第13話【真冬の花】
病院を出た僕は、まだ放心状態だった。
でも舞花の事情を知った僕は、それまで散々ライバル視していた誠也にこの事を伝えるべきかどうかを本気で悩んでいた。フェアーじゃない・・・とか、そう言う感情ではなくてなんだか伝えなくちゃいけない気がしていた。誠也だって舞花の事が本気なのだ。その気持ちはおそらく僕の邪心とは違った本当の想いだ。
舞花がいつ僕らの前から姿を消すか分からない状態を知らないのは誠也にとって一生後悔が残ることになりかねないと思った。
僕は、誠也に舞花の事情を話すことにした。
しばらく誠也とは話をしていない。普通に連絡を取っていた時には何とも感じなかったメール・・・
携帯を持ったまま僕の指は全く動かなかった。
『なんて、メールすればいいんだ?「こんにちは」から始めるのも変だし・・・今までどうやって送ってたっけ?』
誠也にメールするのに、こんなに悩んだことなど一度もなかった。普通に用件を書いて返信が戻って来て・・・と言うのが当たり前だったからだ。
僕はゆっくりと病院を離れながら、病室での衝撃の告白を思い出していた・・・
僕は涙が止まらず、動けず、何も言えない状態のままだった。そんな僕に舞花は、
「ごめんね・・・こんなこと言ったら困るよね?でも、タケルにも誠也にも時間を無駄にしてほしくないの。限られた時間しか残されてない人間が近くにいるって分かったら、きっともっと時間を大事にしてくれると思ったから。」
と優しく言って、僕を抱きしめてくれた。僕は子供のように何の邪心もなくされるままに抱きしめられていた。
汚れた心がスーッと浄化されて行くような気がした。
舞花の優しい香りが僕を包み込み、今までに感じた事がないくらい穏やかな気持ちになっていた。
僕を抱きしめながら舞花は、
「私ね、もし3年生になれたら、タケルと誠也にカバーしてほしい曲があるの。」
と言った。
「誰の曲?」
僕は静かに尋ねた。
「私が3年生になれたら教える。」
舞花は答えを出さなかった。
しばらく抱きしめられていた僕だったけど、ふとこのまま舞花のそばにいる事がいいことなのか・・・?と言う疑問を感じた。そして、
「時間、無駄にしないよ。僕、今日は帰る。」
と言った。
舞花も頷いた。ゆっくりと優しい香りで縛っていた僕を開放した舞花を見つめると、僕はまた舞花に吸い込まれそうになった。このままここにずっと居たい・・・と言う気持ちを抑え、僕は病室を出たのだ。
そして、今病院から少しずつ離れながら誠也に伝える言葉を探し、携帯を開いた状態になっていた・・・と言うわけだった。
【誠也、話がある。時間作ってくれ。】
結局、これだけしか書けなかった。
誠也からの返信はすぐに来た。
【俺も話がある。今からスタジオに来てくれ。】
スタジオ・・・
そう言えばもうあのスタジオは使えないんだったな。僕たちの小遣いで借りられる額ではないからな・・・
僕はそう思いながらスタジオへと急いだ。
スタジオの前に着くと、誠也は既に来ていた。
僕を見つけた誠也が軽く手を挙げた。いつもの光景になんとなくホッとしている自分が滑稽に感じた。
「久しぶりだな。」
最初に声を掛けたのは誠也の方だった。僕も、
「そうだな。」
と一言だけ返した。
しばらくして、誠也が
「ここ、もう更新出来ないんだ。ストリートライブの練習も、もう出来なくなると思う。だから、BAD BABYSは解散したいんだけど・・・」
と言った。僕は、なんとなく予想していたんだろうな・・・誠也の言葉に驚きはなかった。
「そうだな・・・」
僕はたった一言で同意した。
「スタジオの更新があったこと、覚えてたのか?」
誠也が聞いて来た。僕は、
「いや・・・さっき舞花に言われて知った。」
と答えた。誠也が少し驚いた顔をして言った。
「舞花と逢ったのか?」
僕は一瞬、言ってはいけない事を言ったか?と思ったが、
「今日の帰り、校門で待ち伏せされてた。その時に言われたよ。」
と素直に答えた。
「お前、舞花の事、どう思ってる?」
誠也はストレートに聞いて来た。
「僕も舞花の事が好きだ。でもこれが愛情なのか、友情なのか、ハッキリしてなかった。」
僕は答えた。”ハッキリしてない”ではなく”ハッキリしてなかった”と言ったことに誠也の顔色が変わるのが分かった。そして、
「ハッキリしたのか?」
誠也が聞いて来た。
「あぁ。今日ハッキリした。」
僕が答えると、
「どっちだった?」
誠也が少し切ない顔をしながら言った気がした。でも僕はちゃんと伝えようと決心した。
「愛情だったよ。僕も前から舞花の事が好きだった。でもこの感情が、誠也みたいに愛情なのかどうか・・・って聞かれたら正直、分からなかった。でも今日ハッキリ分かった。僕は舞花を愛してる。」
誠也の顔が少し曇った。そりゃそうだろう。今まで、ずっと自分だけが舞花を愛してる・・・タケルはそれを応援してくれてる・・・と思っていたのだから。僕は続けた。
「今日、舞花の『家』に行って来たんだ。」
誠也の顔が更に曇った。でも僕は続けた。
「舞花の家ってどこだと思う?」
誠也は黙っていた。
「病院だよ。」
誠也の顔が一瞬にして驚きの顔になった。そして、
「病院?院長の娘だったのか?」
そう・・・普通ならそう考えるだろうな。僕だって病院に連れて行かれた時にはそう思ったんだから。
「舞花、入院してるんだ。学校には病院から通ってるらしい。」
僕は静かに言った。そして、誠也の驚きを気に掛けながら、病室での告白を伝えた。すべてを伝え終わった後、
「舞花には時間がない。3年生になれたら、僕たちにカバーしてほしい曲があるらしいんだ。BAD BABYSが今日で解散になったとしても、この舞花の願いは叶えたい。」
と告げた。誠也は必死に頭の中で僕の言った言葉を理解しようとしている様子だった。
おそらく僕が病室で感じていたことと同じ感情になっていたのだろう。
僕はしばらく黙っていた。
やがて、誠也が
「舞花は・・・俺じゃなくタケルにその事を告げたんだな。あいつの中ではきっと俺じゃなくタケルが一番なんだろうな。」
と言った。僕はカチンとした。
「そう言う問題じゃないだろ?!舞花の中では僕も誠也も同じなんだ!たまたま僕が凹んで見えたから、僕への告白が先になっただけだ!僕があまりにも時間を無駄にしてるから腹が立ったって言ってたし。根性を叩き直さなくちゃいけないのが僕だっただけだ!どっちが一番とか、そう言う事考えるなよっ!」
僕の言葉が予想外だったのか?誠也は驚いた顔をしていた。そして、
「お前からそんなこと言われるとは思ってなかったよ。舞花がお前に言った理由がなんとなく分かった。・・・んで、俺たちはこれからどうすればいいんだ?」
誠也の弱気な発言は、滅多に聞かない。まして人に意見を求める時にはたいてい自分の中で既に答えが決まっていての事だったが、今日は本当に何も答えが見つかっていない様子だった。
「どうすれば・・・って、今までと一緒でいいんじゃないか?ただ、時間を無駄にしなければいいんだよ。舞花をガッカリさせないようにするんだよ。」
僕は自分でも驚くほど正当な意見を言っていた。誠也も静かに頷いた。
「僕たちに出来る事をやろうぜ!」
僕が言うと、今度は誠也の顔も僕に同意した、何かを悟ったような晴れやかな顔になって、
「そうだな!俺たちに出来る事をやるだけだな。舞花が病気に負けないでいつまでも俺たちと一緒にいられるように!」
誠也の言葉には、もう誰が舞花の中で一番なのか?などと言う邪心がなくなっているように僕の心に響いて来た。
季節は、11月。
街も少しずつ、冬支度を始めていた頃だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます