第32話 1-32
――そんな……!?
一瞬の隙に、苦境へと立たされてしまった。
ミナは震えた膝でなんとか立ち上がると、前方から雪崩れ込んできた集団に目を向けた。
敵の魔術を防ごうと、ミナが防御の魔術を紡いだ瞬間。その瞬間を狙われ、敵の弓兵から狙撃を受けた。
矢は隣に立っていた兵士が代わりに受けてくれたため、ミナは無傷で済んだ。だが、魔術を発動させるタイミングが遅れてしまい、結果、相手の攻撃を防ぐことができなかった。
かばってくれた兵士は肩に刺さった矢を引き抜くと、「大丈夫ですよ」と、優しく笑ってくれた。だが、それがミナには返って痛々しく感じられた。
――私がもっとちゃんとしていれば、こんなことにはならなかった。
後悔が重圧となって圧し掛かり、ミナの心をくじき、よろめかせた。
――駄目……! こんなことでくじけちゃ……!
まだみんな頑張っている。失敗した上にひとりだけ先に諦めるなんて、そんなことができるはずがない。
ミナは己の弱さを見せた心を叱責して奮い立たせ、両手をかざして魔術を紡いだ。
乱戦になってしまえば、もはや広範囲魔術に出番はない。
相手の企みは成功したが、言いかえれば、これで守勢に回る必要性が無くなったとも言えた。
「透水の千針よ! ちりばみ、細め、あるがままに刻め!」
清らかに澄んだ結晶が生まれ、そして砕くと、現れたのは千の水針。
透水系統、
水針ひとつひとつに威力は無い。その代わりと数は多く、かつ命中精度が抜群に良いため、この魔術は乱戦に非常に向いている。
呼び出された水針が撃ち放たれ、それは千の矢となって旅団の後続部隊に次々と襲い掛かった。
幾重にも体に細針が突き刺さり、神経を直接襲う痛みに狂戦士たちの動きが鈍った。ダメージを期待している訳ではない。敵の足並みを乱し、隊と隊の間に隙間を生じさせることが目的だった。
「いまだ! いけ!」
その好機を狙って、突出した敵の一団に、商団の兵士たちは長槍をあらん限りの力で突き入れた。
商団の死に物狂いの抵抗に、旅団の隊列に乱れが生じる。
「よし、そのまま押し返せ!」
さらなる勢いで守備隊が前に出た。
重装を生かして壁を組み、一列となって旅団を押し飛ばす。
形成は互角へと盛り返した。――そう思われた矢先。
だが、ひとりの人間の登場によって、その勢いは打ち砕かれた。
現れたのは白装の
「テメェらおせぇんだよっ!! いつまでも待たせやがってぇっ!!」
アルベルは空中で身体を回転させ、遠心力を最大限にまで高め、手に持った斧槍を地面に叩きつけた。
とてつもない馬鹿力から生まれた衝撃波に、商団の重装歩兵の一隊がまとめて吹き飛ばされた。
四メートルの長さを誇る巨大な斧槍すらも、彼にとっては木の棒のようなものだ。
軽々と振るわれる無慈悲な攻撃の嵐の前に、商団の兵士たちは次々と討ち取られ、急速に数を減らしていく。
「テメェら急げ! 前に出ろ! ボスに続くんだ!」
連盟の首魁であるアルベルの獅子奮迅の活躍に、旅団の兵士たちは吼え、士気をこれほどないまでに燃え上がせた。
熱狂の渦に己の身を任せ、我先にと突撃を敢行する。
アルベルの単身の特攻。それは瞬く間に前線を押し上げ、ついにはミナの眼前にまで迫った。
「いいか! 相手はあの【
ミナを警護していた兵士が長剣を抜き放ち、友軍とともに狂王を迎え撃った。
「ハンッ、バカが! 数だけ揃えたって無意味なのがわかんねーのかよ!」
アルベルは、そんな彼らの抵抗の意思を鼻先ひとつで吹き飛ばすと、一振りごとにひとり、またひとりと叩き潰していく。
そしてわずかの合間に一隊を全滅させ、さらにほかの者へと襲い掛かろうと、アルベルが重心を前のめりにした時だ。
不意に、アルベルの周囲に高圧の水流でできた巨大な円環が生まれ、その刃を彼に向けた。
放ったのはミナだ。ミナは事前に兵士たちと打ち合わせをして、彼女が強力な魔術を紡ぐまで時間を稼いでもらっていたのだ。
円環は、狂王に首輪をかけ、御するが如く急速に狭まると、彼の姿を飲み込んで爆発を起こした。
大量の水飛沫とともに空気が重く響き、大気を震わせた。
如何な最高位のファウンダーといえど、直撃すればタダでは済まない。タイミングも完璧で、避けきれるはずがなかった。
だが、その見込みは甘かった。
遥か頭上に飛び避けていた白装の戦士が、斧槍を片手でぞんざいに振りかぶり、その目に銀髪の少女の姿を映したのだ。
「チッ、女か……」
アルベルの相貌が僅かな間弱まり、そして直ぐに引き締められた。
躊躇したのは一瞬だ。
そしてその一瞬が、十分な隙となった。
突如、熱風が吹き荒れ、それは狂王の頬を激しく焼いた。
「はあああああ!!」
炎とともに現れた少年――サカキ・ソーマは、レッドランサー・イフリートを握りしめ、あらん限りの力で打ち抜いた。
烈火の猛流が宙に螺旋を描き、狂王の強撃を正面から打ち据えると、それでもなお余る力を以って、狂王の身を彼方まで弾き飛ばした。
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