僕らの掌に詰まっているのは銅貨

@mimimi1000

プロローグ:雪辱と在りし日々








金属が硬い物とぶつかり、不快な音が響く。

火花が薄暗い荒野に飛び散った。


「ふっ…!は、はあっ!」


続いて、短い息切れと息継ぎの音が風の中に紛れ聞こえてくる。

冷たい空気に白いものが混じり、周囲の朝霧と同化するように消え去った。


「気を緩めるな!畳み掛けるぞ!!」


野太い掛け声とともに枯れ草を踏みしめる数人の足音。


彼らは各々武器を携え、大きくそびえる怪物と対峙していた。

頑丈そうな鎧を身にまとう者、大きな三角帽子を被り杖を携える者、細身の刀を油断なく構える者。

皆、表情は鋭く、その構えには隙がない。


複数の敵に囲まれていても怪物は動揺の片鱗さえ見せてはいなかった。

むしろ余裕のある笑みを讃えているようにさえ見える。


ヒュルるんっ


奇っ怪な音とともに光り輝くエフェクトを撒き散らしながら、氷の礫が飛んで行く。

礫は不思議な軌道を描きながら見事怪物の横っ腹を殴打する。


「うがぁあぐう」と怪物は痛みに耐えながらもすぐさまその立派な尾を振り回す。


怪物の正面にいた、鎧に身を包んだ屈強な男が身の丈もある剣でそれを受け止めた。

膠着状態になる。


「そのまま!」


と、怪物の側面に陣取っていた軽装の者が風の如く走り抜け、「ふっ」と掛け声とともに屈強な男の背、続いて肩を身軽に踏み越えた。

そうして高く跳躍すると、持っていた細身の反りがある刀を思い切り振りかぶる。


「えぃりゃあ!!」


刀は怪物の尾の根元に深々と突き刺さり、断ち切りこそしなかったものの、赤黒い鮮血が吹き出る。

その鮮血を頭から被り、くるりと空中で一回転するとそのまま怪物の背に着陸し、多少体勢を崩しながらも落ちることなく頭頂部まで一気に駆け上って行く。


「ロゥ!!」


巨大な、斧を担いだ男が怪物の上にいる者に声をかける。


ロゥと呼ばれた剣士は、チラリと視線を下に投げただけで構わず怪物の頭に足をかけた。


怪物は振り落とそうと無茶苦茶に首を振り回す。


ロゥはその首に組みつき、刀をぶっ刺す。


「うぐりゅぅあああああああぁぁあああああああああああっっ!!」


怪物の割れんばかりの悲鳴。

さらに遮二無二に身体を揺り動かす。


それには流石のロゥも堪らず手を離してしまう。



巨体の怪物から振り落とされ、ロゥの身体は白んできた朝日に照らされながら宙を舞う。

同時に舞ったのは洗礼された戦士の斧。



ロゥは軽く身を踊らすと、タイミングよく自らの目の前に浮き上がるようにして現れた斧を両手で抱え持つ。


そして重力に身を預けて落下。

冷たい風が身をかすめていく。


ロゥが落下するその真下には、斧を投げて両手が空いた甲冑の男。


両手を太ももの前で組み、ロゥを待ち構えている。


赤毛の髪から覗く同色の瞳がロゥを「こい!」と見据えていた。


遠慮なくロゥは両足を、彼の組んだ手の中に着地させる。

みしっと筋肉が軋む音がする。


「ふんっ」と赤毛の戦士は、ロゥの足の重さが自らの手にかかると思い切り腕を振り上げた。

再度、ロゥは空に投げ出される。


怪物は首に刀が刺さったままその大口を大きく開き、待ち構えていた。

自ら浮き上がってきた獲物に喰らい付かんとする。


だが、再度飛んできた、先程よりも幾分大きな氷の礫がそれを阻む。

鋭く尖った冷ややかな剣が突き刺さり、怪物の表情が苦痛に歪む。


そんな鼻面に、ロゥは斧を深々と振り下ろした。


「あがうがぁぁっぁぁぁあああああああああああぁっぁぁあああ!!」


悲鳴とともに赤い血潮が吹き出る。


怪物は、なりふり構わず地面に突っ伏し激痛にのたうちまわった。


ふわりとロゥは地に降り立つと、ここぞとばかりに他の者達が群がり怪物を袋叩きにする。


しばらくすると、怪物は抗うように身を痙攣させたが、やがてピクリともしなくなった。

ひとつの命がここに絶たれた。





「よう。上出来じゃねぇか、ロゥ」


赤毛の戦士は笑いもせずに語りかけてくる。


「斧の扱いは下手くそだったがな」


ロゥは斧を元の持ち主に返しながら応える。


「そっちこそ、タイミングバッチし。この斧は重すぎだけど」


戦士は片頬をと吊り上げて斧を受け取った。

これがこの仏頂面の戦士の笑い方だ。


「しかし、こんな弱かったんだな。…このバケモンはよ」


ため息を吐き出しながら言う。


「…それだけ、僕らが強くなったんだよ」


言いながら、ロゥは少しも自分が喜んでいないことに気づいた。

歓喜よりも、郷愁のほうが強い。



ロゥは突き刺さったままの自分の刀を抜きながら、血濡れた怪物___ウィキロロス___を眺めた。

ぐったりと身を横たえ、その瞳は何も映してはいない。


脳裏に浮かぶ。


何も知らずにいた、あの頃の自分が。


弱く、そんな自分が嫌で、でもどうしたらいいか分からず、ただもがいていたあの頃。


いつか希望を掴めると信じていた。


そんな不確かな未来に甘えられていた自分。





あの日々があり、今の己がここにある。




僕は、今日も生き残った。

生き残ることが出来た。

生を勝ち取った。





僕らは今日もこの世界で確かに生きている_________。















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