第20話【雨の花2】
誠也は急に真面目な顔で言った。さらに誠也は続けた。
「俺たちが丸くなったのって、間違いなく舞花のおかげだよな。俺、舞花に逢わなかったら人を思いやるとか、誰かのために何かをするとか、考えられなかったと思う。人は俺のために何かをするものだ!くらいの勘違いもあったしな。」
確かにそうだった。ほんの数ヶ月前までは、僕たちのファンだと言う年上の女性たちに持て囃され、欲しいものは何でも手に入り、食べたいものは何でも食べられた。メンバーが脱退を願い出た時も誠也は自分の理想が崩されたと荒れた。
すべては自分が中心で回っていたと思っていた僕たちが、今は必死で舞花の為に自分たちが出来る事を探している。そして実行しようとしている。人との関わりに無頓着だった僕たちが、たくさんの人と関わりを持つようになっている。
すべては舞花のおかげなのだ。
「舞花って不思議なやつだよな。」
誠也が言った。僕は、
「何で?」
とだけ聞いたところで、エレベーターのドアが開いた。僕たちは病院を出ながら、話の続きをした。
「俺さ、お前も来なくなったスタジオで舞花と二人きりになることが何日か続いた時に思ったんだ。このまま舞花を押し倒してやっちまう事も出来るんだって。実際に俺、あいつを抱きしめて押し倒した事がある。」
僕はドキッとした。僕の気持ちに気付いたかどうか分からないが、誠也はその時の事を話し始めた。僕はその時の状況が目に浮かんだ―――。
~某月某日 スタジオ~
「今日もタケルは来ないの?ちゃんと来る時に誘えばいいのに!なんで、一人で来ちゃうのよ!」
舞花は、誠也に向って言った。誠也は、黙って新しい曲の歌詞を書いていた。
「ちょっと聞いてるの?一人じゃライブも出来ないんでしょ?」
舞花は文句を言いながら誠也のそばに来た。誠也は、
「舞花はタケルが気になってしょうがないんだな。」
誠也は少し嫌味っぽく言った。舞花は、嫌味に気付いたか気付かないかは分からなかったが、
「気になるよ!おかしい?だって私は誠也の歌とタケルのギターが好きなんだもん。最近は全然聴いてないし!私だって聴きたいんだよ!」
とムキになって言った
誠也との距離は誠也の理性を抑えておけない距離にあった舞花を、誠也は強く抱きしめた。そして、
「俺はお前が好きだっ!振られたってすぐになんか諦められない!俺の前でタケルの話なんかしないでくれっ!」
抱きしめながら誠也は言った。突然の事で舞花は呆然としていた。でもすぐに舞花の両手が誠也の背中に回って来た。誠也は、そのままそばにあったソファーに舞花を押し倒した。舞花は、何も抵抗しなかった。
抵抗しない舞花を激しく愛撫し始めた誠也だったが、ふと我に返った。
唇にキスをしても、首筋にキスをしても舞花はピクリとも動かない。誠也が舞花を見つめると、すべてを受け入れるような、悟ったような笑みを浮かべながら、
「それで気が済むの?そんなにイライラしてたら人生もったいないよ。それで気が済むなら、イライラも解消されるなら私はいいよ。」
と言った。誠也はそれ以上の事は出来なかった。誠也がそのまま舞花の足元に座ると舞花は起き上がり、今度は自分から誠也にキスをして来た。
「人生なんて、思い通りにいかない方が圧倒的に多いんだよ。でもそれをたくさん乗り越えられた人が最後に『いい人生だった』って言えるんだよ。今の誠也が突然人生が終わったとしたら、『いい人生だった』って言える?言えないでしょ?私は最後に笑って死にたいの。『いい人生だった』って思いながら死にたいの。私の周りの人たちにもそう思いながら死ねる人生にしてほしいの。私は、誠也も好き。タケルも好き。そして、自分も好き。私に関わるすべての人が好き。だから、誠也が苦しんでるなら何とかしてあげたいし、もしタケルが苦しんでるなら何とかしたいと思う。それっておかしい?苦しみから逃れられる方法が私を抱く事だって言うなら私は喜んで抱かれる。私から離れる事だって言うなら私は喜んで離れて行く。私に出来る事なら何でもして上げたいの。人生なんていつ終わるか分からないんだよ。今を一生懸命無駄にしないで生きなくちゃ勿体ないんだよ。」
舞花は優しい声で言った。誠也の心の中に染みわたる声だった。
誠也は、話したあとうつむいて黙り込んでしまった。僕も何も言えなくなった。今となればその言葉の意味は分かる。でもあの時誠也は舞花が言った意味を理解出来なかっただろう。誰も自分が若くして生涯を閉じるなんて思ってはいないものだから。
「俺・・・あいつが言った意味がやっと分かった時にはもう遅かったんだよな。あいつが元気なうちにちゃんと分かってやらなくちゃいけなかったんだよな。『舞花が好きだ』なんて言う資格、俺にはない。」
誠也が下を向きながら言った。
『えっ?誠也・・・泣いてる?』
誠也の声は震えていた。スタジオでの事を一つ一つ思い出しながら、舞花の言った言葉の意味を噛みしめてるうちに涙が出て来た・・・と言う感じだろう。僕も舞花に病室で怒鳴られた時に自然に涙が出て来た。おそらく誠也は今、あの時の僕と同じ状態なんだろうと思った。
僕は黙ってその場にいるだけにした。
いつの間にか、雨が降り出していた。さすがに12月ともなると雨も冷たくて手がかじかんで来る。それでも誠也が動こうとしなかったから僕もそのまま雨に打たれていた。
説明しながらたどり着いた場所は、もうあの商店街だった。イルミネーションがキラキラしたツリーの少し先に目をやると、舞花が好きだと言っていた【かすみ草】が咲いていた。僕たちにとっては大したことがない風が、【かすみ草】たちにとっては辛い風と雨なのか?今を受け入れるかのようにもてあそばれ、右へ左へと揺れていた。
僕はふと、あの【かすみ草】が舞花とダブった。舞花はあの花と同じように僕たちを受け入れていたのではないか?そう考えると、僕は【かすみ草】を見て思わず笑顔がこぼれそうになった。
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