第12話【涙の花2】
僕はドキッとした。そんな場面に出くわすことなんて滅多にないだろう。実際僕は親戚の葬式にも行った事がなかった。人の死は自分の母親が死んだ時だけだった。でもそれも中学時代の話だ。僕は、
「おふくろが死んだ時だけかな?」
と答えた。
「そう・・・病気?」
「あぁ。癌・・・あ、いや・・・そうだよ。病気だよ。」
僕は、思わず舞花に気を遣った。今現在癌と闘っている舞花を目の前に癌で死んだ人の話をするなんてどうかしてる・・・と思ったからだ。僕の言葉を舞花は聞き逃さなかった。
「いいじゃん。癌って言ったって。」
僕はつくづく自分が考えなしに言葉を発してる事に呆れてしまった。
「お母さんが亡くなった時、どう思った?」
「どうって?」
「亡くなる直前にそばにいた?」
「・・・いや。友達と映画観てて携帯切ってたし、映画館から出て来て父親からの着信があった事に気付いて連絡したけど、通じなくてそのままにしてた。家に帰って誰もいなくて置き手紙があったから速攻で病院に行ったけどもう間に合わなかった。」
「そっか。じゃあ、見た事があるとは言えないね。」
「何が言いたいんだよ。」
「人ってね、死ぬ時にどんな表情が出来るかによって、人生が最高のものだったのか、最低なものだったのかが分かるんだって。この病棟の人たちの中には朝は元気に挨拶したのに、昼には帰らぬ人に・・・って患者さんも少なくないの。でもね、ここは他の病院と違って束縛がない分、自分たちが精いっぱいやれることをやってから旅立つからたいていの人は穏やかな顔して旅立って行くんだよ。私もね、最期は笑顔で旅立ちたいの。」
「へぇ~・・・」
僕は、舞花の言葉がまだ現実のものに感じられずサラッと聞いていた。そんな僕にお構いなしに舞花は続けた。
「でも今最期になったらきっと笑えない。後悔だらけでメチャメチャ不細工な顔で旅立つ!」
『な・・・なんで?!』
「後悔だらけの最期の顔って誰にも見られたくないよ。てか、私は後悔しながらは旅立ちたくないの。」
『そうだろうな。僕だって多分未練とか残ってたら化けて出そうだし。』
「今の後悔ってなんだか分かる?」
ずっと黙ってる僕に向って舞花は怒鳴った!
「えっ!?」
僕は言葉に詰まった。たった今、それまでベールに包まれていた舞花のプライベートが分かったばかりだと言うのに、後悔してる事なんて分かるわけがない。
僕が舞花をずっと困った顔で見ていると、
「タケルと誠也の事だよ!」
とあっ気なく正解を言って来た。
「僕と誠也の事?・・・なんで?」
僕は意味が分からなかった。舞花の後悔の原因が自分たちだなんて。僕が驚いていると舞花は続けた。
「私、2人に夢を叶えてもらいたいの!もちろん自分たちの為・・・ってのが最優先だけど、ほんの少しでもいいから私の為に・・・って気持ちにもなってほしいの。」
舞花は再び大きく深呼吸をした。肺活量の少ない舞花にとって長く話すことはきっとキツイことなのだ。でもそれをしようと決めた時、大きく深呼吸をして呼吸を整えるのだと僕は悟った。僕は舞花が伝えたいことを伝えられるように静かに舞花からの言葉を待った。
深呼吸の後に舞花は話し始めた。
「私が出来なくなったピアノやギターあるでしょ?タケルはギターが弾ける!そして、誠也は私には肺活量が足りなくて出来ない歌が歌える。2人は私にとっても夢なの。」
舞花は笑顔だった。僕も思わず微笑みながら聞いた。でも次を話そうとした舞花の顔は少し曇った。僕はこれから語られる内容が楽しい内容ではないのだろうと覚悟をしながら、それでも言葉を遮ることはしないで舞花の伝えたい言葉を待った。
「ホントは私、タケルも誠也も好き。たぶんこれって恋愛感情だと思う。2人に恋愛感情なんて図々しいかもしれないけど、友達以上に思ってるのは確か。他のクラスメートたちみたいにデートだとか、キスだとか普通にしたいって思ってる。だからさっきも嬉しかった。今まではこんなに長い時間男子と一緒にいる事なんてなかったし、そう言うチャンスなんてなかった。タケルが抱き寄せてくれた時、胸がキュンってなったって言うか、なんか・・・初めての感覚だったの。すごく心地良くて、タケルの事が愛おしくて。キスしてる間もすごくあったかい気持ちになれた。タケルの事が好きなんだって思った。好きなタケルが人生を投げてしまわないようになんとかしたいって思った。私に出来る事があるなら何でもやりたいって思った。タケルが落ち込んでるならずっとタケルの側にいてあげたい。でも誠也が落ち込んでたら・・・やっぱり同じように側にいてあげたいし、何でもして上げたいって思っちゃう。きっと恋愛にこんな気持ちはダメなんだろうね。1人に決めなくちゃいけないんだろうね。でも私、1人になんて決められないよ。みんなより短い人生の中で1人ずつ付き合ってる時間なんてないもん!2人同時なんて許してはもらえないでしょ?だから私は付き合ってほしいって誠也に言われた時に断ったの。私、言ってること、滅茶苦茶だよね?」
舞花は一気に話した。少し苦しそうにも見えたが僕は何も出来ず、舞花から目が離せなかった。舞花の大きな瞳からは澄んだ涙が止まることなく流れ落ちていた。舞花は舞花なりに不安で、弱くて、どうしていいのか分からなくなる時もあって、普通に高校2年の感覚も味わいたいと思っているんだ。でも自分には時間がない。色んな事を見たり聞いたりやったりしたいのに、限られた時間がそれを邪魔する生活を、ずっと送っていたのだ。病気だと言う事を言える友人も作らず、不安な時にはきっと1人で泣いていたタイプだろう。
僕は、この時初めて人を想い、人の感情の奥を考えた。本当の愛を知らなかったのは毎日何にも考えていなかった僕の方だ。両親が離婚した時から愛だの恋だのなんて信じなくなった。女はやれればいいと思っていた時期もあった。自分が飽きれば次に誘って来る女を相手にしてれば欲求は満たされると思っていた。
でも・・・
違うじゃないか!
何の感情もなく欲求を満たすだけの行為・・・
あとには何の感情も残らないその場限り・・・
本当の愛は、誰かを抱くって事じゃない!自分の事より大切な誰かを想うって事じゃないか!
そんな事に今頃気づくなんて・・・
僕はそう感じた瞬間、頬が温かくなるのを感じた。
『僕・・・泣いてるのか?どうして?なんだ?この感情は?胸が苦しくて、涙が止まらなくて、自分の今までを悔やんで、目の前の舞花を愛おしく想って・・・色んな感情が入り混じってる感情・・・ヤベ!涙が止まらねぇ!』
そう思いながらも何故か僕は涙を拭う事も出来ずその場に立ち尽くしていた。
そんな僕に舞花は優しく微笑んでくれた。その笑顔はまるで天使か女神だった。幼さもあり、美しさもあった。エレベーターの中までの僕なら間違いなくここでまた野獣になる計画を立ててるところだ。心臓が飛び出そうなくらいのとびっきりの笑顔だった。
でも今の僕は、金縛りにでもあっているかのように全く動けなかった。動いたらこの時間がなくなってしまいそうな・・・そんな気がしていた。
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