第34話 1-34

 一足で間合いが狭まり、右から左に無造作に振り出された斧槍が、恐ろしい風裂き音を立てた。

 ――避けきれない……!

 先端速度が異常に速い。片手から繰り出されたとはとても思えないほどだ。まともに受けるのは得策ではないが、避けるのも難しい以上、そうするしかない。

 サカキは緋槍の刀身の根本を使い、狂王の刃を真正面から受けた。そのまま全てを受けはせず、後ろに飛び、破壊力を空中に逃がした。

「くっ……!」

 十メートル以上体が浮き、そして地に足が着くが、強大な慣性を殺しきれず、派手に地面を滑った。

 砂利撒き散らし、果てには大岩に背中を強く打ちつけ、ようやく動きが止まった。

 だが、休む暇は無い。視界の上方には、既に第二撃を構えた狂王の姿が見えている。

 右腕で大きく力を溜めた、上段からの打ち降ろし。重力も加味された轟撃が、全てを断たんと放たれた。

 今度は受けきれない。サカキは大岩に背が着いていることを利用して、背中で岩を押し、反動で体を丸め込め、前方に転がり逃げた。

 一回転の途中。視界の端では大岩が真っ二つに割れ、その断末魔がサカキの耳をやかましく叩いてきた。

 転がり終えると同時。振り向き様に斜め上空に斬撃を繰り出す。

 当てずっぽうで放った粗雑な一撃だが、その読みは当たったようだ。アルベルは、地面に刃を食い込ませた斧槍を片手で握り締めたまま、空中に身を置いていた。

 ちょうど武器を持つ右腕を狙う形となった。避けるためには武器を手放すしかない。

 そう思っていたが、それは見当外れだった。

 彼は武器を手放すことなく、逆に力強く握り締め、体のバネを全力で生かし、斧槍を己の足と変えて空に飛んだのだ。

 ――あんな避け方もあるのか……。

 その奇抜な避け方に、サカキの口から感嘆の声が出た。だが、体は次の攻撃に備えている。

 膝立ちの状態から足元に転がっていた岩を踏み込みに利用して、青鉄の床を飛び駆けた。

 縦に大きく割れた岩の隙間を突き進み、着地を終えたばかりのアルベルの背中へと、槍を突き出して突撃した。

あめえよ」

 疾風迅雷の一撃にも、アルベルは無造作に斧槍を突き返し、力で応えた。

 二槍の先端がぶつかり合う。武器に込められた魔力が飛び散り、赤と青の火花が鮮やかに輝き、闇を染めた。

 威力は互角。そう互いに確信すると、双方は潔く槍を引き、次の勝負に移った。

 サカキは緋槍を両手で持ち、後ろに強く溜めた。刃の波を魔力光が沿い、一際強く輝いた。

 先に動いたのはサカキだが、身体的、武器ともに相手の方がリーチは上だ。

 アルベルは、特に細工さいくもすることなく斧槍を乱暴に突き、先手を取った。

 尋常ではない狂王の膂力。それはいい加減な攻撃でも必殺のものとなる。

 被弾を許容するわけにはいかない。だがサカキは左肩を前に突き出し、後ろに武器を構えたまま微動だにしなかった。

「……ッ?」

 天性の勘からか。その行動を不審に思い、アルベルは突き出した槍を途中で止めようと腕に力を込めた。

 しかし、一歩遅かった。

 刹那の一瞬にサカキが動き、緋槍の持ち手の石突きで、斧槍の先端を鋭く払ったのだ。

 練り込まれた重撃にアルベルの重心が揺らぐ。その隙を襲うのは、【爆撃】の魔力をまとった緋色の轟刃だ。


 爆撃系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク【リアクティブ・ブラスター】


 一撃目で相手の攻撃をいなし、体勢を崩す。そして必殺の二撃目で相手を葬る。いままで多くの難敵を倒してきた、サカキの得意技のひとつだ。

 だがその必殺のカウンターも、すんでの所で上体を反らされ、避けられてしまった。

 ――これを避けるのか……!

 戦闘開始から驚きの連続だ。世間一般のファウンダーとは、あきらかに動きのレベルが違う。

 だが、感心している場合ではない。そのまま側方に宙返りをして逃げようとする相手に、サカキは一歩踏み込んで追撃を開始した。

 好機だと思われたそれは、しかし罠だった。アルベルは器用にも、空中で逆さの状態のまま斧槍をなぎ払ってきたのだ。

 踏み込んだ瞬間を狙われた。回避は間に合わない。

 サカキは刀身を盾にして、衝撃に備えた。

 衝突。

 重厚な応力にアバターの骨が軋み、そして受けきれず、サカキの体は横に吹き飛ばされた。

 ――やられた……!

 迂闊だった。「隙を狙うその瞬間こそが、己の最も大きな隙となる」と、あれほど師匠に言われていたのにも関わらず、功を焦ってしまったのがこの様だ。

 舌打ちのひとつでもしておきたい気分だが、そんなことをしている暇は無い。吹き飛ぶその身の先には、人四、五人分ほどの高さの岩板が、座して待ち受けているのだ。

 空中で体勢を立て直し、足で岩を蹴る。

 岩板は、蹴られたことによって派手に倒壊し、破片を撒き散らした。

 サカキは、着地のためにそのまま身を翻そうとして、――気配を感じ、天井を見上げた。

 白装の青年が、その長大な斧槍の切っ先をこちらに向けたまま、まっすぐ飛び降りてきたのだ。

 唸りを上げ、斧槍が迫り来る。

 串刺しの格好で突き出された刃の先端を、緋刃の流線形状を利用してなんとか受け流す。

 金属と金属を擦り合わせた不快な高音が鳴り、摩擦熱に火花が踊り散った。

 しかし、このままでは地面に叩きつけられてしまう。サカキは己を襲う直線の力を遠心力に変え、ついでにカウンターとして蹴りを繰り出した。

 それもあっさりと狂王の左腕に受け止められた。だが、それでも構わなかった。反発力で互いの体を引き離し、地面に横滑りぎみで着地した。

 さらなる追撃を警戒したが、アルベルは動く気はないらしい。

 サカキが一呼吸つくのを確認すると、逆に、感心した声をかけてきた。

「ようやく思い出したぜ。お前、【紫炎の操者ヴァイオレットランサーのサカキ・ソーマ】だろ?」

 その発言は、サカキには意外だった。

「へえ……俺を知ってるんだ? あの【狂王オーバーロード、アルベル】に覚えてもらえるほど、俺の名前はそんなに有名じゃないはずなんだけどね」

「いや、テメェの名声自体はたいしたことねえ。有名なのはテメェの【栄誉能力クエストルーン】の方だ」

「思い違いすんじゃねえ」とアルベルは目で威圧し、鋭い空気を匂わせた。

「属性の性質を変容させるクエストルーン、【紫炎の操者ヴァイオレットランサー】。あの扱いの難しい【深遠】属性を操り、ほかの属性と練り合わせ、その力を意のままに操る殲滅槍の使い手。ほかの奴らより珍しいモンが揃ってるからよ、オレもちょいと覚えてただけだ」

 そして実際に手合わせをして、サカキの実力が知れたのだろう。アルベルは一層の興味を見せた。

「お前、噂よりやるじゃねぇか。中央のランクだけのボンクラどもでも、お前みたいに動けるヤツはなかなかいなかったぜ」

「それはどうも。――で、もうお開き? まさか、そんなわけはないよね?」

 サカキは口角に笑みを浮かべて余力を見せ、その話に興味は無いと、続きを催促した。

 これは虚勢でもなんでもなかった。最高位のファウンダーと手合わせできる機会など滅多に無いのだ。戦士として上を目指す者ならば、こんなチャンスを逃すような勿体無いことは絶対にしない。

 その意思が明確に伝わったのか。アルベルの顔に、好奇とも、そして若干の同情とも取れる色が見えた。

「……テメェも大概に戦闘バカだな。そんなに強いヤツと戦いてーのか?」

「そんな当たり前のこと、いちいち返事を聞く必要がある?」

「ハッ! 確かにな! 気に入ったぜ。お前、ウチの連盟に入る気はねぇか? テメェくらいの実力なら、ナンバー三くらいから始められるぜ?」

 愉快そうに提案してくるアルベルに、しかしサカキは、

「何それ? 負けそうだからって勧誘? そうだったら奇抜な命乞いだね」

 特に感慨無く皮肉で返した。

 その言葉に、アルベルは怒りもせずに鼻先ひとつで笑い飛ばすと、相貌の奥にチロリと狂気の炎を燻らせた。

「まったく……ガキはこれだからいけねぇな」

 アルベルは、手に持っていた斧槍を投げ捨てた。

 しかし、降参という意味ではないらしい。血のように赤いルビーの目には、不適な笑みを浮かべたままだ。

「そんだけ吼えたんだ……真っ二つで済むと思うんじゃねぇぞ……」

 底冷えする低い声とともに、狂王は右腕を振り抜いた。

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