第19話【雨の花1】

 僕と誠也は、舞花の体調が戻ると信じ、着々とクリスマスの準備のためにあの喫茶店に来ていた。

実は、あの喫茶店のマスターも巻き込んでしまったのだ。と言うより、マスターの方から協力したいと言ってくれたから、僕たちはそれに甘えることにした。

 クリスマスの当日、どのくらいのお客様があの喫茶店に来るのかは分からないが、今年はサプライズをタップリ用意することになった。


「来年から期待されてしまうかもしれませんね、サプライズ。」


マスターはにこやかに、そしてどこか悪戯っぽい目で言った。


「来年もやるなら僕たち、手伝いに来ますよ♪」


僕たちは、約束した。


 街は日一日とクリスマスムードが高まっていた。クリスマスまであと1週間と迫っていたのだから当然かもしれない。舞花はあれから一歩も病院の外に出ていない。それどころか、僕たちとも逢っていないのだ。ずっと無菌室状態の病室で必死に闘っていた。僕たちは毎日病院には行っていた。ナースたちもすっかり僕たちの顔を覚えていて、舞花が入院している病棟のナースステーションでは、僕たちを見つけるとすぐに誰かしらが来てくれて『今日の舞花』などと言うレポート片手に状態を教えてくれるのだ。


 今日の分の準備を終え、僕たちは病院に向かった。病棟に到着すると、病棟内が慌ただしかった。


『まさか、舞花に何かあったのか?!』


僕は、慌ただしく動き回るナースを見ながら心臓がバクバク言っていた。


 いつもなら僕たちにすぐ気が付くナースたちも今日は誰一人として気付かない。


僕は誠也の顔を見た。誠也も僕を見ていた。二人とも何も言葉にすることが出来なかった。ただただナースの動きを目で追うので精いっぱいだった。


 しばらくして、一人のナースが僕たちに気が付いた。


「あぁ、こんにちは。」


ナースは足を止め、言った。

僕たちの顔が不安で一杯だったのだろうか?すぐにこっちに歩み寄り、


「ごめんなさいね。ちょっとバタバタなのよ。舞花ちゃんの病状は明日にしてもらっていい?」


と言った。


『このバタバタは、舞花の異変ではないんだろうか?』


心では聞きたがっているこの事を、僕は口に出して言う事が出来なかった。怖かったからだ。こんな時はいつも誠也がすぐに僕の気持ちを代弁してくれていたのだが、今日は誠也も呆然としているだけだった。すると、


「あっ!もしかして変なこと考えてない?舞花ちゃんじゃないわよ。」


とナースが僕たちの気持ちを察して答えてくれた。僕は


『舞花じゃなかったのか・・・良かった。』


不謹慎にもそう思ってしまった。この慌ただしさは間違いなく誰かの病状が急変したはず。それが、舞花じゃなかったからと言って良かったと言うのはあまりにも不謹慎だった。

それでも僕は、”良かった”と思わずにはいられなかった。


 ナースはそれだけ言うとまたバタバタと病棟内に消えて行った。


「帰るか?」


そう言ったのは誠也だった。僕は黙って頷いた。


 二人はエレベーターに向かった。僕たちのあとにエレベーターを使った人がいなかったのだろう、エレベーターはこの階に止まっていたからドアはすぐに開いた。

 僕たちは乗り込み、お互い何故か対角線上の角と角に立った。


 この沈黙で僕は、初めて舞花が僕をここに連れて来た時の事を思い出していた。僕が初めて舞花にキスをした日だ。あの日から、何ヶ月が過ぎただろうか?あれ以来、僕たちはそんな関係にはならなかった。ふと、僕は誠也と舞花はどうだったのだろうか?と言う思いが浮かんだ。


『そう言えば誠也は僕がいない時にも舞花に逢ってるんだろうか?僕がスタジオに行かなくなってからは舞花と二人きりという日々は続いていただろうけど、その時に何かあったのか?僕が黙っているのと同じように誠也も黙っているだけなのか?』


こんな時に僕の妄想は何故出て来るのだろうか?と自分が嫌になるが、無性に聞きたくなっていた。


『でもなんて聞くんだ?”舞花とは何かあったか?”って聞くのか?そんなの変だろ?”何もない”って言われたら次はどうするんだ?”あっそぉ”で終わったらものすごく疑われるよな?それに”お前は?”って逆に聞かれたらどうする?正直に答えるのか?・・・あぁ!でも聞きたいっ!でも聞きにくいっ!どうすればいいんだぁーーー!』


僕はこの時、どんな顔をしていたのだろうか?いきなり誠也が口を開いた。


「何考えてんだ?お前。」


「えっ?」


「俺を襲う気か?」


「なんで?」


「そんな顔してた。」


「・・・・」


『どんな顔だよ!』


僕は、エレベーターに取り付けられている鏡に自分の顔を映して見た。その姿を見た誠也が突然笑い出した。僕は、


「なんだよぉ?」


と聞いてみた。


「お前、キャラ変わったな。」


誠也は笑いながら言った。


「どう言う意味だ?」


僕が聞くと、


「ライブをやってた頃の角がすっかり取れちまったよ。まぁ、俺もそうかもしれないけどな。」


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