17話

「ん…んん?」


気がつくと、いつもの境内に立っていた。


——なんだかここに来るまでの記憶は曖昧だけど…まあいいか。


狩衣姿の男は、頭をかこうとしてそこに烏帽子が乗っていることに気づき、側頭部をかいてごまかしました。


そのままぷらぷらと境内を歩く。

と、前の方から巫女装束の少女が駆けてきました。

その背中では、小さく左右に跳ねる体に合わせてもふもふの狐尻尾が揺れています。


「神主さん、探したんですよ〜」

「紺、どうしたんだい?」

「いえ、その、晩ご飯は何がいいか聞いておこうと思いまして」

「ん、なんでもいいよ。紺がつくったものならなんでもおいしいしね」

「ありがとうございます〜…神主さんまた尻尾見てるんですか?」

「いや、別にそう言う訳じゃな——」


今までシバかれてきた映像が脳裏をよぎる。


「もふもふしたいんですか?ちょっとだけならいいですよ?」

「ふぇ?」


予想外すぎる答えに、間抜けな声が出てしまった。


「え?もふもふしていいの?いつもあんなに嫌がるのに…」

「…何言ってるんですか?いつも結局もふもふ

してるじゃないですか」

「…」


——わかった、これは夢だな。もふもふ欲求がたまってついにここまできたと…なるほど…


「よしっ!!」

「ふえっ!?」


突然ガッツポーズしだした神主さんに、今度は紺が驚きました。


——夢最高だな、おい!この幸運を掴まない手はないっ!


「ほんとにいいのか?」

「はい、いいですよ〜…それに神主さんになら、私、嬉しいです…」


恥ずかしそうに見上げる紺を見た神主さんの手が止まりました。


「……」


——めっちゃ可愛い…!!!


「…やっぱりやめとくよ」

「へ?」

「今はもふもふしないでおく」

「そうですか…」


一瞬怪訝そうな表情を見せた来んでしたが、すぐににっこり微笑んで、


「分かりました。じゃあ、私もう行きますね!」

「ん。」


――現実の紺に内緒でもふもふするのは、ちょっと悪い気もするしな。


駆けだした紺の背中を見つめながらそんなことを考える神主さん。


――それに、あんな顔されたら、申し訳なくなっちゃうよなぁ…


「神主さ~ん」

「ふぁいっ!?」


振り返ると、さっき駆けて行ったはずの紺が後ろに立っていました。

しかも、いつの間にか竹箒を持っています。


「わっ!?神主さん気付いてなかったんですか?」

「お、おう…」


――びっくりした…そうか、夢だから紺が孫悟空になってもおかしくないのか…


「ん、どうかしたのか?」

「ちょっと見てほしいものがありまして…紺、極めちゃいました!!」

「何を?」

「見てて下さいね?」


紺はそう言って、神主さんから距離をとると、箒を構えました。

通団の構えです。

静寂の中、ぴりりとした緊張が空気を支配します。

その中を一陣の風がとりすぎて――


 斬ッ!!


一閃。

剣を振り下ろした体制になっていた紺が体を起こしてにっこり。


「……」


対して神主さん、ガクブルです。


――え!?ちょっと待って、箒が見えなかったんだけど…


「ほら、見てください!!」

「いや、だから見えなかったんだけど…おおっ!!」


紺が差し出した箒には、正確に中心を撃ち抜かれた葉っぱが4枚、突き刺さっていました。

神主さんの頬を流れる冷や汗。


――もしさっきもふもふしてたら…我慢してよかった…


「す、すごいな…」

「でしょ~!?えへへ~」

「ははは…」

「紺式竹箒剣術です!!…それでですね、神主さん、お願いがあるのですが…」

「ん?なんだい?」


――うん、なんかすっごく悪い予感がするんだけど…


「紺の箒、受けてもらえませんか?」

「ムリダナ」


即答です。


――そりゃあんなん見せられたら無理だよぅ!!死ぬから!!


「え~…ダメ、ですか…?」


悲しそうに上目遣いで見つめてくる紺。


「そういわれても…」


――そんな顔されたら…


「…分かった、いいよ」

「ほんとですか!?やった~!!」


そう言うと再び距離をとって箒を構える紺。


――そう、これは夢なんだ、痛いはずがないじゃないか。そう、痛くない、痛くない…


「いっきますよ~!?」

「お、おう…」


ー-痛くない、痛くない、痛くない、痛くなーー



「いったぁーーーーー!!!!…ここは…縁側…そうか、昼寝してて…」

「やっと起きたんですか?」

「こ、紺!」

「な、なんですか!?」

「いや、ちょっとびっくりしただけでー-」


神主さんの目が、紺の手の中の竹箒に引きつけられました。

後ずさりする神主さん。


「お、おい、紺、それ…」

「そんなに怯えないでくださいっ!?確かに起こすのにちょっと叩きましたけど…サボってる神主さんが悪いんですからね!」

「うわあああ〜!!」

「なんで逃げるんですかぁ〜〜!!!?」


もふもふはちょっと自重しようかな。

そう思う神主さんでした。



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