本編
ある日の夕暮れ時のことだった。
なんだか表情の暗い男の子・・・六、七歳ぐらいだろうか。連れているご両親と思わしき二人も不安そうな、パークに似合わない顔をしている。
ぎゅっと開いていた手を握って力を込める。
こういう時こそ、今まで磨いた腕の見せ所。いつものようにぱっと笑わせ、明るい雰囲気になってもらう。
「隠れ身の術・・・」
先程と同じように、体を背景に溶け込ませて音を立てぬように近づく。そろりそろりと慎重に。
あと数メートルというところで、急に男の子がこちらを振り返った。
思わずビクッとする。見えていないはずなのに確かにこちらを見ている。力の無い、氷のような目付きをこちらに向けて離さない。
(大丈夫・・・見えてないはずでござる・・・)
目線に釘付けにされたように体が動かなかった。しかし、男の子は不思議そうな顔をして元向いていた方向に顔を戻す。その様子を見て胸をなでおろし、また音を立てぬように彼に近づく。
とん、とん。
肩を叩けば男の子は振り返る。そして、お決まりの。
「いないいない〜・・・」
きょとんとしている。空中から声が聞こえたらそうだろう、普通は無いことだ。
「ばぁ!でござる!」
いつものようにタイミングを合わせ、隠れ身の術を解く。
「・・・」
おかしい。反応がない。きょとんとしたままで、笑う様子も泣く様子もない。それどころか、驚いた様子もない。どちらかといえば後ろのご両親の方がびっくりしている。今までに無かったパターンなので、どう対応すべきかもわからない。
お互いに硬直したままの静寂がしばらく続いた後、男の子が口を開く。
「・・・どこ?」
あれ?ひょっとして拙者の術が解けてない?
しかし、手を見るとちゃんと見えている。体だっていつもの服が見える。
「こ、ここでござるよ?」
目の前で手を振ってみる。それでも理解した様子は無い。それどころか、手を目で追うことすらしない。困っていると、ふいに後ろで悲しそうな顔をするご両親が見えた。
「ごめんなさい、少しお話しても・・・」
母親と思わしき人に声をかけられたので、男の子から目線をそちらに変えて「大丈夫です」とサインを送る。
「実は・・・」
最初、呑み込むのに時間がかかった。その女性が放った言葉が現実のこととは思えなかった。
普通、フレンズはフレンズ化した時点で健康な体を授かり、大怪我をしてもきちんとしたサンドスターの供給があれば障害どころか傷も残らずに治癒する。確かに時間は必要だが。
だが、ヒトはそうではないらしい。
この子は、目が見えない。
そう、母親は言った。太陽のようなとても強い光なら微かに分かるが、そうでもないと全て真っ暗に見えるそうだ。当然、さっきの拙者のことも見えていなかった。それなら隠れ身の術を解いてもきょとんとしていた理由がわかる。
「ごめんなさいでござる、事情も知らずに・・・」
「いいんだ、慣れてるから」
謝ってみても男の子は何も思っていないようで傷ついた様子は無かった。それどころか逆に拙者に謝らせたことを申し訳なく思っているようにすら見えた。
「どうしてジャパリパークへ?」
男の子の頭を撫でながら質問してみた。
答えとしては、「男の子を元気づけるため」。どうやら彼は昔からジャパリパークに来たいと言っていたそう。しかし、両親の都合で今まで来れなかったそうだ。
そうしているうちに、事件が起きた。
男の子は、居眠り運転の車に跳ねられてしまったそうだ。幸いにも命に別状は無し、だったが障害が残った。
それは目。それ以来、男の子の目は光をほとんど感じなくなった。
ひたすら落ち込む彼を元気づけようと、多少無理をしてスケジュールを空けてここに来たそうだ。滞在は、今日を含めて三日間。
「そうでござったか・・・よし、よーし・・・」
ポツリと呟いて、話を聞きながら考えていたことを決意する。
「ボク、お名前はなんというのでござるか?」
「ミチオだけど・・・」
「ミチオ君、拙者が一緒にジャパリパークを回ろうって言ったら、どうするでござるか?」
結果は是。
両親の方も、少しの話し合いの結果OKを出してくれた。明日の朝、彼らの宿泊するホテルに迎えに行き、ミチオ君を連れてジャパリパークの名所や彼自身の行きたいところを巡る。
何故このことを思い立ったかというと、何故と一言では答えられない。ただただ、悲しそうな彼を見ると心が痛み、さらに目のことを聞いて元気づけてあげたいという気持ちがより強くなったから、というのが一番の理由だろう。
「よーっし、明日は頑張るでござるよ!」
意気込んで、布団に入った。
翌朝。予定していた時間にホテルの前まで来ると既に彼らが待っていた。
「おはようでござる!」
「おはよう・・・えと・・・」
「あ、自己紹介がまだでござったか・・・拙者はパンサーカメレオンでござる!」
「えと、パンサー・・・?」
「いや、難しかったらなんでも大丈夫でござるよ」
「じゃあ・・・お姉ちゃん?」
「お、お姉ちゃん・・・大丈夫でござるよ、ミチオ君!」
そんなやり取りをして、近くの時計を確認する。
「ああ、バスの時間が・・・それじゃ、本当に拙者がミチオ君のことを・・・?」
「ええ、大丈夫ですよ。この子に思い出作らせてあげてください、お願いします」
「じゃあ・・・行ってきます!」「行ってきます」
ご両親に再確認を済ませ、ミチオの手を握って歩き出した。
拙者の計画では、バスでまずアクセスの良いところまで行く。そこからならどこに行きたいと言われても対応出来る上、おまかせと言われてもオススメスポットまで近い。そういう理由で、園内バスに乗り込んだ。
「・・・どうして、お姉ちゃんはそんな喋り方なの?もしかして忍者?」
バスに揺られながらミチオ君が質問する。
「ふふふ、そうでござるよ〜?拙者は忍者でござる!」
と、答えたが本当のところは忍者のことについてはよく知らないし、ただ、フレンズ化した時からこの喋り方、忍者のような服装に加えて忍者道具も持っているのでそういうことにしておく。
「じゃあ、忍者のお姉ちゃんだ!」
「え、ええ?確かにそうでござるが」
「忍法とか使えるの?」
「まぁ、少しだけ・・・」
「すごいすごい!本当に忍者なんだね!」
「ま、まぁ・・・」
嘘をついている気分だが、楽しそうなのでそうしておく。そういうことにしておく。しかし、今ので随分打ち解けた。
「ミチオ君は、行きたいところとかはあるのでござるか?どこでも行けるでござるよ?」
「うーん・・・本当は色んなところに行きたいけど見えないからあんまり。お姉ちゃんのおすすめでいいよ」
「そうでござるか・・・じゃあ、拙者のおすすめプランで行くでござるよ!」
そんなわけでバスを降り、歩くこと数十分。
たどり着いたのはコンサートホール。今日は運がいいことに、のど自慢や楽器が得意なフレンズが集まって音楽会をしている。目が見えないミチオが楽しめるように計画したプランだ。
「今からどこ行くの?」
「ふふふ、今から行くところは色んな音楽が聴けるでござるよ〜?」
座席のシートに座り、開演を待つ。そっと彼の顔を覗き込むと、話している時には感じないもののやはり暗い顔をしていた。しかし、それを聞くのはいけないと思い、言葉はかけられなかった。
ビーーーーッ、と音が鳴る。開幕の合図だ。
ミチオは急な音にびっくりしていたが、その次の言葉に耳を傾けていた。
「ようこそおいでくださいました皆さん!本日はお歌のとっても上手なフレンズが集まる、ジャパリ音楽祭!どうぞお楽しみください!トップバッターはこの方、スナネコさん!」
そう言って歌が始まる。ミチオも聴き入っているようで、見えないはずの目でステージの方から視線を離さない。そんなうちに、一曲目のが終わる。
「ありがとうございました!お次は三人グループ、トキちゃんズさんです!」
そう言って次の曲が始まる。三人の声が合わさって綺麗な歌声を奏でている。ミチオはこの場所が気に入ってくれたようで、その歌も楽しそうに聴いていた。
それも終わり、次の曲。また次の曲。
そうやって時間は流れてゆく。
やがて終わりは来る。
「本日はありがとうございました!これにて、ジャパリ音楽祭、閉幕になります!皆さん、もう一度歌ってくれたフレンズの方々に盛大な拍手を!」
そのアナウンスで、会場に嵐のような拍手が響き渡る。ミチオ君も力いっぱい拍手をしていた。
会場を出ると、真っ先に口を開いたのは彼。
「楽しかった!」
「良かったでござる!ところで・・・お腹は減ってないでござるか?」
そう聞いた途端、彼のお腹がきゅーと鳴る。
会場に入るのが十時前頃、それに対して今が一時丁度なのでお腹も減るだろう。
「・・・へった」
「ふふふ、拙者もペコペコでござる。美味しいお店あるのでござるが、どうするでござるか?」
「行く!」
そう言って、お昼を食べに向かった。
バスなどを経由してたどり着いたのは寿司屋。回らない・・・ものを食べるお金は無いのでクルクルの方だ。
「お昼は何たべるの?」
「ミチオ君、お寿司は好きでござるか?」
「お寿司?すきだよ!」
と、喜んでくれたので決定した。回転寿司とはいえ、チェーン店では無い小さな店だが非常に美味しい。値段も手頃だ。
二人でテーブル席というのも申し訳ないので、カウンターに座る。ミチオには椅子が高いようで、足がブラブラしている。
「さ、何か頼むでござるか?言ってくれれば拙者がお願いするでござるよ?」
「うーん・・・なんでも」
「じゃあ拙者のおすすめを、ミチオ君が気に入るかはわからないでござるが」
そう言って、皿の回るU字型レーンのぽっかり空いた中央に居る大将に何枚か自分の好みのネタとメジャーなマグロなどを頼む。その間に緑茶をついで置く。
「お寿司って久々」
「そうなのでござるか?お腹いっぱい、満足するまで食べるといいでござるよ」
そんな会話をしているうちに何枚かお皿が差し出される。
「さ、いただきますでござる!」
「い、いただきます」
お皿を何枚か彼の前にスライドさせる。が、ふとあることに気がつく。
彼は食事の時どうするのだろう?そんなことを考えているとふいに声をかけられる。
「あ・・・お姉ちゃん、お醤油かけてもらっていい?」
「もちろんでこざる!」
カウンターの隅に置いてある醤油差しを取って、彼の前の皿にちょんちょんと中の液体を垂らす。
「大丈夫でござるか?手伝ったりした方が・・・」
「いや、だいじょー・・・だいじょ・・・ダメかも」
と、言うことで。
「あーん・・・でござる」
右手に箸を持って寿司を一貫挟む。
左手をもし落としてしまってもいいようその寿司の下に添える。
そして、開けている彼の口へ運ぶ。
ぱくんと勢い良く閉じた彼は、もぐもぐと顎を上下させて喉を鳴らす。ぱっと笑ってまた口を開く。
「美味しい!」
「ふふふ、次行くでござるよ?」
そうやって繰り返し繰り返し彼の口に寿司を運ぶ。
(少し恥ずかしいでござるが・・・)
咀嚼して飲み込む度に顔を明るくする彼。
(・・・かわいいでござる)
不思議な気持ちが胸の内に湧いてくる。母性本能とかから来る保護欲のようなものだろうか、愛おしくて愛おしくて、護りたくなる。
ぼーっとしながらまた彼に食べさせる手伝いをしていると、左の指先に妙な感触を覚える。
ネトネトして、温かい。そして・・・動いてる。
ハッとして瞬きをして目の焦点を彼に合わせると。
見えたのは彼の不思議がっている顔と、その口に咥えられている自分の左手。
「ふぁぁ!?ご、ごめんなさいでござる!?」
慌ててそれを引き抜くと透明な液体が糸を引く。自分でもよくわからないが猛烈に恥ずかしくなって、つい早口になってしまう。
「今の何?」
「ななななんでもないでござる!ほら、次は拙者のお気に入りでござるよ!」
左手を拭いてから次の一口を差し出す。
しかし、彼はすぐに口を開けずにジトッとした目付きで見えてないはずなのにこちらを見つめてくる。その視線で、余計に恥ずかしくなる。
「ふーん・・・あ、ごめん!次だね?」
その後は問題無く食事を進め、「あーん」の合間合間に拙者自身も食事を摂り会計を済ませて店を出る。
「美味しかったー!お腹いっぱい・・・」
「それは良かったでござる・・・うん」
「・・・どうしたの?」
「い、いや!気にしないで大丈夫でござる」
そう言いながら、まだ不思議な感触の後引く左手を眺めていた。
その後は、色んなところを巡った。
他のフレンズとお話をしたり、動物をと触れ合ったり。
そうしているうちに空もオレンジ色になってくる。
「今、夕暮れ?」
「そうでござるよ~、どうしてそれを?」
「見えなくても何となくわかるんだ、お日様が傾いてるって」
まだ産まれて十年も経たないとは思えない、真面目な顔でミチオは言う。
「さぁ、そろそろ戻らないとお母さん達が心配するでござるよ?」
そう声をかけると、どこに居るかわかるように繋ぎっぱなしにしている手に感じる圧力が強くなる。不思議に思って顔を覗き込むと、不安と悲しさが混じったような表情をしていた。
「・・・お姉ちゃんと、別れなきゃだめ?」
彼は本当に不思議だ。その澄んだ瞳でまっすぐとこちらを見つめてくる。光をほとんど感じない目とは思えない。
(そんな目で見られても拙者は・・・)
そんなこと考えて、歩道で立ち止まったのが悪かったのだろう。
すぐ側で、ドンっ、という鈍い音が起こり鼓膜を震わす。
「いたっ!」
「ああ・・・?坊主、てめーどこ見てんだぁ?」
側に立っていたのは身長180センチはあろうかというガタイのいい大男。ポケットに両手を突っ込み、くちゃくちゃと汚らしい音を立てて噛んでいたガムを道端に吐き捨てる。
「あ、あのその子は・・・」
「ぁ〜ん?フレンズが口出してんじゃねぇーよ、こりゃ人間サマの問題だ」
「ふぇっ!?」
肩を押され、物凄い力で跳ね飛ばされる。思わずミチオの手を離してしまい、尻餅をつく。
「お姉ちゃん・・・?どこ・・・どこ!?」
頼りの手の感触を失った彼はとても不安そうな顔で。
拙者はその瞬間、それを観ることしかできなくて。
「このガキ・・・目、本当に見えてねぇのか?」
大男が口を開く。ミチオの様子からその事を悟ったようだ。
「ハッハ!なぁんだ障害者サマか!わりぃ事したなァっハッハッハ!目が見えねーならおうちでオネンネしてな?」
そう言った大男は歩き出す。
「お姉ちゃんどこ・・・?」
まず立ち上がる。
次に、ミチオの手を握る。
「お姉ちゃ・・・ん?」
「大丈夫でござるよ、少しここに座って、待ってて貰ってもいいでござるか?」
「う、うん」
せっかく握った手だが、歩道に座らせてからゆっくりと離す。
そして、立ち去ろうとする男の背中に向き合う。
「待つでござる・・・」
「んァ?なーんださっきの奴か・・・お前も大変だなぁ?そんな出来損ないのガキの面倒引き受けて・・・」
何かが、拙者の中で切れる。
「・・・の子が」
初めての感覚だった。後に聞いた事だが、これを野生解放というらしい。
体の内から爆発的な力が沸いてくる。血の流れがわかる。ドクドクといつもよりずっと強く心臓が鳴り、今にも体が怒り狂い、暴れ回らんとするのを理解する。
しかし、それをしてはいけない。
「この子が!一体何をしたというのでござる!」
「はぁ。何もしてねーよ、でもなぁ?障害持ち、事実だろ?」
「それの何が悪いのでござる!何の権限でお前みたいなのがこの子を『悪』にすることが出来るのでござるか!」
「チッ・・・物分りの悪い、流石に動物だな」
男が振り返ってこちらに向かってくる。
気がついたら、口から勝手に呻く声が漏れていた。腹部に激しい痛みが走り、首がガクンと下を向く。見えたのは男の手。それに押されて、自分の腹が凹んでいる。
「ぅぅぅ・・・いっだぁ・・・」
「はっ、こんなもんか。じゃーな、ごくろーさん」
痛み故に倒れ込んだ拙者に、男は口から液体を吐きかける。べちゃりと拙者の頬に当たったそれは、不快な感触を強く残す。
「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん!」
どうやって探り当てたのか、倒れ込んだ拙者にぺたぺたと触る人が居た。もちろん、彼だ。
「ごめんなさいでござるミチオ君・・・拙者、何も出来ずに」
「そんなことないよ?お姉ちゃんたくさん怒ってくれたじゃん・・・」
ミチオは、先程のカメレオンの怒る様子をちゃんと聴いていた。見えなくても、恐ろしい影に対して必死に忍者のお姉ちゃんが抗議してくれるのを鮮明に記憶したのだ。
「お姉ちゃん大丈夫?さっき痛いって」
「大丈夫でござるよぉ・・・拙者、そんなに弱くないでござるから」
ゆっくりと立ち上がり、また手を握る。
「さぁ、もう帰らないと!」
「・・・うん。ありがとう」
ボソッと小さい声が聞こえる。
「どういたしまして、でござる」
帰り道。
バスにゆらゆら揺られながら、来た時と同じように話をする。
「実はね、目が見えなくなったのはもういいんだ」
真剣なトーンだった。
「僕、手術すれば目が治るかもしれないんだって。でも、治らないかもしれないって・・・」
「それで、昨日あんな顔を?」
コクリと頷く。話を聞いてみれば、もし手術をしてダメだったらもう尽くす手はないそうだ。つまり、失敗してしまえばもう目が治る未来は無い。その現実を見せつけられるかも知れないと思うと、手術に踏み出す勇気が出ないそうだ。
しかし、その勇気が無ければ永遠に治る可能性は0%だ。
「やっぱり、怖くて・・・」
「大丈夫でござる!拙者が付いてるでござるよ!」
「でも、お姉ちゃんパークの外まで来れないでしょ?そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・」
そうだった。こんなの口だけの上辺だ。何かいい物は無いか、ポケットを探る。
そして、探し当てたのは硬くて冷たい平らな物体。
それを手に取り、ミチオの手に握らせる。
「なにこれ?冷たい・・・」
「これは手裏剣でござる。安心して大丈夫でござるよ、尖ってない安全なやつでござる」
「手裏剣・・・これが?ギザギザして、ずっしり重い・・・」
「お守りでござる!これで離れてても、心で繋がっているでござるよ!」
「・・・うん!」
バスがホテルの前で止まる。予定していた時間丁度、ご両親もホテルの前で待っていた。
別れを済ませて、ホテルから立ち去る。
ミチオ君が泣いてしまったのは予想外だったが。
翌朝。
今日はミチオ一家がパークを出て本島に帰る日。昨日でお別れということにしておいたが、本当はご両親に出航の時間を聞いておいたのだ。
港に現れたミチオは、手に昨日あげた手裏剣を握りしめていた。その様子を見て、ちょっと嬉しくなる。
と。今日は一昨日とは違って隠れ身の術を使わずに。
とんとん。
肩を叩かれたミチオはくるりと振り返る。
そして、拙者は話しかける。
「おはようでござる、ミチオ君」
「お姉ちゃん!?なんでここに!?」
「昨日、実は時間を聞いていたのでござるよ、びっくりしたでござるか?」
「びっくりしたよぉ・・・ね、お姉ちゃんお耳貸して?」
にっこり笑った彼の横にしゃがんで、身長を合わせる。すると、コソッと耳元で囁かれる。
「次来る時は、絶対目見えるようになるから・・・そしたら、デートしよ?」
思わぬ告白。相手は小さな男の子だが、初めての経験に胸が高鳴る。だから、こうお返事するのだ。
「もちろん・・・約束でござるよ?」
すっと彼が一歩離れて声を出す。
「お姉ちゃん、今笑ってるでしょ」
「ふぇ!?何故わかったでござるぅ!?」
ニヤッと笑って彼は言う。
「見えなくてもわかるんだ」
そう言うと、彼は離れて行ってしまう。船に乗り込んだのを手を振りながら見送るが、彼には見えないのだろうが、気持ちは伝わってくれるだろう。
大きなこの船が、水平線に消えるまで拙者は海を眺め続けた。
・・・と、いうのがもう十数年前の話だ。
それ以来彼にはあっていない。きっと、拙者のことなど忘れてしまっただろう。
あの時あげた手裏剣。
今も同じものを持ち歩いている。
目は治っただろうか?それで幸せなら、拙者はそれでいい。どこかで平和に暮らす彼の姿を想像すると、幸せになる。反面、少し悲しい拙者が居ることも知っているが見て見ぬふりだ。
なんて考えていると、いつかのミチオのように悲しそうな顔をするお客様が一人。高校生・・・だろうか?
「隠れ身の術!」
そうやって、彼に近づく。
とん、とん。
くるり振り向く彼。どこか見覚えのある顔。
「いないいない〜・・・」
そう言うと、彼は目を丸くする。
「ばぁ!でござる!」
顔を見せた、次の瞬間。
ぎゅっと、彼に抱きしめられていた。
「ふぇえ!?ど、どうしたでござる!?」
「やっと・・・会えたよ」
変わってしまったが、聞いたことがある気がするその声。
もしかして。
「忍者のお姉ちゃん・・・僕だよ、わかる?忘れちゃったかな?」
そう。この呼び方をするのは彼一人。
「ミチオ君・・・?」
「そう、ほらこれ・・・まだ持ってるんだよ?」
ポケットからボロボロに角が欠けた手裏剣が出てくる。紛れもない、過去に拙者が渡したそれだ。
「こんなに大きくなって・・・」
「そうだね、もう何年前だか」
「目は・・・?」
質問すると、クスッと彼が笑う。
「お姉ちゃん、綺麗な髪色してるね?さ、約束だよ?デートしよ!」
「ふえぁぁ・・・良かったでござる」
今、どんな顔だろうか?にやけて、赤くなって、見られると恥ずかしい。そう考えると、勝手に体が透明に。
「あれ?お姉ちゃん透明になってるよ?」
「だって・・・恥ずかしくてぇ・・・」
と、言い訳をしていると透明なはずなのにキュッと手を握られる。
「ふぇ!?」
「見えなくても、何となくわかるんだ。見えないキミのこと。」
その手を握り返し、拙者は・・・
彼と、約束通りデートした。
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