第13話 リアーヌの硝子姫

 ラスナードの後をついていく間、あたしはずっと彼の足元を見ていた。

 理由は単純、恥ずかしかったからだ。

 というか、恥ずかしい恰好をした女性達を単に直視できなかった。


 ラスナードに連れられた先はいわゆる歓楽街だ。

 大きな街にはそういう場所もあると知っていたけど、思いの外活気に溢れていて驚かされた。


 客引きをする女性達の恰好はきわどいが華やかで、うっかりと視線を奪われそうになる。

 男性の客引きもいて、どの男も品があって想像していた歓楽街とは趣が違っていた。

 そんな男女が咲き乱れる、甘ったるい香水の香り漂う通りをあたし達は進む。

 そして、ふとした拍子にぴたりとラスナードの足が歩みを止め、あたしは顔をあげた。


「さあ、ここだ。陰気な顔はよしなよ、お嬢さん。そして、遊んでいくって言うなら今日は特別安くしとくぜ、旦那?」


 目に飛び込む絢爛な外観に息を呑む。

 少々背の低い門に、短い石畳の通路……そして、その先にある建物。

 城を思わせる造りは細部に至るまで本格的で、王城の縮小版と言って差しさわりがなかった。


 あたしは、ここに来るまで通りに並んだ同系統の店をチラチラと視界に入ってくる程度しか見てはいなかったけど……それでも、ラスナードの店が、ここまでの店とは一線を画す場所であるということは一目でわかる。


「きれいな建物……」


 思わず口が滑ると、ラスナードはにやりと笑った。


「おいおい嬢ちゃん。鳥籠を見て綺麗だっていう奴はいないぜ?」


 彼の鼻につく言い回しを耳にした途端、あたしは理性を取り戻す。


「あんた……本当の本当にリズに変なことしてないでしょうねっ」

「大丈夫、金が絡んでるんだ。リズ嬢に関しては信用してもらいたいな」


 それから、ラスナードは門をくぐって通路を進むと、店の扉の前で止まった。


「それでは、三名様ご案内」


 再びの芝居がかった動き。

 直後、扉が開くと同時に広々とした玄関ホールが広がると……視界へ宝石箱を散らかしたように美女と美少女達が入り込んできた。

 そんな中、真っ先に声をかけて来たのはかっちりとした服装の女性だ。


「あっ、お帰りなさいオーナー」


 案内人兼受付嬢といった様子の彼女は、あたし達に気付くと深々とした一礼を欠かさない。


「いらっしゃいませ、お客様。ようこそ一夜の夢『リアーヌ』へ」


 だが、ラスナードは行儀の良い彼女の態度を制した。


「あー。いい、いい。今日はいいよ。この人達は店じゃなく俺の客だ」

「わかりました。では、他の子達にも色目は使うなと、言っておきます」


 ラスナードの言葉に頷くなり、女性はホールの女の子達へと振り返る。


「いいわねっ!」


 よく通った声がホールに響くと、愛らしい娼婦たちの残念がる声が合唱になって聞こえた。


「そんなぁ。オーナー、後ろの殿方でしょう? 昨日聞かせてくれた上客って」

「お相手させてもらえれば、絶対に満足していただけるのに」


 艶のある唇を尖らせるお姫様のような娼婦達。

 ラスナードは彼女達に軽く手を振ると、なだめるように言い聞かせた。


「わかったわかった。次はお前達と遊んでくれるように口説いて来るよ。だから、しつこい接客はしないようにな」

「「「はーい」」」


 重なる素直な返事に満足すると、ラスナードは店の奥へと歩み出す。

 あたし達はそんな彼の後に続いた。


 しかし、高そうな絨毯を踏み進めると、しばらくもしない内にラスナードは止まる。


「さ、ここだ」


 彼はいくつかの部屋が並ぶ通路の一室を指し示すと、扉の前をあたしへと譲った。


「この部屋にリズが?」

「もちろん。丁重におもてなししていますよ? 当然、変なこともしてない」


 妙な言い回しに嫌な予感がして、おずおずとドアノブへ手を伸ばす。

 すると――。


「ああ、そうだ」


 ――手がドアノブへと触れた瞬間、ラスナードに嫌な笑みを向けられた。


「こちらから変なことはしてないが……リズ嬢からナニかしてきた場合は、ご勘弁を?」


 次の瞬間、あたしの頭は真っ白になる。


「リズっ!」


 今はただ、妹の無事を確認したい、その一心で扉を叩きつけるように開いた。

 だが!


「お、お姉ちゃん……?」


 ……あたしの心配とは裏腹に、妹がこちらに唖然とした顔を向ける。

 ……よくよく見れば、部屋の中に広がるのは悲惨な光景などではなく。

 どうしてそうなったのか、あたしの妹は綺麗なお姉さんの胸元に顔を埋めながら抱きしめられ――いや、むしろ妹がお姉さんを抱きしめながら、口に赤い果実をくわえさせられるところだった。


「……お、おかえり」

「……ただいま?」


 美女をはべらせながらソファに寝そべり、テーブルに置かれた菓子や果物の盛られた皿に指先を伸ばすリズ……。


「あんた、なにしてんの?」


 視界の端に、笑いを堪えながら死にそうな顔をしているラスナードとガーナを捉えながら妹に訊ねた。


「……おるすばん?」


 リズの返答は、とても満点とは言い難い。


「そんな恥ずかしい留守番があってたまるかっ!」


 背後で、ついに笑いを堪えられなくなった男共の口元が決壊する中、妹へと歩み寄る。


「あたしがどんな思いで!」

「わ、私だって心配してたんだよっ!?」

「嘘つけ!」

「嘘じゃないもんっ!」


 ずいぶんと久しぶりに感じる姉妹喧嘩。

 しかし、収まりがつかないと思っていたあたし達の喧嘩に、予期せぬ介入者が現れた。


「シズさん」


 凛とした声に名を呼ばれて、あたしはリズに抱かれる女性へと目を向ける。


「な、なによっ」


 意識してみると目鼻立ちの整った顔をしている彼女は、店のホールで見たどの娼婦よりもきれいに思えた。

 それに……どことなく品があって、艶っぽい唇から静かに言葉を流し込まれると、それだけで刺々しい気持ちを抜かれてしまいそうだ。


「リズがあなたのことを心配していたのは本当です。それに――」


 ふと、リズに抱かれていた彼女が体を起こして、あたしへと寄り添う。


「なっ」


 拒む間もなく彼女はあたしの耳元に唇を寄せると。


「――今は明るく振る舞っていますが、昨夜はあなたのことが心配で泣いていたんです」


 そんな、毒気を抜く言葉を、あたしの頭の中に浸透させた。


「ふへっ!?」


 こそばゆさに思わず身を退く。

 すると、彼女は涼やかに笑いながら提案を口にした。


「皆さま、よろしければお食事の席を用意させていただいても? お話は、そこでゆっくりいたしましょうか」

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