第6話【心地いい花】

 昨夜はあんなに落ち込んでいたと言うのに、今朝は何故かスッキリした気分だった。所詮、僕の恋愛なんてこんな程度のものなんだ。色んな妄想が先走っただけ。冷静になれば、舞花が誰を好きであろうと別に関係のないことだと言う事が分かった。


 あの歌詞のおかげかな?

あの歌詞にはどんな曲が付いているんだろう?

今の僕は、舞花の事よりもあの曲が気になって仕方がなかった。



 学校に着いた僕は、いつもならその足で誠也のクラスに行く。でも今日の僕は何となく行く気になれなかった。朝は誠也と舞花の事なんか気になっていなかったくせに、やはり学校に近付くにつれ心の何処かで何かが引っ掛かって来たからだ。

 誠也のクラスを素通りすると、誠也の方が僕に気が付いて廊下に出て来た。

「タケル!」

誠也に呼び止められ仕方なく僕は足を止めた。

「昨日は悪かったな。あのあと舞花に怒られたよ。」

誠也は悪気なく舞花との仲を見せつけた。僕は、黙っていた。僕の気持ちなど何も考えずに誠也は続けた。

「自分が入る事で俺とタケルの仲が崩れるならもう練習は見に行かない!二人そろっていい曲を作って練習してる姿が好きなのに!って。お前、俺が舞花とばっか喋ってるのが気に入らなくて帰ったんだよな?お前には俺と舞花を応援してもらいたいんだ。だから今までの関係が崩れるのは嫌なんだ。」

まったく勝手な事をつらつらと言いやがって・・・と僕は思っていた。

俺と舞花を応援しろだ?ふざけた事言ってんじゃないよ!と心の中で僕は叫んでいた。が、もともとの性格なんだろう・・・本心とは裏腹な事を口にする性質はこんなに腹が立っていても変わらなかった。

「お前、舞花と付き合うことにしたんだ。良かったな。喋りたいって言ってただけだったのに急展開で。」

おそらくかなり素っ気なかったと思うが、誠也は僕の言い方なんかまるで気にならなかったらしい。

「俺さ、昨日あれから舞花に告ったんだよ。」

ほら来た!

やはりあの状況で誠也なら積極的に行くと思っていた。どうせ舞花だってOKしたんだろう。

「そうか。良かったな。」

僕は文字を覚えたばかりの小学生が教科書でも読むかのように無感情で言った。

「何が?」

誠也の返事は予想外だった。

「何がって・・・舞花と付き合うことにしたんだろ?」

僕が尋ねると、

「断られたさ。」

と、またまた予想外の返事を誠也はして来た。

『断られた?舞花は断る理由があるのか?もしかして既に付き合ってる奴がいるとか?それとも実は僕の事が・・・』

誠也の返事に僕はまた暴走を始めようとしていた。まったく僕はどうなってるんだ?今朝まで気になっていたあの曲が、今は頭の片隅に追いやられて『舞花』と言う存在が再び支配している。理性など全くない本能だけで行動してるみたいじゃないか?と我ながら呆れた。

「舞花・・・誰とも付き合う気がないんだとさ。俺たちの練習を見に来てるのも、単純に曲が好きだからなんだと。俺たちの中に目当てがいたわけじゃないんだとさ。俺たちは恋愛の対象にはならないんだとさ。」

誠也は続けて経緯を話した。

『なんだ・・・僕が本命ってことじゃなかったのか・・・』

思いの他落胆してる自分が滑稽に思えた。いつから僕はこんなに自意識過剰になっていたのだろう?

 僕が色々考えていると、後ろから肩を叩かれた。

「おはよぉー♪昨日勝手に帰っちゃって!ものすごく気分悪かったんだよ。」

朝にピッタリの透き通る声。

舞花だった。

 舞花は相変わらず屈託のない笑顔で声を掛けて来た。一昨日までは同じ学校にいることさえ知らなかった存在が、分かってしまうとこんなに毎日のように学校で逢う事が出来るものなのかと僕は思った。

 舞花は僕に声を掛けた後、誠也にも声を掛けた。

「おはよぉー♪昨日はごめんね♪でもその気もないのに付き合えないでしょ?私ね、誠也とタケルとは恋愛感情抜きで付き合いたいのよねぇ。男女の友情って信じないタイプ?」

舞花に言われ誠也は、

「俺は信じないな。男女間に友情なんて成立しない。有るのは愛情だけだ。」

そのまま曲に出来そうなくらい普通じゃ言わないようなセリフだった。だが、誠也を見ると至って真面目に言っている顔をしていた。それがまたおかしくなった。

クールと言う言葉がピッタリの誠也が、舞花の前では懸命に背伸びをしているように見えたからだ。あれだけの年上の女性を相手にしても怖気づかない誠也が、舞花の前では必死なのだ。おそらく今までフラれた事などなかっただろう誠也の初めての挫折・・・と言ったところだろう。

 しかし、僕は不思議な感覚に襲われていた。舞花は、僕たちに恋愛感情はないとハッキリ言ってる。それは事実上フラれたのと同じ事だ。もちろん僕は告白をしたわけでもないから僕の気持ちを舞花は知らない。間接的に僕たちとは恋愛関係にはならないと聞いたケースだが、フラれたと言うのに僕の心は何故かものすごく心地良さを感じていたのだ。フラれて心地いいってのもおかしな話だが、その言葉がピッタリの気持ちでしかなかった。舞花と言う女は不思議な魅力があるのかもしれない。僕は、別にどんな感情でもいいから舞花のそばにいたいと思った。舞花がいるだけで僕は気持ちが穏やかになっているのを感じた。


 誠也はどんな気持ちでいるんだろう?フラれたと言ってる割りには、やはり穏やかに見える。プライドの高い誠也がフラれた事を僕に伝える事自体が今までにはないケースだ。ま、最も今までにフラれた事がなかっただろうからそんな報告をすることもなかった・・・と言う事もあるが。

何かに挫折しても、その弱みを人には見せず陰で自分なりに格闘し消化して来た誠也があっさりと挫折を僕に話すこと自体、間違いなく誠也の中の何かも変わったということになる。


 僕と誠也は舞花のおかげで何か大切な物を手に入れようとしているのかもしれない。それが何かはまだハッキリとは分からないが・・・。

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