人狼の失恋に学ぶ!事実とフィクションの境界線
アベット:それでは栄えある第一回の対談相手は、クォーター人狼のザックさんです。よろしくお願いします!
ザック:ガルルルル……
アベット:ザックさん、牙出てますよ牙。
ザック:あ、ああ、すまねえな。気持ちが高ぶるとつい狼に変身しそうになってしまってな。
アベット:別に私相手に緊張する必要もなくないですか?
ザック:いやでもあんたさ、最初俺を一目見るなり斬りかかってきたじゃないか。俺、あのときはほんとに殺されるかと思ったんだよ。今でもあのときのことを思い出しちまうんだよ。
アベット:いや、殺されるかと思ったのは私の方ですよ!ザックさん、いきなり狼形態で林の中から出てくるし、ふつう襲われるかと思うでしょ。私の元いたヤーパンでは、「死なない方法は、殺されないことだ」って言葉もありますしね。
ザック:あのときは驚かせちまったな。でも本当はさ、うちで飼ってる羊が逃げちまったから探してただけなんだよ。
アベット:それだと余計逃げられるでしょ……人間の姿で探せばよかったのに。
ザック:羊がいなくなって慌ててたからな。それに狼形態のほうが足が速いし、すぐにあいつを捕まえられると思ってさ。
アベット:その「興奮すると狼に変身してしまう」って性質が、ザックさんが小説を書くきっかけになったんですよね。
ザック:最初は小説なんて大層なもんじゃなくて、ただやり場のない気持ちを書きなぐってただけなんだけど、ある時、俺の家を訪ねてきた薬草師の婆さんが机の上の紙片に目を留めてさ。これは王都の出版社に売り込んだらきっといける、こういうものを読みたがってる読者はたくさんいるって言ってくれたんだ。
アベット:そうして世に出たのがあの大ベストセラー『赤ずきんを抱きしめる日まで』なんですよね。
ザック:あんなに売れるとは思わなかったよなあ。吟遊詩人も全オーランドが泣いたとかなんとか宣伝しまくるし、結局王国文芸大賞なんてものまでもらっちまった。人間、生きてると何が起こるかわからないよな。いや人狼なんだけど。
アベット:実際できが良かったですからね。あのラストシーンで月明かりの下、ヘイリーが目を閉じてザックさんの抱擁を待つシーン、私は今でも目に浮かぶようですよ。人狼ザックはヘイリーの気持ちに応えたい、でも愛する彼女の前でたはたかぶる気持ちを抑えられず狼に変身してしまい、理性を失って彼女を傷つけることになる。ヘイリーの首筋に噛みつきそうになる自分を必死におさえ、ザックはその場に花束だけを残して姿を消してしまう。ヘイリーは最後に森の奥から悲しげな遠吠えを聞いた──というエンドでしたね。
ザック:本当はハッピーエンドにしたほうがいいかなと思ったんだけどさ、でも実際、人狼が人間を好きになった時点でうまくいかないんだよな。俺の実体験が元になっているからこそ、あのシーンを気持ちを込めて書けたし、それがヒットに繋がったんだと思うよ。
アベット:実はそこについてうかがいたいんですけど、あれってどこまでが事実なんですか?『赤ずきんを抱きしめる日まで』は自伝的小説って触れ込みですけど、全部が事実ではないですよね?
ザック:本当を言うと、俺は狼形態になっても理性を失うことはないんだ。俺は人狼っていってもクォーターだし、人間の血のほうが濃いから狼になれる時間も短いし、我を忘れて人間を食っちまうなんてこともない。
アベット:え、じゃあ、ヘイリーと別れなくてもよくないですか?
ザック:そうは言っても、姿は狼だからさ。いくらちゃんと理性はあるといっても、あの姿を受け入れてくれる娘はそうそういるもんじゃない。
アベット:でもそこはあらかじめ説明しておけば……
ザック:人間のあんたにはわからないだろうけどさ、俺達にもいろいろとややこしい事情があるんだよ。
アベット:その事情というのをぜひお聞かせ願いたいですよね。
ザック:いや、これ話すの?話していいのかな……
アベット:大丈夫大丈夫。言えばきっとすっきりしますよ。
ザック:本当か?じゃあ……まず、俺が彼女を傷つけたくなかったというのは本当だ。なにしろ、人狼は狼に変身すると、身体が大きくなって、身体能力が大きく向上する。全身に毛が生えて、頭は狼そのものになる。
アベット:それは私も知っています。
ザック:で、ここからが肝心なんだが、実は俺は狼に変身したあと、少し時間をおけば人間の姿に戻ることができるんだ。
アベット:え、そうなんですか?人狼は狼形態になると、しばらくそのままなんだとばかり思ってました。
ザック:多分狼の血が薄いからなんだろうが、気分を落ち着かせるよう努めれば、また人間の姿に戻れるんだよ。だから俺はヘイリーの前で狼になったあと、どうにかもう一度人間の姿に戻ったんだ。
アベット:なら何も問題なくないですか?人間同士なら別に……その時ヘイリーは目を閉じていたんだから、その間に人間に戻れたらいいわけでしょう。
ザック:俺がさっき言ったことを忘れたか?狼になると身体が大きくなる、って言っただろ。
アベット:ああ、つまり服が破けてしまうと……
ザック:そう、人間に戻ったら、俺は全裸だ。ヘイリーが目を開けたらどうなる?ある意味、狼の姿でいるよりまずいだろ。
アベット:何もかも台無しになっちゃいますね。
ザック:だから、俺は一度森の中に隠れざるを得なかったというわけさ。ヘイリーはそのことで俺が彼女を拒絶したと思ってしまって、あとはもう修復不可能……ってわけだ。
アベット:確かに、これはそのまま小説にするわけにはいきませんね。
ザック:だろ?だから俺としては、あれを事実だと思い込んでる人が多いって状況にはちょっと心苦しさもあるんだ。
アベット:とはいえ、作家は読者のために心地よい嘘をつくものですからね。何もかもそのまましゃべってしまえばいいというものでもない。
ザック:とはいえ、俺の体質がこうである以上、俺を受け入れてくれる娘がいるかどうかってのが悩みどころなのよな。
アベット:なら、いっそのこと最初から全裸でデートすればどうですか?
ザック:その方が余計に問題だろうが!お前、思いつきで適当なこと言ってるだろ!
アベット:た、食べないでくださいー!
ザック:食わねえよ!こう見えてもな、俺は菜食主義者なんだ。
アベット:え、人狼なのに?
ザック:王都のボサツ教徒に、肉を食うと獣性が増すって言われてさ。あいつらを見習って、少しでも狼臭さを消すように努力してるんだよ。俺だって、人並みに結婚くらいしてみたいからな。
アベット:でも、ザックさんを受け入れてくれる人だってそのうち現れますよ。そもそも、人狼の血を引くお母さんと人間のお父さんが結婚して、ザックさんが生まれたわけでしょう?
ザック:俺の親父はだいぶ変わってたからな。男たるもの、好きな女に食われる覚悟くらいしなくてはならんとかいつも言ってて。
アベット:それはかなりワイルドですね。
ザック:俺は女をとって食いはしないが、いきなり狼になったり全裸になったりするようなやつを受け入れてくれる娘がいるかってなると、まあ厳しいよな。
アベット:じゃあ、今度はザックさんの婚活体験記を文章にして売ればよくないですか?今、二作目を書くのに苦労してるんでしょう?
ザック:それな。処女作が思いのほか売れてしまったもんだから、次はあれを超えないと、なんて思ってしまう。余計なことを考えると手が止まるよな。
アベット:なら余計婚活したほうがいいですよ。いいお嫁さんがもらえれば執筆意欲も湧くだろうし、結婚できなければそれはそれで婚活体験記が長引いて本のネタに困らないし、どっちにしろいい事ずくめじゃないですか。
ザック:嫁がもらえたら愛妻日記を書いてみる、なんてのもいいかもな。オーランドも最近魔王軍と和平を結んだし、これから求められる人間と魔族の共存ってテーマも盛り込める。あんたはどうだい?愛妻日記と婚活体験記、どっちがいいと思う?
アベット:嫉妬する人がいないという意味では、婚活苦労話が長引くほうがいいでしょうね。この世界の人、すぐ幸福なものには爆炎を!とか言いますし。
ザック:俺が不幸でいたほうが皆喜ぶってことか?それ、まさかあんたの望みじゃないだろうな。
アベット:また牙出てる!食べないでください!
ザック:だから食わねえって言ってるだろ!
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