入学式2


 「これから、入学式を始めます。生徒の皆さんはお静かにお願いします」


 女性のアナウンスがホール内に響き渡る。


 「あっ、そろそろ入学式始まるね」


 「そうですね」


 壇上に一人の凛々しいキツめの印象を持つ黒髪の女性が立つ。


 瞬間、黙って座っていた生徒たちが再び騒ぎ出す。


 「あ!あの人!」


 「えぇ、やはり彼女が出てくるのですね。黒須時子くろすときこ……」


 「八色姓族カラーズの当主の一人だね」


 彼女の名前は黒須時子。日本のトップであり、この「天武学園」の学園長である。普段はお目にかかれないスター女優が現れた様に、生徒たちは興奮が冷めやらない。


 「もう一度言います。お静かにお願いします。生徒の皆さんは落ち着いてください!」


 少し語気が強くなるアナウンスの声だが、それをかき消すほどの声量となった生徒たちの話し声は全く収まらない。


 「静粛に」


 短いたった一言。少し低めの声は不思議と良く通り、最奥に座る私たちの元にもはっきりと聞き取ることができた。途端にその場が無音になる。


 「やっと静かになりましたか。浮かれている新入生ならまだしも、上級生たちまでも騒ぐとは嘆かわしい。一体何を学んでいるのか。そもそも常識として、人の顔を見て他人とのお喋りに花を咲かすとはこれからが心配ですね」


 辛辣な言葉は騒いでいた在校生たちによく刺さったらしく、気まずそうな顔を浮かべているのがわかる。そしてあらかた言い終わったのか、こほん、と咳払いをし、先ほどのアナウンスの女性に進行を促す。


 「で、では黒須学園長の新入生へのお言葉です」


 そう声が上擦った女性は、何とか次へと進める。


 「まずは新入生の皆さん、初めまして。入学おめでとうございます。 学園長の黒須時子です」


 八色姓族の当主である彼女はその肩書に恥じないほどの迫力がある。


 「これから、皆さんの新たな生活が始まります。楽しい事も、苦しい事もこれからたくさん経験するでしょう。この学園は、私たちの日常を一方的に奪い取ってくる『奇蟲』に対抗するための術を学ぶ場所です。間違っても堕落した生活ばかりするようにはしないでください」


 冒頭から中々な発言をする学園長。しかし、先程まで気を消沈させていた生徒たちは真剣な眼差しでその言葉を聞いている。やはり、雲の上の存在への憧れから直接言葉を貰えるのは嬉しいのだろう。


 「ただ、厳しい事ばかりで気を張り詰めていてばかりでは伸びるものも伸びません。様々なイベントも行います。貴方たちはこれから、様々な人たちと触れ合い、笑いあい、そして戦い合いなさい。大丈夫です。あなた方はこの学園を受験し受かってきた優秀な人材です。そんなあなたたちを私たちは、簡単に見捨てるつもりはありません。逃げようとも、この学園に来たからには、何が何でも卒業していただかなければなりません」


 何やら、矛盾したことを言っているが純粋に心配なのだという気持ちもあるのだろう。言葉だけを聞くとキツく聞こえてしまうが、そこにあるのは権力者の顔ではなく、まるで慈母の様な表情である。


 「何も脅しているのではありません。あなた方が心配であるからこそ、厳しい事を言ってしまうのです。我々、学園に勤める皆も上級生の生徒も、魔法協会、そして八色姓族は期待しています。あなた方のこれからの歩みに幸あらんことを。これで、私からの挨拶を終えさせていただきます」


 学園長がそう締めくくり頭を下げる。そして、ホール内は拍手に包まれる。数多くの生徒たちが今の挨拶に心打たれたようだ。そして、少しして拍手がやみ始めた頃にアナウンスが響く。


 「学園長ありがとうございました。それでは、続いて生徒会長からの祝辞です」


 壇上に上がるのは、肩にかかるほどに切り揃えられた紫色の髪色をしたキリッとした男子生徒である。


 「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。ご紹介にあずかりました紫廻器むらさきまわりうつわです」


 先の学園長程ではないが、またも生徒たちが少しざわつくが、学園長に言われた事を思い出したのかすぐに落ち着く。


 「今年は、八色姓族だけじゃなくて三色宮族サブカラーズも同じ時期にいる黄金時代なんだよね……」


 「八色姓族が揃う事は知っていましたけれど、まさか彼らまでもいるとは……」


 「聖那でも知らなかったことがあったんだね。会って間もないけど、頭良いイメージだから何でも把握してるものだと思ってたよ」


 「買いかぶり過ぎよ」


 小声でそんな取り留めもないやり取りをする。


 「僕の言いたいことは、ほとんど学園長に言われてしまったのでそんなに長い話はしません。この学園は、二学年に昇ると『クエスト』と呼ばれるものを受けられるようになります。これは、当校を受験する段階で知りえていることだとは当然思いますが、一応簡単に説明します」


 そう言って、会長は一度息を整える。


 「『クエスト』とは、本来学園を卒業した後に魔法協会に属する人たちが、脅威である『奇蟲』の調査・討伐などを行う際の仕事の様なものです。それを在学中にも、優しいものからこなし、少しずつ慣れていく為に実技学習として取り入れています。いくら優しいものと言っても、やはり敵と戦う事には変わりありません。毎年必ず死人が出ています」


 この学園を受験するときからわかりきっていたこと。しかし、改めて言われてしまうと実感してしまう。もしかしたら自分も、と。


 「しかし、逃げないでください。皆さんは戦う事を選んでこの学園に来た勇敢な戦士たちです。人類の明日は私たちの手にかかっていると言ってもいい。怖がらないでください。上級生が貴方たち下級生を全力でサポートします」


 生徒会長に、しかも三色宮族の次期当主にそんなことを言ってもらえた新入生は先ほどの沈痛な面持ちから一転、喜色に満ちた顔をしている。まるで茶番劇のようであった。


 「結局長くなってしまいましたね。申し訳ありません。それでは、これで終わります」


 終わりの拍手は、学園著の挨拶の時と変わらぬ程送られている。


 「最後に、新入生代表の挨拶です」


 そして、壇上では赤髪を短く揃えた活発そうな男子生徒が学園長に対面する。


 因みに新入生代表の挨拶も例のごとく大盛り上がりなのであった。


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