははは」なんて笑いが漏れている。
到底自分の声とは思えない。
いや、多分これも息切れの音なのか。いや、どうだろう、やっぱり笑ってるのかな、僕。半分可笑しくなってるのかも。
「うごぅるるるるるるっるっぅぅぅぅがはぁあああ!」
今度は本当の雄叫びが聞こえた。だけど隣の男じゃない。
背後から僕たちを追いかけ、捕らえ、喰らわんと怒号の勢いで四肢を駆るバケモノの雄叫び。
「ひっ」
思わず短い悲鳴が漏れる。
だって、もうバケモノの吐息がかかるほどに近い。
追いつかれる!
バケモノの唾液が僕の足下に飛び散った。
ジュゥと音を立てて眼下の草木が溶ける。
「やばい!やばいって!!」
今度は僕よりも数十メートル先を行く男が背後を振り返りながら絶叫する。
一瞬、その男と視線が交差した。
お前、このままだと喰われるぞ。
そんなの言われなくたって僕が一番わかってるんだよ!
だって、この爬虫類を何種類も掛け合わせてそれを巨大化したようなバケモノはどうやら僕に狙いを定めているらしいのだから。
不運だ。不運過ぎる。何で僕なんか。
と、突然前を走っていた長髪の女の子がもつれるように倒れ込む。
随分前から息が上がっていた。体力の限界だ。
でも。だからって。
そこで倒れなくっても。
彼女が倒れたのは僕の進路のど真ん中。
そして今まで女の子は僕の目の前を走っていた訳で。
僕だって体力の限界が近い訳で。
つまり僕は急停止も急旋回も出来る訳がなく、身体ごと女の子に激突し、そのまま一緒にごろごろ転がった。「あぐ」とか「べふっ」と声とも呼べない音が僕から(はたまた彼女から)漏れる。
必死になって起き上がると、目の前には大きな口を開けたバケモノがそびえ立っていた。
ぬらぬらと光る深い緑の鱗。
それに負けじと底光りする黄ばんだ白目。
黒目は糸のように細い。
開け放たれたその口の大きさはゆうに人ひとり分、訳もなく丸呑み出来そうだ。
凄まじくでかい。デカ過ぎる。
おまけに臭い。
いつのまにか、起き上がっていた女の子とひざ立ちで抱き合うような格好になる。
自分が震えているのか、彼女が震えているのか、僕らの身体は不自然なほどガクガクと揺れていた。これ以上ないくらいに自分の瞳が見開かれているのがわかる。
バケモノは唾液を滴らせながら何のためらいもなく、か弱く震える獲物に喰らい付こうとその大きな頭をもたげる。
巨体の影が僕と長髪の女の子に降りかかった。
ああ____________終わりだ。
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