第7話【キスの花1】
僕たちはそれから、何かするたびに三人で行動するようになった。この三人でいるのがとても自然で心地良かったからだ。
ただ、気になることがあった。
それは、舞花は週末だけは絶対に逢わないのだ。理由を聞いても、
「週末は家で猛勉強なの♪」
と答えるだけで具体的に何の勉強をしているのか、何のために猛勉強などするのか、などは一切明かさなかった。
考えたら僕は舞花の何も知らない。何処に住んでいるのかも、どんな友達がいるのかも、将来の夢も、それから・・・
好きなタイプも・・・。
舞花は僕たちの事を聞き出すのが上手い。
おそらく僕たちは聞き出されるままに答え、舞花に個人情報をさらけ出しているだろう。しかし、僕たちが何気なく舞花に投げ込む質問はいつもさり気なく交わされてしまうのだ。
“もっと舞花の事が知りたいっ!”
僕はその気持ちが逢うたびに募って行くのを感じた。
そんなある週末。この日は久々に僕たちの路上ライブが予定されていた。僕たちはいつもの駅前の場所をキープし、準備を始めていた。五人でやっていた頃には、楽器をセットしているだけで人が集まって来ていたが、今は僕のギター1本と誠也のマイク、そしてアンプのみ。大袈裟な準備などないから準備の間に人が集まる時間もない。その場に行けば10分もしないで始められてしまうのだ。
僕たちは準備を完了させ、舞花と出会ってから出来上がった曲を順番に歌い始めた。今ではホームページで告知しても以前のファンは来なくなった。つまり、僕らを盛り上げてくれる観客はいないのだ。通りすがりに聴くだけの人、わざとらしく足早に通り過ぎる人、立ち止まってはいるが何やら携帯で僕たちの事を笑いながら話してる人。きっと、路上ライブなんて・・・とバカにしてる内容の電話なんだろう。これじゃ経験値どころか、過去にすがっている自分たちを再認識するだけのライブになってしまいそうだ。
僕はそんな邪心を抱きながら演奏していた。邪心はすぐに音に響いて来る。誠也は僕の邪心をしっかりと感じていた。5曲の演奏が終わった後、少し休憩を入れた際、誠也は真っ先に僕の所に文句を言いに来た。
「やる気ないなら帰れ!お前、曲に集中出来ないっ!久々のライブだってのに!音が全然響いてない!」
僕は、誠也の言葉に反論する材料もないまま黙っていた。いつまでも黙っている僕を見た誠也は、
「何考えてんだ?」
と、今度はさっきの口調より数段優しい口調で聞いて来た。以前の誠也ならいつまでもドスの利いた声で罵声を浴びせ続けただろう。誠也自身は、確実に現実を見、それに対応し、成長し続けている。そんな誠也を見ているだけで自分がダメな人間に思え、また黙り込んでしまう僕がいた・・・。
「あと5曲、どうするんだ?」
誠也は黙ったままの僕に聞いて来た。
「やるよ。」
僕は蚊の鳴くような声で答えた。それに対して誠也は、
「なら気持ち切り替えろ!2人になってからのライブは初心に帰ってやらなくちゃ!そこから進歩して行くつもりでいなくちゃダメなんだよ!過去の栄光に縛られてたら伸びねぇよ!」
誠也の一言一言が僕の胸に突き刺さる。感情だけで文句を言っていた誠也が、すべて正論で攻撃して来るのだから僕には反論するすべがない。
「すまん・・・」
我ながら情けないが、そんな弱々しい言葉しか浮かんで来なかった。
休憩を終え、僕たちは再び演奏を始めた。
後半は、少し音を抑えた曲を揃えた。音が抑えられている分、誠也の歌に僕がハモらせる部分が多い。ハモりがきれいにハモらない歌ほどみっともないものはないのだ。だから誠也は休憩中に気持ちを切り替えろと言ったに違いないが、頭では分かっている事なのに、どうしても心が切り替われないでいた。これじゃ、ライブも台無しだ!焦りの気持ちも手伝って、僕のハモりは最低最悪なものになってしまった。誠也はもう何も言わなかった。最後まで演奏し、挨拶をした後は手早く片付けを済ませ、
「反省会はしない。自分で反省してろ!」
と言うと、そのまま僕を残して帰ってしまった。誠也が怒るのも当然だと思い、僕は誠也を引き留める事は出来なかった。
その日以来、誠也は学校でも僕に声を掛けて来なくなった。スタジオには行ってるのか分からないが、僕はスタジオに行かなくなった。
僕たちの様子を見ていた舞花が、ある日僕を校門の所で待っていた。
「今日も練習に行かないの?」
舞花に言われ、僕は黙って頷いた。
「このままホントに解散しちゃうの?」
舞花の口から『解散』と言う言葉が出て僕は驚いた。
「誠也が言ってるのか?」
誠也はもう僕とは一緒にやれないと判断しているのかもしれないと思った途端、無性に寂しさが込み上がって来た。
「私の勘♪誠也が言ってるわけじゃないけど、なんとなく誠也も考えてるんじゃないかなぁって思って。最近、スタジオでもボーっとしてる事が多いのよ、誠也。あのスタジオの契約も今月で終了なんでしょ?更新するかどうか迷ってたよ。」
スタジオの契約更新・・・
そう言えば、あのスタジオは1年契約で、契約満了月中に次回契約をしなければ更新させてもらえないんだった。
今までは年上の女性ファンが年間分を払ってくれていたから僕たちがあのスタジオの賃料を支払った事はなかった。しかし、そのファン達も最近はライブを見に来ないし、まして一緒にデートしてほしいと誘っても来ない。もう僕たちには興味がなくなったのだと言う事は明らかだった。
つまり、そのファン達が賃料を払ってくれるなんて事は現状ではあり得なかった。
高校生の僕たちが年間分、そして更新料などを払えるわけがない。あのスタジオを更新出来る手段はもうない。
「ちょっと!何、他人事みたいな顔してるの?誠也と相談しなくていいの?」
舞花は顔に似合わず口調がキツくなる時がある。しかもそのキツい口調の時には当然顔も般若に見えてしまう(もちろんそう見えるのは僕にその口調が突き刺さる要素があるからだろうが)。
「相談は・・・しなくてもいいよ。僕には支払い能力なんてないし、誠也が払えないなら更新は出来ないだろ?僕がそう言ってたって誠也に伝えてくれよ。解散するならそれでもいいって伝えておいてくれよ。」
僕はそう言うとその場から足早に離れようとした。このままここにいてはまた舞花に何か言われると思ったからだ。
が、僕が離れる前にあっさりと舞花に捕まってしまった。
「ちょっと待った!」
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