第25話【悪夢の花】
外はうっすらと明るくなって来た。
今日はクリスマスイブだ。なのに僕は、病院のベッドにいる。
『くそっ!夢じゃなかったのかよっ!』
夢じゃない事くらい分かり切っていたがそう思わずにはいられなかった。
『今日はマスターを手伝いに、早めに喫茶店に行く約束してたんだっけなぁ・・・僕がここにいるなんて誠也も知らないことだろうし・・・』
僕は誠也のことが心配になった。今回の計画が決まった時からずっと2人で頑張って来たのに僕が一番大事な時に動けなくなったと知ったらどう思うだろうかと。
『そう言えば、昨夜は舞花が来てくれたんだっけ。いつの間に帰ったんだろう?僕、気が付かなかったぞ。舞花を放っておいて眠ってしまったのか?』
誠也を心配していたはずなのに次から次へといろんなことが頭に浮かんだ。舞花を抱きしめたことまでは覚えているのにそのあと舞花に腰が痛いと言われてからの記憶がなかった。
『これから僕はどうなっちゃうんだろう?脊椎損傷・・・そんなこと言われたってピンと来ないよ。』
実際に何となく腰から下が何重にも包帯を巻かれているような、長時間正座した後の足が太っとくなったような、そんな感覚はあるものの痛みが全くなかったせいでどれくらい重傷になっているのか、想像がつかなかった。
『学校・・・今日が終業式か・・・』
僕は、ポンポンと一貫性のない事が頭に浮かんで来ていた。要するに現状をまだ理解していないのだ。自分の置かれてしまった立場を認めたくない・・・そんな感じだった。
しばらくして、ナースが部屋に入って来た。
「検温です。」
そう言って僕に体温計を手渡した。僕は素直に受け取り、脇に入れた。
「調子はどうですか?」
ナースは回覧板のような板を持ちながら聞いて来た。
「最悪です。」
僕は答えた。僕の答えも予想済みか?ナースはそのまま続けた。
「トイレは大丈夫ですか?」
「はっ?」
「トイレ。一人では行けないでしょ?行きたくなったら早めに呼んでくれる?まだトイレでは出来ないので、ここですることになると思うの。」
『冗談だろ?!ここでする・・・って、どうやって?一人で出来ないって、何で???』
僕は軽くパニックになった。そんな僕を見てもいたって冷静なナースは、
「下半身がマヒしてしまってるから、もしかしたらトイレの感覚もなくなってるかもしれないの。・・・ちょっとごめんなさいね。」
そう言うと、布団の下の方をめくった。そして、静かに言った。
「新しいシーツと着替え、持って来るね。」
僕は何を言われているのかサッパリ分からなかった。
でも、あのリアクションからして、もしかしたら僕は・・・
かなり怖かったが僕はゆっくりと手を下に伸ばしてみた。
・・・びしょ濡れだ。
この年になっておねしょかよ!
僕は情けないやら、悔しいやらでやり切れなくなった。
少ししてさっきのナースともう一人のナースが部屋に入って来た。そしてまず僕を一度ストレッチに移し、手慣れた手つきでシーツを取り替えると、次は僕のズボンからパンツまで素早く脱がせた。
『この人たちはこれが仕事なんだ!別に見られたってどうってことないっ!』
僕は懸命にそう思おうとしたが、やはり恥ずかしさでいっぱいになった。そして、自分で着替えも出来ない現実に涙が出て来た。
『僕、また泣いてる・・・最近ホントにすぐ泣くよな・・・』
ナースたちは僕の涙に気付かない振りをしてくれた。
僕の悪夢はそれからも続いた。
情けないが、大人用の紙おむつをされてしまったのだ。しかも定期的にナースがそれを交換しに来る。そのたびに僕の下半身はナースたちに披露されるのだ。食事はまだベッド上で、面会は午後から。様子を見ながらリハビリを始めますが、おそらくは年が明けてからの開始となるでしょう・・・と、軽く入院生活での過ごし方の説明を受け午前中は終了した。昼食が運ばれて来て少ししてから、舞花が入って来た。
「よっ!今日は、終業式だねぇ~。誠也が私の分とタケルの分の通知表持って来てくれるらしいよ。さっき、先生から連絡があったみたい。」
舞花は能天気に言った。そして、
「誠也、ビックリしてたみたいだよ。終業式が終わったらすぐに来るって言ってたってさ。」
と付け加えた。
「誠也に言ったんだ・・・」
僕は力ない声で言った。
反対に舞花はいつにも増して元気だった。
「言うに決まってるじゃん!だって、明日は3人で一緒に過ごすんでしょ?きっと2人で色々計画してたんじゃないの?今回はそれ、キャンセルになっちゃうんだから、ちゃんと誠也にも言っておかないとダメでしょ?」
舞花の透き通った声が、今日はやけにイライラした。こんな気持ちになったのは初めてだった。僕はつい、
「さっきから何でそんなに能天気なんだよ!舞花はデリカシーが足りないんじゃないか?!」
と怒鳴ってしまった。舞花は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの微笑みに戻り、
「ばぁ~か!何イライラしてるのよ。入院始まったばっかのくせして。しかも足以外は元気じゃない!脊椎損傷で死んだりしないんだもん、落ち込んだりしてもしょうがないでしょ?・・・あのさ、たった1日病院のベッドで過ごしたばっかの人がよく、何年も入院してる私の前で堂々と落ち込んだりイライラしたりってさらけ出せるよね。そっちの方がデリカシー足りないんじゃないの?」
と言った。
『確かにそうだっ!舞花はもう何年もここで過ごしている。そして、舞花にとって”退院”と言う言葉は存在しないんだ。)
僕はハッとした。そんなこと、舞花に言われる前に自分で気付かなくちゃいけなかったのに、わざわざ舞花に言わせてしまった自分を恥じんだ。
僕が黙っていると、
「タケルはきっと元気になるっ!んでもって、ちゃんと歩けるようになるっ!歩けなくったって、生きてればきっといい事はあるっ!そうでしょ?私だって、生きている間はいい事をたくさん探して、楽しい事をたくさんしたい。リハビリだって、私も付き合ってあげるから。私が最期を迎えるまでには絶対に歩けるようになってなさいよっ!」
舞花は言った。僕は、
『僕が歩けるようになったら舞花の最期なのかよ?だったら歩けない方がいいっ!』
と思ってしまった。舞花は僕をじっと見て、
「今さ、だったら歩けなくてもいい・・・とか思わなかった?」
鋭く突っ込んで来た。僕は、下を向いた。
「当たりかいっ!・・・タケルは単純だねぇ。私はそんなに待ってられないの。だから早く、復活してくれないと困るのよ。」
舞花はそう言ったあと、少し下を向いて続けた。
「私ね・・・もうとっくに余命宣告の時期が過ぎてるの。本当は2年生になんてなれなかったはずなの。それがもうすぐ2年生が終わる。あと一学期で2年生が終わるんだよ。余命から1年も過ぎようとしてるんだもん。もういつ・・・」
舞花の声が途切れた。僕は、そばに行けなかったが、
「舞花・・・舞花にはきっと天使か妖精が付いててくれてるんだよ。まだ逝ってはダメだと見守ってくれてるんだよ。僕たちもまだ逝っちゃダメだって思ってる。人の最期なんてマジで分からないもんだって今回思ったよ。僕だって、一歩間違ってればもう終わってたかもしれないだろ?余命宣告を受けられた舞花は幸せだぜ。そこからの人生、無駄にしないように・・・悔いが残らないように過ごせるんだから。僕、昨日終わっちまってたら、きっと死に顔は後悔でいっぱいの顔してたと思うよ。前に舞花が言ってたみたいに笑っては逝けなかったと思う。舞花の寿命は医師が決めることでも検査のデータが決めることでもない。舞花自身が決めることだろ?余命宣告がなんだよ!そんなの関係ないよ。それを過ぎたからっていつ死んでもおかしくないなんて考える方がおかしいっ!僕は、まだまだ舞花は最期にはならないって思ってる。信じてるっ!」
僕がこんなにたくさんの事を一気に言ったのは初めてじゃないだろうか?舞花も驚いた顔をしていた。と言うより、僕の言葉に一番驚いていたのは他でもない僕自身だった。
舞花はしばらく黙っていたが、やがて、
「逆に励まされちゃったな。励ましに来たのに・・・」
と照れながら笑った。僕も自然と笑みがこぼれた。
「タケル、頼もしくなったね。」
舞花は言った。
「ん?どう言う事?」
僕が聞くと、
「最初に逢った時には、どうしようもないやんちゃ坊主かと思ってた。音楽バカで他には何も気が回らなくて・・・って思ってた。でも変わったね。今のタケルの方が出逢った頃のタケルよりずっといい男だよ。」
と続けた。面と向かって告白されているみたいでかなり照れたが、舞花にはその気はないのは十分知ってる。僕と誠也をいつだって優しく見守ってくれる天使のような存在なのだ。僕はいつかこの天使のような優しい気持ちを、誰かに向けられるだろうか?
舞花が僕と誠也に植えた優しさの花を僕たちは上手に育てられるだろうか?
まだ、無理だろう。
だからこそ、まだ舞花にはそばにいてもらわないと困るのだ。今僕たちを置いて逝かれたら困るのだ。舞花を困らせてはいけない。明日のクリスマスにあの喫茶店でパーティーが出来ないなら、また別の方法を考えればいい。それは誠也と相談しよう。
僕は穏やかな気持ちでそう思った。
悪夢だって、前向きな気持ちに変えてしまう舞花の魔法・・・
そうだ!舞花には不思議な魔法が使えるんだっ!
僕はふとそんな事を思った。
怪我になんて負けないっ!舞花の為に・・・いや、僕自身のためにもきちんと治療やリハビリをして復活をするんだっ!と僕は心に咲いた花~舞花~に誓った。
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