第33話 1-33
「……ったく、バカ力が。どこまで吹っ飛ばしやがる」
アルベルは服についた砂埃を手で払い、「やれやれ」と首を回すと、床に落ちた斧槍を面倒そうに拾った。
サカキとアルベルが向かい合うこの場は、戦場より百メートル以上も離れた、ほかには誰もいない無人の地点だった。
空には照明の光も無く、微かな反射光を頼りにするのみで、辺りは薄暗い。
寒々しい青色の鉄床。その所々からは大岩が顔を覗かせ、無人の観衆が、ふたりの対決の瞬間をいまかいまかと待ちわびていた。
サカキは緋槍の持ち手の握り具合を確かめ、いまから始まろうとする大勝負に備えた。
直前にサカキが放った大技は、アルベルを主戦場から締め出すことに成功した。
あのまま、陣中でふたりが全力で衝突していれば、周囲への被害は甚大なものとなっていただろう。
単騎で敵の真っ只中に突撃してきたアルベルからすればどうでもよいことだが、商団側からすれば堪ったものではない。
事前の取り決めでは、アルベルをできるだけ遠くに追いやる必要があると説明された。
サカキはその取り決めを守り、戦いが始まってからいままで戦闘には参加せず、とにかく狂王の出現のみをひたすら待ち、機会をうかがっていたのだ。
まずは課題のひとつをクリアした。しかしサカキの心中には、達成感や安堵といったものは一筋とて湧くことはなかった。
――あれだけやって、ダメージが無いのか……。
事前から魔力と闘気を少しずつ蓄え、時間をかけて練りに練った必殺の一撃。それすらも、大した成果を上げることはできなかった。
アルベルの防御力が特別高いのだとか、そういったものではない。
単純に、あの時彼が放とうとしていた攻撃が、サカキの大技を相殺するほどの威力を持っていただけなのだ。彼を弾き飛ばせたのは、技の余波によるものが大きかった。
――技でもなんでもない攻撃に、あれほどの重みを乗せることができる。それは、想像するだけでも恐ろしい事実だった。
サカキが推測するに、攻撃力の面では到底、彼に敵いはしないだろう。
ならば「勝負するとすれば速度や技術の面で」ということになる。だが、さきほどの身のこなし、そして武器の扱いから鑑みるに、それすらも怪しかった。
――いや、冷静になれ。至らないところばかりを比べるんじゃない。
サカキは緋槍を水平に構え、攻撃よりも防御を優先した戦術
彼我の戦力差の前に、心が萎縮しているわけではない。あくまで現状の最適解として防御姿勢を選んだだけだ。もし隙があれば、その時は全力で殺りに行く気でいる。
そして敵はあの【
齢十七を間近に控えたサカキは、その若さに似合わず、トータルランクA+とランクは非常に高い。それは単なる才能の良し悪しだけではなく、恵まれた師と恵まれた機会、そして自身を上回る強者との戦いから逃げず、常に上を目指して戦い続けてきたからだ。
――これほどの場を与えられたことを感謝こそすれ、恐れることなどない。
戦意は十分と高め、そしてサカキは、磐石な体勢のまま足先をすり出した。
「おい、もしかしてテメェ、いままでオレが出てくるのを待ってたのか?」
しかし、相手はまだやる気ではなかったらしい。
虚を突くその質問に、サカキはどうしたものかと眉を潜め、瞳に思案の模様を見せると、最終的には口を開いた。
「そうだけど……何?」
一応、答えたが、口調は乗り気ではない。
サカキのそんなつれない態度にも、アルベルは気を悪くすることもなく。むしろ逆だったのか、瞳に好戦的な色を宿して上機嫌となった。
「いや、何もねぇよ? 女のピンチに現れるヒーローきどりが、オレを倒そうと思い上がってるっつーのが、ちゃんちゃらおかしくてよ?」
愉快に口から笑い声を漏らす青年に、サカキは瞳を細めて返した。
「別に、あんたが隙を見せたタイミングがあれだけだった、ってだけなんだけど」
「……あぁ?」
思いにもよらぬ言葉だったのか。アルベルの顔が狂相に歪んだ。
「だから、あんたは意外と優しいやつだったってことだよ」
相手によく聞こえるようにはっきりと言い放つ。
暫時の無言のあと、返事の代わりに鼻先ひとつの笑いが答えた。
「お喋りは終わりだ、
言葉が届くや否か。アルベルの姿が戦気によって膨張し、大気が爆ぜた。
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