第6話 絶叫

 村に近付くと、燃える人家の炎に照らされ、足元が朱色に明るくなった。

 農耕具を手に横たわり、大きく欠損した村人の体が目に付く。


 逃げのびた人の身代わりとなった彼らの傍を、あたし達は何度も、何度も駆け抜けた。


 目指すは女神ミカの神殿。

 土地勘のない二人を先導し、馬を走らせる。

 まだゴブリンが潜んでいることを警戒し、村の外堀にそって大きく迂回する行路をとっても……神殿へは、半時とかからなかった。


 しかし。


「見えて――っ!?」


 見えてきました。と、二人に告げようとしてあたしは言葉を失う。


 それは、村から少し外れた一本道。

 幅の狭い小川を挟んだ先にある、穏やかな場所。

 白塗り壁で、周囲を野菜畑に囲まれたあたしのよく知る神殿の姿が……あまりに変わり果てていたからだ。


 白塗りの壁は黒く変色し、所々、生き物の臓物のような部位が見えた。

 しかも、その部位は生きているかのように脈動してみせたのだ。


 神殿を取り囲んでいた畑も荒れ果て、数本の苗木が背を伸ばしているかと思えば、どの苗木も変容し、まるでムカデが地面から生えているかのような有様だ。


 そんな光景を目にした途端、胸の底から湧いた恐怖が、悪寒となって体中をめぐる。


 でも、あたしはごくりと喉を鳴らし、恐怖を無理に飲み込んで再び口を開いた。


「見えてきました……ここが、堕女神ミカの神殿です」


 遠目に見える神殿を指し、二人に告げる。

 すると。


「止まろう」


 ガーナの返答があり、あたし達は馬を止めた。


「このまま乗り込まないの?」

「いや、ここから先は歩きだ。このまま乗り込んで、馬に怪我でもさせたらラスナードに何を言われるかわからんからな」


 あたしはそれが、冗談なのか本気なのかわからないままガーナ達に倣って馬を降りる。

 それから三頭の馬を木陰の傍に伏せさせ、逃げないよう繋ぎ止めた。

 その後、あたし達はゼトを先頭に背の低い草木に身を隠しながら神殿へと近付いていく。


 神殿の生物のような壁が肉眼でよりはっきり見えるようになった頃。

 先頭を進んでいたゼトが、ぴたりと動きを止め、手指を動かした。


「見張りは、ゴブリンが四匹か……」

「ずいぶん少ないのね」

「おそらく逃げた村人を追う奴らがまだ戻ってきてないんだろう。それに、女神が堕神してから時間が浅い。彼女の招集に応じた魔物の数も少ない筈だ」


 まだゴブリンに追われる者がいる。

 あたしは、妹の元に駈けつけられていなかったらと想像し、体が凍るような思いをした。


「……それで、どうするの? このまま隠れて様子見?」

「まさか。他のゴブリンが戻ってくる前に片付けるさ。見張りがこちらに気付いてない内に」


 ガーナの言葉を聞き、あたしは剣の柄に手を伸ばした。


「わかったわ」

「よし……僕が手前に見える二匹殺す。入口の近くにいる残りを君たち二人に任せる。いいね」


 あたしは無言でゼトが頷くのを確認し、彼と同じように頷く。


「……タイミングは任せるわ」

「ああ……」


 そんな短い一声をこぼし、ガーナが剣へと手を伸ばす。

 そして――。


「行くぞっ!」


 ――発した声と共にガーナが飛び出した瞬間、あたし達は彼の影を踏むように後に続いた。

 枝葉が衣服を擦る。

 直後、小さな摩擦音を聞きつけ、ゴブリン達の瞳が一斉にこちらに向いた。


「ギィイアッ!」


 ゴブリンの奇声があがり、それが合図になったかのようにあたし達は二手に分かれる。

 各々が剣を抜く中、あたしは自分に一番近いゴブリンに狙いをつけた。


「そっち、任せたわ!」


 もう一匹のゴブリンをゼトに任せ、両手で剣を構える。

 剣を振り上げながら走り寄って来たゴブリンが腕を振り下ろすと、あたしは打ち付けられた斬撃を刀身で受け止めた。


「くっ――」


 打ち付けられた一撃はひどく重い。

 だが、両腕でならば受け止められないことはなかった。


「キィッ!」


 仕留められなかったとゴブリンの顔が悔し気に歪み、奴は再び腕を振り上げる。

 しかし、あたしは再び打ち付けられた斬撃を受け流すと、相手の側面に回り込んだ。

 ゴブリンが、無防備に首元を晒す。

 次の瞬間――。


「はっ!」


 ――あたしは短い呼吸と共に、剣を突き出した。


「ギャアッ」


 汚い悲鳴が上がり、剣が肉の中へと沈む感触が腕に伝わる。

 そのまま、永遠に刀身が肉の中を沈み続けると錯覚した刹那――。

 ブツンッ!

 と、皮を突き破った感覚を得て、あたしは剣を振り抜いた!


「ガッ――ハッ!?」


 首に穴をあけたゴブリンの体勢が崩れる。

 ぐらりと傾いた肉塊を蹴り倒すと、あたしはゼトへと視線を投げた。


「ゼトッ!」


 すると、あたしの目に飛び込んで来たのは、腕のないゴブリンと対峙するゼトの姿だ。


「グギャアアアァッ!?」


 彼らの足元には武器を握りしめたまま切断された緑色の腕が落ちていた。

 すでに勝負はつき、ゴブリンが断末魔の叫びをあげながら膝を着く。

 しかし、ゼトはそこから剣を構え直し――。


「なっ!?」


 ――気付けば、相手の首をはね飛ばしていた。


 この時、あたしは彼が人間ではないのだと改めて思い知り……。

 腹の底に沈めた筈の、彼に対しての敵意を再び吐き出しそうになった。

 だが。


「終わったか?」


 不意に聞こえたガーナの一言で、あたしは彼への悪い気持ちを飲み込む。


「そっちは?」

「訊くまでもないだろう?」


 ガーナの足元に転がるゴブリンの死骸が目に入り、あたしは「ふぅ」と細い溜息を吐いた。

 緊張していた心に、束の間の安息を感じる。


 しかし。


「GIIIIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


 喉を裂きながら、血を吐き出したような絶叫が聞こえ、あたしの体は再び恐怖によって強張った。

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