過ち

琴野 音

ひと夏の過ち



愛し愛され恋焦がれ、伸ばし繋がる拙い手と手は日差しを浴びる若葉のように。されど時には影が落ち、暗雲続く日も来るだろう。


子供の頃に読んだ本。その一文のみがどうにも頭から離れなかった。幸せは続かぬと心のどこかで変換され、随分悲しい気持ちに苛まれたのは今でも覚えている。

しかしてそれは存外間違いでもなく、逢って別れてを繰り返すことが蔓延る現実を知った歳には、私もその中の『一人役』と化していたのだ。




他に好きな人が出来た。

あなたとは合わない。

気持ちが切れた。




理由など、有って無いような物。

どんな言葉を並べようと別れの台詞に重みはなく、ただ宙を舞う羽根のようにあちらこちらへ儚く揺らぐ。

裏切られるのはもう沢山だ。


「あなたを、好きになってしまった」


そんな気持ちとは裏腹に、続かぬと分かっていようと恋慕の音を口にする。

私もまた『役』から逃れられぬ身。別れの台詞より軽いものは出会いの台詞であると知っていた。辞められない。人に生まれた限り、一人では生きられない。一人では心が保たない。誰でもいいと、今だけでいいと、錆び付いた手を伸ばし繋がるガラクタなのだ。


「よろしくお願いします」


今回もまた、生命は繋がれた。

頭をよぎる一文に、自傷気味に独りごちる。


梅雨を越し、日差しの強い夏だというのに、いったい何時まで暗雲晴れぬのだろうな。

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過ち 琴野 音 @siru69

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