第17話 新しい生活
ガーナとゼトに案内され、あたし達は無事に聖都の町役場へとたどり着いた。
その後――。
「シズさん。女神ミカ様からの褒賞ですが、全て問題なく受理されました。つきましては、こちらがあなた方姉妹の新たな住民票……そして、こちらがあなたに移譲されます邸宅と土地の権利書。つづいて――」
――ひたすらに事務的な関連書類の説明と引き渡しを終え……。
「すっごーいっ!!」
……ようやく、長い道のりを超えて新たな住居を手に入れた。
ミカ様からあまり前情報を聞かされてはいなかったが、邸宅というだけで建物は立派だった。
どこぞの商人が使っていたらしいそこは、姉妹二人で住むには広すぎるくらいだ。
庭園も立派なもので、誰かが手入れしていたのか美しい花々の咲き乱れる姿には思わずうっとりしてしまう。
近くにはきらびやかな商店通りもあって、まさしく理想の体現と言っても過言ではない新居であった。
「お姉ちゃん! 見て見て! ていうか、早く中に入ろうよ!」
リズのテンションは既に最高潮で、さっきから新居の内外を走り回っている。
だが……。
そう、だが……。
「あはは……そうね、素晴らしい家だわ……いまの内に堪能しておきなさい。たぶん、三日もいれないと思うから」
「?」
妹の知らぬところで、あたしは絶望を味わっていた。
それは、女神の褒賞により賜ったこの素晴らしい邸宅の維持費のせいだ。
この素晴らしい邸宅は、素晴らしい庭園だけでも、素晴らしく維持しようとすればあたし達の生活費が素晴らしく消える……。
できもしない植物の世話を任せるための庭師や広すぎる邸宅の掃除人……。
つまりは、人の雇用費だけでもかかり過ぎる!
そして、その他にも聞いたこともないような金銭的消費項目の数々を払っていかなければいけない。
でなければ、この邸宅は一か月も待たずに荒屋と化すだろう。
ああ、あたしはなんて馬鹿だったんだろう。
都会に立派な家をもらえば、その後の維持費がどれ程かかるかなんて考えもしなかったのだ。
「これはまた……ずいぶんと金のかかりそうな家だな」
ガーナがぽつりと感想をこぼした横で、ゼトの手指が動く。
表情の見えない彼が何を言っているのか気になり、目線が自然とガーナへと向いた。
「ゼトは何だって?」
「……君を心配しているよ」
「本当に? 浅はかな女だって笑ってるんじゃないの?」
「思考がだいぶ沈んでいるようだね」
やれやれと肩をすくめるガーナにため息を吐いて見せる。
「沈みもするわよ。新生活が始まったと思った途端にこれじゃね……」
新居を手にしてすぐ、あたしはこれを手放した後のことを考えていた。
まず、女神の褒賞で賜った家を売ることはできるんだろうか……。
ていうか、こんな家を売る場合、誰に言えばいいんだろう。
あたしは、あまり関わりたくないと思っていた筈のラスナードを思い浮べる。
……彼ならば、家の買い手くらいすぐに見つけてくれるのではないだろうか?
漠然と解決策が脳内に浮かぶ。
しかし、家を手放したところで新たな住居をどう用意するかという問題に対して、あたしの頭は動かないでいた。
「ねぇ、ガーナ……ひとまず、どこかに手頃な宿はないかしら?」
「そりゃ、あるとは思うが」
彼はおもむろに自身のあごをさする。
すると、ゼトがガーナの肘をつき、彼に向かって手指を動かした。
「……ああ、それは僕も考えていたところだ」
「なに? 何かいい案があるの?」
食い気味に訊ねると、ガーナは「まあね」と返す。
そして、彼は「これは、君達さえよければなんだが」と頭につけてからある提案を口にした。
「僕とゼトはいくつかの街に拠点となる家を持っていてね。ここ聖都にも一軒の家を持っている。当然、立ち寄る機会が少ないから今頃埃が積もっているだろうが……どうだろう、そこを君達に姉妹に貸し出すと言うのは」
あたしは必死に『いいのっ!?』と即答しそうになる自分を抑え――。
「ありがたい話だけど……家賃はどれくらいになるのかしら」
――今しがた学んだことを確認する。
聖都の物価はまだ知らないが、維持費が素晴らしく高い建物があることを知った直後だ。
また、ガーナ程の戻し手が持つ拠点……つまりは、別荘のようなもの。
家賃を聞いておかなければどういう目に遭うのかわからない。
しかし、家賃を尋ね身構えるあたしを他所に、ガーナは少し悩んでみせると。
「いや、金銭的な支払いはいらないよ」
と、含みのある回答をした。
「金銭的なって……じゃあ、なにを対価にすればいいの?」
首を傾げて再度訪ねる。
すると、ガーナは難しく眉根を寄せるあたしに快活な笑みを向けて言った。
「そうだな……とりあえずは家の掃除かな。この邸宅程じゃないがそれなりに広い家だからね。部屋を貸す代わりに、家の掃除と簡単な管理を任せたい」
にっこりと笑う彼に、あたしは更に首を傾げて返す。
「本当にそれだけ?」
仮にも聖都の建物を借家として住まわせてもらうのだ。
掃除をしておけばただで住めるなんて旨味が勝ちすぎている。
そして、あたしの眉間のしわがさらに深くなった直後、ガーナが「気が引けるか?」と問う。
「正直ね」
「だったら、こうしよう。シズ、また僕達に戻し手として雇われないか?」
この提案が彼から飛んで来ることは、一応予想の範疇ではあった。
「まあ、そうなるか……」
今、自分に支払える対価と言えば、そのあたりが無難だろう。
彼らの実力で、あたしの助けが必要だとも思えないが……しかし、他になにができるでもなし、なにをしたいでもない。
戻し手として雇われる。
それは、堕女神討伐という危険と隣り合わせの仕事ではあるが……。
でも、彼らとならば、よほどひどいことにはならないと思った。
「しょうがないか……」
ひとつ溜息を挿み、彼らに答える。
ただし。
「いいわ。わかった!」
あたしは、条件を付けた。
「けど、あくまであたしが自力で家を借りられるようになるまでの間だけよ! その間は、しょうがないから二人に雇われるわ。でも、あたしには妹がいるんだから、毎回毎回あんた達の堕女神討伐には付き合えないわよ」
条件と言っても、思い切り自分勝手なわがままだったが……。
「それで十分さ」
ガーナは快く了承してくれた。
「じゃ、契約成立ね。さっそく案内してもらえるかしら?」
「もちろん」
にこりと笑うガーナに背を向け、あたしは妹の名を呼ぶ。
「リズ! 行くわよ」
すると、走り回っていたリズは驚いた顔をみせて口を開く。
「行くって……どこへ?」
「新しい家!」
「えっ? えっ? 新しい家って、ここじゃないのっ?」
「そ! 引っ越すの、新生活の始まりよ」
それからは、なにがなんだかわからないまま頭の上に疑問符を浮かべるリズの手を引き、ガーナ達の後に続いた。
◇
こうして、あたし達の聖都での暮らしは始まったのだ。
いや……聖都での暮らしだけじゃない。
あたしの、戻し手としての本当の生活も始まろうとしていたんだ。
ぼくのきたない腕じゃ君を抱きしめられたりはしない 奈名瀬 @nanase-tomoya
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