第15話【クリスマスの花2】

 僕は不謹慎にも舞花がまっ白い花に見えた。ふとさっき舞花が言った事を思い出した。


〈あそこって、私が大好きなかすみ草がたくさん咲いてるのよ。あそこに行くとすごく落ち着くの。〉


『かすみ草ってどんな花だ?』

と僕は思った。


ライブの時に花束などをもらった事はあったが、正直花の名前など何も知らなかった。花束だってほとんどスタジオに持って行き、特に手入れもせず枯れてしまえば捨てる・・・と言う事を繰り返していたし、花に執着などなかった。

でももしかしたら、この『かすみ草』を買って来たら、舞花が気が付いた時にホッとするのではないか?と思い立ち、僕は病院を飛び出した。後ろから誠也の声がしていたが、とにかく急がなくちゃ!と言う気持ちでいっぱいになっていた僕は振り向きもせず飛び出してしまった。


 さっきの商店街に戻ると花屋を探した。


『あった!・・・どの花が〈かすみ草〉なんだ???』


僕が花屋の前でキョロキョロしていると、店員が声を掛けてくれた。


「どんなお花をお探しですか?」


僕は、


「かすみ草をください!」


と叫んだ。店員は少し驚いた様子だった。そして、


「かすみ草だけですか?」


と聞いて来た。


『何でそんなこと聞くんだ?かすみ草だけじゃおかしいって言うのかよっ!』


僕は店員に苛立っていた。


「悪いか?!」


つい、怒鳴ってしまった。慌てた店員が小さな花がたくさん付いている花の前に行った。

そして、


「どれくらいご入用ですか?」


と最初の優しい声とは一転して怯えた様子で聞いて来た。僕は、我に返った。


「あ・・・すみません。ちょっと急いでいたもので・・・かすみ草がどれなのか分からないんですが、その小さな花がそうですか?」


僕は頭を下げながら聞いた。店員は少しほっとした様子で、最初の声と同じような優しい声で、


「はい。花束などを少し豪華に見せたり、一色だけの花束にアクセントをつけたりする時に使われる事が多い花なので、かすみ草だけお求めになると言われて私もビックリしてしまって。すみませんでした。」


謝らなくてはいけないのは僕の方なのに、店員も深々とお頭を下げて来た。僕は我ながら、冷静さがなさすぎた事を反省した。


「この花だけでちょっと豪華に出来ますか?」


僕は尋ねた。


「かすみ草のみでもとても素敵な花束が出来ますよ♪ご予算はどれくらいですか?」


店員に聞かれて、僕は慌てて財布を確認した。


=2,006円=


財布の中身はこれしか入っていなかった。


「あの・・・今、2,000円しか持ってなくて・・・足りますか?」


と正直に言った。店員は、僕の言葉を聞いた後、何束かかすみ草を取り出した。そして、


「これで、1,500円です。」


正直、僕がイメージしていた花束にはなっていない量だった。


「2,000円にすると、どれくらいになりますか?」


僕が言うと店員はさらに束に追加してくれた。さっきの倍はあろう量になった。

僕は、単純に計算して見た目が倍なのだから料金も当然倍だとビクビクしていた。

店員は花束を見ながら一輪抜き取ったり、二輪抜き取ったり・・・もう一度入れてみたりと束の形を見ながら整えてくれていた。そして、


「これで、2,000円です。」


と僕に見せてくれた花束は、僕が料金も倍だと思った量よりはるかに多かった。


「えっ?」


僕が驚いていると、


「お客様、この花に願いを込めてプレゼントしたいと思っていらっしゃいますよね。そう言うお客様の所に行くのが花たちは一番嬉しいんです。だから、この花たちに願いを込めて欲しくて・・・そんな風に考えてたらこんな感じになっちゃいました。」


とニッコリ笑って言ってくれた。

僕は、


「ホントに2,000円でいいんですか?」


と聞き直した。店員はニッコリしたまま頷いてくれた。僕は何度も店員にお礼を言い、かすみ草の花束を持って再び病院へと急いだ。


 病院に到着すると、誠也の姿が見当たらなかった。処置が終わったのかどうかも分からない状態だ。僕は近くにいたナースに聞いてみた。


「舞花は?白井舞花が救急車で運ばれたと思うんですが、大丈夫だったんでしょうか?」


ナースは、すぐに舞花が分かった様子だった。


「今、病室で寝ていらっしゃいますよ。」


「大丈夫だったんですか?」


「舞花ちゃん、今朝少し貧血気味だったみたいなんです。学校は休むようにとドクターから言われてたのですが、私達がちょっと目を離したすきに行ってしまって。でも大丈夫ですよ。今は落ち着いてますから。」


「あの・・・一緒に男子がいたと思うんですが・・・」


「あぁ、同級生の男の子ね。さっき帰りましたよ。何か用を思い出したからって。もしかしてタケルさんですか?」


ナースに名前を言われ、僕は頷いた。


「そうですか?さっきの男の子から預かりましたよ。」


そう言ってナースは手紙をよこした。


「ありがとうございます。」


僕は受け取ると、


「病室に行っても大丈夫ですか?」


と聞いてみた。


「残念だけど今日は無理ね。」


ナースの答えは無情だった。でも安静が必要なのだろうと思い、


「そうですか?じゃあ、この花、舞花の部屋に届けてもらっていいですか?」


僕は図々しいかな?と思いつつも頼んでしまった。ナースは快く引き受けてくれた。


「ありがとうございます。」


僕はもう一度お礼を言うと、病院から出た。

そして歩きながら、誠也からの手紙を読んだ。


【舞花、クリスマスは今年が最後になりそうだって。俺、あの喫茶店にもう一度行って来る。あの席、どうしてもリザーブして来る。タケルもこの手紙を読んだら、来てくれ。】


誠也の手紙を読みながら、僕は震えが止まらなくなった。


『今年が最後って・・・どういう意味だよ!』


僕の頭の中はこの言葉でいっぱいになった。


僕は前に出す足がガクガクしているのを感じたが、それでも喫茶店に向って一歩歩き出した。

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