第10話【正体の花2】

 正直、学校に通っていようがスタジオの練習を見に来てて消灯時間は大丈夫なのか?とかは全く問題じゃなかったはず。質問する必要もないどうしようもない言葉だった。

それでも舞花は、


「ここには高校はないからよ。院内は中学まではあるの。でも高校はないし、入院中の患者の中には高校に行きたいって考えてる患者もいるから、病院と提携してくれる高校に通ってるの。そこにたまたまタケルと誠也がいたってだけ。」


「退院してからじゃ、遅いのか?」


僕はまたまたどうしようもない質問をしてしまった。


「退院なんて出来ないもの。」


僕のどうしようもない質問への舞花の答えに、僕は耳を疑った。


「どういうこと?」


僕はようやく的を得た質問を返せた。


「私、退院なんて出来ないよ。治療が有効な間だけしか生きられないし。」


舞花の答えに僕は思わず、


「何言ってんだ?そんなに元気なのに退院出来ないわけないだろ!」


と剥きになった。そんな僕を見て舞花はニッコリと微笑んだ。


「やっとタケルらしくなったね♪」


と言った。そして、


「たった一つの癌だって命取りになる事も多いのよ。」

舞花はそう切り出すと大きく深呼吸をした。その深呼吸を見て僕はこれから舞花が語ろうとしていることが嘘でも冗談でもない深刻な内容なのだと悟った。舞花は深呼吸を終えると覚悟を決めたように話し始めた。

「私の身体には把握出来ないくらいの数の癌が住んでるの。もちろん取り除くことも出来ないし、薬で消すことも出来ない。うまく付き合って癌が許してくれてる間だけ生きてるって事。これもうまく付き合えば別にどうってことないのよ。タケルだって私がこんな風に告白しなかったらずっと知らなかったでしょ?癌ってね、そうすぐに悪化して寝たきりで機械に繋がれて命保って・・・なんてことにはならないのよ。そりゃジワジワと悪化はしてるだろうけどね。つまり、悪化はするけど回復はしないのよ。そう言うものなの。もちろん、取り除ける場所にあれば取り除いて元気になって退院して行くパターンだってあるよ。でもそんな人は相当ラッキーな人。この病棟の人は退院出来ない人たち。」


 舞花の話してる事が、まるで小説かドラマの中の出来事に聞こえてしまう自分が情けなくなった。きっと舞花がサラッと言ってるせいで、事の重大さが僕には理解出来ないのかもしれない。


 僕が黙っていると、舞花はさらに続けた。


「この病棟はね、ここを自分の家だと思って生活出来る病棟なの。他の病院ではそうはいかないでしょ?だから、一応門限はあるけど、普通に生活してたって門限破りなんてありだし。もちろん、親に怒られるのと同じように門限破れば看護師長や主治医に怒られるわよ。でもそんなの気にしてたらもったいないもの。私、時間を無駄にしたくないの。最期が来た時に、『楽しい人生だった♪』って思いたいしね。健康な人だっていつ死が訪れるか分からないでしょ?だから、病気だからって悲観してるのってホントもったいない!病気がある分、他の人より人生を楽しめる方法を探せるのよ。私、今の生活がすごく楽しいし、これからも楽しい事をたくさん探していくの。」


 何故、舞花はこんなに冷静に前向きにいられるんだろう?と僕は思った。僕の『癌』に対するイメージみたいなものが舞花には存在しないみたいだった。あの明るさ、透明感、癒し系の影にこんな事があったなんて想像出来なかった・・・と言うか今現在も理解出来ていない。


 僕が色々頭の中で考えていると、突然舞花はベッドがから飛び降り、僕の目の前に床に膝をつく形で座った。


『げっ!超どアップだ!』


 僕が目をそらすといきなり僕の両肩をガシッと掴み、


「だから!タケルと誠也は私に楽しい気持ちをくれる人たちだったの!私、中学に入る直前に発症してね。中学2年の時からここに入院してるの。院内学校だった中学時代は、みんな病気を抱えてる生徒ばかりだったから、空気も重たかったりしてた。でも高校になって、あの学校に入って母があの駅で路上ライブをしてたタケル達を見た事を私に教えてくれてから、すごく気になってた。私、音楽が大好きなの。肺活がかかる楽器は無理だけど、ピアノとかギターとかは院内学校でもやってたのよ。でも今は・・・」

舞花は自分の両手を眺めて、少し情けなさそうな顔をしながら、

「実は手の指がうまく動かなくなっちゃったからどっちも出来なくなっちゃったんだけどね。」

そう言いながら両手をじゃんけんのグーとパーを繰り返していたがグーはものすごい力が入っていそうなくらいしっかりしたグーが出来ていた。僕を掴んで病院まで連れて来た時にもかなりの力だったからなぁ。でもパーには力がなかった。分かりやすく言うと、グーとパーの区別があまりつかないくらいパーの形に手は動いていなかったのだ。僕が舞花の手をじっと見ていると突然両手を合わせ、パチンと音を立ててから舞花は話を続けた。

「そんな時にBAD BABYSの事を知って逢いたくなって、聞きたくなって、それで母に調べてもらったらHPがあるって言うじゃない?早速見て、みんなのプロフィールを見たらタケルと誠也が同じ高校なんじゃないかってピンと来たの。プロフィールには頭文字しか書かれてなかったから高校名を特定出来なかったけど、自分が通ってる高校の頭文字と同じだったし、もしかしたら・・・って。んで、先生に聞いたの。先生はライブに関してあまり賛成してないみたいだったけど、確かに2人がこの学校にいるのは間違いないって教えてくれて。ご丁寧にクラスまで教えてくれたの。それで私、タケルと誠也が帰る時に尾行したのよ。」


『おいおい・・・尾行かよ!』


 舞花の言葉はそのまんま探偵小説にでもなりそうな話だった。


「でね♪あのスタジオを見つけたってわけ。まさかドアが開いてるなんて思わなかったから最初はドキドキしたけど、邪魔にならないように・・・って思って隠れて聞くようになったの。さっきも言ったけど週末は放射線治療があるから病院から出られないし、ライブを聴きに行く事は出来ないから練習だけでも・・・って思って。」


『隠れて聞いてた?思いっきり身体半分見せてたぞ』


 舞花の言葉にいちいち突っ込みを入れてる自分がおかしかった。


「週末は猛勉強って言ったじゃないか?あれ、嘘だったんだ・・・」


僕は心で思った事を口に出せばいい物を、またまたトンチンカンな事を言い出した。


「嘘じゃないでしょ?主治医達が癌の動きや成長を調べるんだから勉強でしょ?私、自分が猛勉強するなんて一言も言ってないけど?」


舞花は時々屁理屈を言う事がある。もちろん今もそう。でも悪気ない屁理屈だから腹も立たないが。

 僕はようやく本当の舞花が少しずつ見えて来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る