16話
「ふむ…」
縁側にて。
1人の狩衣姿の男が腕を組み、なにやら考え込んでいる様子。
その深刻そうな様子とは裏腹に、のどかな風がふんわりとその頬をなでていきます。
「むぅ…」
神主さんの視線の先では、巫女装束の1人の少女が掃除をしています。
そのお尻で、もふもふふさふさの狐しっぽがゆらゆら揺れて、頭の上では狐耳が、気まぐれにぴくぴくっと動きます。
そんないつも通りの日に、なぜ神主さんがこんなに苦悩しているかと言うと、1週間ほど前…
☆
「おはようございます、神主さん」
「うん、おはよう」
「…どこ見てるんですか?」
「うんうん、今日も、もふもふ占いは大吉っと…ん?しっぽだけど?」
「…最近もうなんの抵抗も恥じらいもなく言うようになりましたね…」
「いや〜、それほどでも〜。まぁ、親密度が上がったって事で…だめ?」
「だめですね〜」
「ですよね〜」
「まぁ、私も最近当たり前みたいになってましたけど…神主さんは私のことどう思ってるんですか?」
「ん?……もふもふのかわいい小動物」
「……」
紺は顔を手で覆うと神主さんに背を向けました。
その顔は真っ赤に染まっていて。
――かわいいって、神主さんにかわいいって言われちゃいました…
「ってそれ、狐のことじゃないですか!!…ああっ!どさくさに紛れてしっぽ触ろうとしない!!」
慌てて飛びのく神主さん。
「いや、だって紺がいきなりもふもふしっぽを向けてくるから、これはもふもふしていいよってことかと思って…」
「違いますよ!!もう!…わかりました!じゃあ今から1週間神主さんはもふもふ関係のこと口にしないでください!」
「ええっ!?そんな殺生な…はっ!1週間我慢できたらもふもふ…」
「させませんよ!お仕置きですから!」
「…もし守れなかったら?」
「○○します」
にっこりと笑う紺。
「……」
引きつり気味の笑顔で固まる神主さん。
――なんか今、怖い言葉を聞いた気がするけど、笑顔とあまりに不釣り合いでよく聞き取れなかったような…
「なんて?」
「○○します」
――笑顔なのがめちゃめちゃ怖いんですけど!?
「…もふもふします?」
「そんなこと言うわけないじゃないですか!それに文字数が合いません!」
「じゃあ…もふします?」
「略してもダメです!『もふする』とか意味不明ですよ!」
「じゃあ…」
「…今すぐ実践しましょうか?」
「…遠慮しときます。」
「よくできました」
「…」
☆
そんなわけで、我慢していたのだが、そろそろそれも限界のようで。
「我慢してる人の前であんなに無防備にもふもふをふりふりして…もしかして誘って…」
いませんね。ただ掃除してるだけです。
「しかもわざわざこっちまで来て僕の目の前でするってことはやっぱり…」
ただ順番に掃除して来ただけですね。というかむしろ神主さんがずっと縁側から動いてないだけです。
――ああ〜っ!!もふもふしたい〜!!
「神主さん〜」
紺の呼ぶ声にはっと我に帰った神主さん。
「ん?どうし…た…」
駆け寄ってくる紺の胸元で腕に抱かれていたのはー
――もっ、もふもふ〜〜!!!
黒猫だった。
「そ、それを一体どこで…」
「いや~、さっき掃除をしてたら近づいてきて、足元にすり寄ってきたんですよ~。ほら、抱っこしても全く逃げようとしないんですよ~!やっぱりあれですかね?やさしさがにじみ出てるのがわかるんですかね~?」
「…狐だからじゃない?」
「……」
「……」
二人の間に流れる沈黙。
そんな雰囲気など知らないというように、黒猫がのんきにあくびを一つ。
「もう!!なんでそんなこと言うんですか!?…たぶんそうですけど!分かりましたよ、もう神主さんにはこの子は触らしてあげませんからね~」
神主さんに背を向ける紺。
「なっ!?」
慌てた様子の神主さん。
紺は見せつけるように猫をなでなでなでなでなで…
「ふわぁ~、めっちゃ気持ちいいです~。ふさふさもふもふで…あっ、のどのとことか、もう、ああぁ…」
猫のほうもまんざらじゃない様子で、気持ちよさそうに目を細めています。
「あっ、この子肉球も触らせてくれるなんて…これは…すごいです…」
ごくり…
神主さんがつばを飲み込みました。
と、紺が頭だけ振り返って、
「神主さん、もふもふ、しちゃいたいですか?」
唇がひらかれ、そこから漏れ出す魅力的な言葉。
と、魔法にかかったように神主さんは立ち上がると、ふらふらと紺の方へと歩き出し…
「ほら、もふもふですよ、もふもふ。」
紺の唇が甘く囁いて。
「もふもふ…」
気がついた時には、神主さんの手が猫の首元をバッチリもふもふしちゃってました。
ーーおお…もふもふ…もふもふ…天国だ…
「シャーッ!!」
「わっ!」
「うおっ!?」
と、さっきまでおとなしかった猫ちゃんが、逃げて行っちゃいました。
「あっ!もふもふが…なんでだ…ろ…」
顔を戻した神主さん、そこにいたのはーー
「あーあ、もふもふ、しちゃいましたね?」
笑顔で凄まじい殺気を放つ紺でした。
(漫画だと、背景にゴゴゴ…とか入るやつですね。)
その他にはいつの間にか竹箒が握られています。
「いや、その、これは不可抗力というか…」
「残念ですね〜あと少しで1週間だったのに」
紺の手の中で、ピシリ、と箒が鋭い音を立てます。
「いや、これはその…」
「じゃ、ということで、○○しちゃいますね♡」
「うわあぁぁぁぁ…!」
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