第16話 ひとつの冒険のおわり
聖都に入ってまず私達が驚いたのは建物の背の高さ、そしてどの建造物にもあしらわれた美しい装飾だった。
「ねぇ、あの綺麗な建物は何?」
リズは同じ馬車に乗っていたガーナに向かって訊ねる。
「ああ、あれは公衆トイレだな」
「トイレっ? トイレなのにあんなにも綺麗な装飾があるの!?」
口には出さないが、あたしも妹と同じ驚きを胸に抱えていた。
「ああ、ちなみにその奥に並んでいるのは民家だよ」
「あれがお家!? お店か何かかと思ったわ!」
商店通りと見間違いそうな賑わい。
昼過ぎという時間を考えれば、家での昼食を終えた人が再び仕事に戻るところだろうか?
行きかう人々を目で追いながら、あたしは商店はどこかと探してみる。
すると、民家が並ぶ奥の通りに一つそれらしい看板を見つけた。
「あ! 見て、リズ! お店がある! あれは、靴屋かしら?」
「靴屋!? お姉ちゃん、どこどこ? わっ! ホント、ねぇ、後でもいいから入ってみようよ! ね? いいでしょっ?」
リズからのお願いに、まあ、後で寄るくらいならいいかな? と、思った直後。
「わっ――」
「ひゃっ――」
妹の願いを聞き入れたみたいに馬車が止まると、入り口が開かれ、ラスナードが顔を見せた。
「やあ、お嬢さん方、到着だぜ」
「到着って……大通りのど真ん中じゃない?」
馬車が止まっていたのは靴屋の傍を通り過ぎ、商店がちらほらと顔を見せだした通りの端だ。
「だから都合がいいんだよ。ここからなら歩いてすぐのところに役場があるからな」
「役場? 教会じゃなくて?」
つい首を傾げると、見かねた様子でガーナが口を開いた。
「シズ、女神の褒賞で何か財産をもらう場合、その申請や受け渡しは協会ではなく都市や街の役場で行うことになっているんだ」
「そうなの? あっ、ミカ様のくれた書類が引換券になってるって訳ね!」
「引換券とは言いえて妙だね。まあ、あながち間違いでもないか」
ラスナードに手を引かれたリズに続き、馬車を降りる。
どこからか食べ物や香水のような香りが漂う中、はじめて降り立った聖都に気分が高揚した。
「お姉ちゃん!」
リズの呼びかけに『すごいね』やら『あそこに行ってみたい』という複数の意味が含まれていることを察しながら、あたしは何とかはしゃぎたい気持ちを理性で押さえつける。
「わかってる。けどまず、役場に行ってからね……っと、ちなみに、役場ってどこにあるの?」
ラスナードに向かって訊ねると、彼は少し考えるような仕草をすると馬車から降りって来たガーナとゼトに目線を送った。
「旦那、ここまで来たんだ。旦那が案内してやってくれるかい?」
「それは、構わないが」
「助かるよ。役場には良い知り合いがいなくてね」
「……良い知り合いがいない? 敵が多いの間違いじゃないの?」
ジトリとラスナードを睨むと、彼は笑ってごまかそうとした。
「ま、否定はしないけどな。俺は表の顔も綺麗じゃない。それじゃあ、旦那またいづれ。嬢ちゃん達も聖都での新生活に幸運を。もし、なにか困りごとがあれば歓楽街へ来な。娼館リアーヌで俺の名前を出せば力になるぜ」
内心で誰がもう世話になるか、と思いながらラスナードに手を振る。
すると、彼が馬車に乗った途端、リズが走り出した。
「ちょ、リズ?」
妹は先頭を走っていた馬車に近付くと。
「サナさん!」
あの、美人娼婦の名を呼んだ。
「リズ嬢?」
ひょこりと顔を出したサナさんに向かって、シズは大きな声で訊く。
「また、会えるかなっ?」
少し目を涙に潤ませるリズに、サナさんは優しく微笑みかけると。
「ええ、必ず」
と、短く答えを返した。
そして、馬車はゆっくりとあたし達の傍を離れていく。
あたしは、ラスナードという盗賊紛いの仲介人との別れに、ひとつの……冒険の終わりのようなものを感じていた。
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