第30話 1-30
カツジが矢を取り出し、新たに狙う相手を選んでいた時だ。
本陣と連絡を交わしていたカルナが、面白くなさそうに鼻をひとつ鳴らした。
「どうやら、後ろにも敵が現れたらしい」
その言葉を耳に、カツジは矢を番えながら後ろを振り返った。
陣地の後方に、黒衣をまとった人間たちの姿がちらほらとうかがえた。恐らく、あれが旅団の奇襲部隊か何かだろう。状況は敵味方を入り混じる乱戦。しばらくは収拾がつきそうにない。
「あいつら、どこから来たんすか?」
「上から飛び降りてきたそうだ」
「ほー。それはまた大胆すね。最初に後ろで隠れてたやつらですかね」
「それとはまた別の部隊らしい。あれは陽動だったのかもしれんな」
会話を続けながらも、ふたりは弓を撃つことを止めない。
正面の敵は、奇襲に合わせて動きを活発化させ、後ろで待機していた兵も加えた一大攻勢を仕掛けてきている。
商団の兵も負けじと、重装兵を中心に防御の構えに徹し、なんとか持ちこたえようとする。だが、旅団の勢いは止まらない。
中世の正規軍をモチーフにした重装備の商団側に対して、旅団の兵は軽装で、盾などを持たずに、大型の武器を振り回す兵士を前面に押し立てている。
彼らは、突き止まぬ槍の雨に臆することなく肉薄し、力尽きるまで太腕を振るった。
燎原の炎の如く、素早さと熱量を持って侵略する狂戦士たち。そこに大魔術を早々に諦めた魔術師の大火力まで加わり、戦場の均衡は一瞬で崩れてしまった。
このままでは、前と後ろから押し潰されてしまう。
カツジは目を細め、遠くの一点を睨むと、意を決してカルナに宣言した。
「姐さん、ちょっくら、あの小うるさいハエを叩き落としてきますわ」
「……誰を狙う気だ?」
「魔術師っすね。流石にこれだけ横槍を入れられると、無視できないっす。さっきからミナちゃんたちが頑張ってくれてはいるんですが、どうも防御が追いついてないみたいで」
「ふむ……」
カルナはその提案に逡巡すると、返事の代わりに携帯を取り出し、素早くいくつかの操作を行った。そして、カツジの眼前にひとつのリストが映し出された画面を突きつけた。
リストには数人の冒険者の名前と、セツナの名前があった。足の速い人間で編成された遊撃部隊だ。
「いま動かせる人数は四人ほどだ。それで良いか?」
気を利かせて人員を選別してくれた師匠に、しかし、カツジは首を振った。
「うんにゃ、ひとりでいいです。人数が多いと動きがバレちまいまさ。それに、単騎駆けは男のロマンですからね。姐さんにいいところ見させてくださいよ」
言い放ち、カツジは精一杯の決め顔を見せたつもりだったが、彼女は、サッと見ただけで顔を逸らし、矢を放つ作業に戻った。
「それならすぐに行け。前線が持たん」
つれない反応だ。照れている――というわけでもなかった。
「ほいほい。じゃあ行ってきますよっと」
カツジは軽口を叩くと、相棒である黒弓を片手に、意識を切り替えるため、大きな深呼吸とともに瞬きをした。
そして、普段の青年には似合わぬ戦意の灯った瞳で、旅団の陣地を見透かした。
魔術師のおおよその位置はすでに割り出している。だがさすがに、そのまま兵士たちの横を通り抜けて向かうのは無茶だ。すぐに見つかって、袋叩きにあってしまうだろう。
カツジは、所々に転がっている岩の上を飛び移ったり、その影で身を隠したり、または、戦場に立ち込めた砂塵や照明の合間の闇を利用しては、兵士たちの目をかい潜っていった。
開幕に使われた煙幕のまだいくつかは健在で、魔術師は、それをうまく利用しては身を隠し、商団側へと魔術を放っているようだ。
魔術師の見える位置まで慎重に近づき、狙撃に適した場所はないかと付近を捜す。
同じ高さでは遮蔽物や警護の兵士が邪魔だ。なるべく高い位置が良い。だが、何も考えずに、敵陣のど真ん中でそんな目立つ場所に立つわけにもいかない。
カツジの持つルーンコード――【閃電】属性は、攻撃の方向を捻じ曲げたり、誘導したりすることを得意とする。
そのため、ある程度の無茶は利くが、攻撃時に激しく放電現象を起こすため、狙撃には適さない。
――目立つ技は使えないな……ソロプレイといい、スニーキングミッションといい、縛りプレイが多くて嫌になるぜ……。
いっそ、派手に正面からやってしまおうか。そう思い立つが、心の中で想像する程度に留めておいた。
周辺の人間の目線を探り、彼らの死角となる位置を割り出した。
――あそこか……?
陣地の中央に突き立つ巨大な岩板。戦場の中央に堂々と佇んでいるせいか、そこには誰も注意を払っていなかった。
開幕にカルナが放った【轟弾】を受け止めた岩板だ。【轟弾】を防いだだけあって、横にも縦にも広く、高さも十分だった。ちょうど良い事に、頂上にいれば姿を隠すこともできる。
問題があるとすれば、先客がいるかもしれないということだ。だが、少数程度ならば気付かれずに始末できる自信がある
――んじゃ、お仕事を始めますか。
カツジは岩の影に溶け込むように気配を消すと、右手を突き出して小さく呟いた。
「我が身は潜みし、卑劣の徒なり……」
闇から
暗黒系統、
欠片は黒くドロリとねとつく液体と化すと、カツジの手の隙間から零れ、足元にぼたりと落ち、そして染み込むように消えた。
一目見ただけでは何も変化は無い。これは、術者の存在感を希薄にする魔術だ。有効時間は一分と短いが、その分効果は高い。
即座に影からするりと抜け出し、戦場の視線と視線の隙間を伝い、岩板へと近づく。
そのまま頂上へ直接跳び移ることはできないので、カツジは足音を立てないように注意しながら助走を付け、手ごろな大きさの岩を中継ぎにして跳ねた。
――成功だ。周りの人間が気付いた様子は無く、そして頂上には誰もいない。
カツジは手元に黒弓――シュバルツ・ボーゲンを呼び寄せると、ゆっくりと黒塗りの矢を取り出し、慎重に番えた。
殺気を気取られるわけにはいかない。自身の体を床に溶け込ませ、岩板と一体化するイメージを思い浮かべ、己を、戦場に転がっている石のひとつに変えた。
――いまからアイツは、偶然転がり落ちた石で頭を打って死ぬ。そう、ただの運の悪い人間のひとりだ。誰かに殺されるわけじゃない。
自分自身にそう信じ込ませ、一滴の殺意すら忘却の彼方へと押しやった。
そうして、ゆっくりと弓弦が動き――それにかけられていた指が勝手に離れた。
一角の殺意もっていないただの流れ矢が、光すら映さぬ刃を以って、目標の眉間を穿った。
魔術師は、突然の衝撃に何が起きたのかわからなかったようだ。きょとんした表情のまま、後ろにゆっくりと倒れて大の字となった。
それが、あまりにもさりげなかったせいか。隣に立っていた警護の兵士は、ぽかんとした表情で死体を見下ろすと、声を上げることも忘れて棒立ちになった。
死体に光が灯り、そして消えると、
「て、敵か!?」
ようやく兵士は我に返った。
あたふたと剣を抜き放ち、大声で周囲に注意を呼びかける。
――おせえよ。まあ、でもこれで厄介なヤツがひとり減ったな。
あまりにもうまく行き過ぎて拍子抜けだが、仕事は成し遂げた。
長居は無用だ。すぐに撤収しようとカツジは身を返し、その場から離れようとした。
しかし突如、何も無い空間から剣刃が閃き、それは正確な軌道を以ってカツジの首筋へと迫った。
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