第8話【キスの花2】

舞花の口調がさらに怖くなった。一見すると身体の弱いお嬢様タイプだが、なかなかどうして・・・

捕まえられた腕を握りしめる力は半端じゃない。


『こいつ・・・これでも女かよ!なんて力だよ!』


僕は本気で掴まれた腕が痺れて来ていた。


「いてててて・・・!」


情けないがその言葉しか出て来ないくらい本気で痛かった。


「いてててじゃないでしょ?2人でやって行こうって決めたんでしょ?だったら最後まで2人で決めなさいよっ!タケルの悪い所は、ずぅ~っと後ろを見てる所だよ!何で前見れないの?後ろ見てて何かいいことあるの?なんでそんなに弱いのよっ!」


舞花の言葉は誠也の言葉と同じくらい僕に突き刺さって来た。この2人はいつでも前向きな考えが出来るのに比べ、僕はいつまで経っても前向きと言う考えが出来ない人間だった。

このまま3年生になった時、僕はどうなるんだろう?

 ・・・いや、どうにもなってないと思う。何も変わらないまま3年になり、卒業するだろう。何の希望もないまま・・・。

 少し前までは僕もプロのギタリストを目指してたっけ。いつからその夢が消えたんだろう?


思い出せなかった。


 僕が黙っていると、舞花が突然歩き出した。もちろん僕の腕は掴んだままだった。


「いてててて!どこ行くんだよ!離せ!」


僕は斜めになり半ば引き摺られながら舞花に連れて行かれた。何度も何度も手を離せと頼んでも舞花は完全無視状態で僕を引き摺った。


 しばらく引き摺られ、ようやく舞花は足を止めた。

そこは病院だった。


「病院?」


まさか舞花は僕の根性を叩き直せる科を探すつもりか?


「私の家!」


舞花が言った。


『何?舞花って病院長の娘だったのか?』


目の前にある病院は、全国でも知らない人はいないだろうというくらい有名な大学病院だった。その病院の院長の娘だったなんて全く知らなかった僕はただただ驚いた。


 僕が驚いていることなどお構いなしに舞花は僕を再び引き摺り病院の中に入って行った。夕方だと言うのにまだまだ患者で溢れ返っている。その中を慣れた歩調でズンズン進み、エレベーターの前に立った。


『上』のマークを押し、エレベーターを待ちながら、


「根性叩き直してやる!」


舞花はエレベーターの方を向いたまま、でも明らかに僕に対して強い口調で言った。その口調は、今まで感じた事がないくらい背筋に寒気を感じた。


『なんだ?この感情?』


身震いしている僕などお構いなしに、到着して開いたエレベーターへと僕は連れ込まれた。


エレベーターの中は僕と舞花の二人きりだった。僕はこんなに緊迫した状況だと言うのに、いらぬ妄想が・・・いや、これはもう妄想ではなく現実になりそうだとさえ確信していた。それは・・・


~舞花とのキス~


僕も誠也も初っ端からハッキリ振られていた。でも諦めの悪い僕は振られてもまだ舞花が好きだった。それが恋愛感情なのか友情なのか、正直良く分からなかったが、こうして2人きりになるとやはり男。誰にも邪魔されず、しかも幸いにも舞花は僕の腕をずっと握ったまま。距離は十分チャンスのある距離だ。掴まれていない方の腕で抱き寄せれば簡単にキスくらい出来る位置にいた。


『何階まで行くんだろう?キスした瞬間ドアが開く・・・じゃ、バツが悪いし。』


僕は舞花に尋ねた。


「何階まで行くの?」


舞花は、黙ったままだった。


『おいおい・・・答えてくれなきゃ僕の計画がぁ!』


舞花がどんな事を思っていたのか想像も出来ず、僕は一人で勝手に盛り上がっていた。そして、


『何階に停まってもいいやっ!今しかチャンスはない!』


なんの根拠でそんな事を思ったのか、僕はこのチャンスを逃したらもう舞花とはそう言う関係になれない気がしていた。そして、一気に舞花を僕の方へと抱き寄せた。


舞花の驚いた顔が僕に近付いて来た。僕はためらうことなく抱きよせ続けた。


舞花の柔らかい唇が見事に僕のゴワゴワの唇へとくっついた。


『やったっ!舞花とキス出来たっ!』


僕はすぐに舞花の頭の後ろに手をまわし、唇がすぐに離れないようにガードした。舞花は抵抗することもなく事態を受け入れた。そして、驚いた事に舞花の腕が僕の背中へとゆっくり回って来たのだ。


 僕をゆっくり抱きしめる舞花の腕。僕は夢を見ているようだった。今までずっと我慢していた舞花への想いが、今受け入れられた。

 僕は舞花を壁に押し付けた状態で優しく背中に手を回した。


 まるでエレベーターの中の時間が止まったようだった。いつまで経っても止まらず、どの階からも人が乗って来ない。


『きっと自宅は病院の最上階なんだろう。』


僕は勝手にそう思っていた。


 しばらくして舞花から唇を離した。


「もうドア開くから・・・」


さっきまでの般若舞花が、今は天使に見える。ものすごく可愛かった。


僕は黙って頷き、舞花と同じようにドア側に身体を向けた。


しばらくしてドアは静かに開いた。目の前に広がった光景を見た僕は驚きのあまりその場から動けなくなった。


ドアが開くまでの幸せな気分が一気に地に落とされた!


そんな気分だった。


「降りて・・・」


舞花の声は天使のままだった。でも目の前の状況に僕は降りる事が出来なかった。

 動けない僕の腕をもう一度掴んだ舞花はそのまま僕をエレベーターから引っ張り出した。


「ここが私の家。」


舞花が自分の家だと言う場所・・・

それは、紛れもなく病棟だった。

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