第28話 1-28

 商団の準備がようやく整った頃。

 それを見計らったように、旅団側から鬨の声が上がった。

「いいか、相手の挑発や誘いには乗るなよ? 数はこちらが上だ。それにこちらから攻める必要性がない。相手の方からこちらに来てくれるのなら、それを最大限に生かすんだ」

 サルガタナスが全軍に釘を刺す。

 現在、両軍は前方に盾を持った兵を配し、それと組むように弓兵を控えさせている。

 これは会戦時の定石のひとつで、大規模戦闘というものは、弓などを用いた遠距離戦から始まることが多いため、それを見越した配置なのだ。

 だが、洞窟内での戦闘を前提に編成された部隊だけとあってか、弓兵の数は少なめだ。洞窟の中は狭く、弓だと同士討ちが起きやすいため、最低限の人数しか連れてきていない。

 それは相手も同じようで、両軍を合わせても、弓兵の数は百にも満たなかった。

 旅団側は、ひとしきり鼓舞し、戦意を高めると、ゆっくりと前進を開始した。

「敵は横に広がっていて密度は低い。あまり遠くから撃っても、まぐれ当たりすらせんぞ。しっかり狙ってから撃て」

 大岩の上で弓兵の指揮を執っていたカルナが、ギリギリまで攻撃のタイミングを遅らせるように指示した。

 アバターが用いる弓の最大射程は、平均で三百メートルほどとなる。強靭なヴィラルエネミーの外皮を撃ち抜くために矢の先端を重くして飛距離を犠牲にしているが、現実の肉体が使用する弓と比べれば随分と広い射程距離だ。

 しかし、数百メートルも距離が離れてしまえば、矢の威力は当然下がってしまう。その状態では、集団戦でよく用いられる、アバター用の金属製の硬盾を突き抜けることはできない。

 そしてリアルの人間と比べれば、アバターは反射神経も身体能力も高い。二百メートルも離れてしまえば、もはや満足に当たらないだろう。相手に防がれたり、避けられたりしないようにすることを考えると、弓の正面からの有効射程はせいぜい百メートルかそこらになる。

 もちろん、弓士として段違いにレベルの高いカルナやカツジの有効射程は、一般の弓兵とは比べ物にならないほどにまで長い。

 だが、だからといってふたりが勝手に射始めると、周りの人間が釣られて撃ってしまう可能性がある。

 対集団戦において重要なのは全体で動きの息を合わせることであり、たとえ成果が上げられるとしても、個人で流れを乱すことはすべきではない。

 しばらく、互いに睨み合うだけの沈黙の時間が流れた。

 次第に両軍の距離が縮まり、弓の有効射程まであと五十メートルほどといった所だ。ふと、旅団側の前進が止まり、弓兵が弦を引く姿が見えた。

「おいおい、まだ距離はあるだろ?」

 カツジがひょうきんに声を上げたが、だが彼はすぐにその表情を変えた。

 相手が使用している弓――それは一般の物より大型で飛距離も威力もある、長弓ロングボウと呼ばれる代物だった。

 長弓は弦の張力が強く、引く力を多く必要とするが、その分、有効射程は長い。

 相手は射程の優位を生かし、先制しようというのか。カツジは、急いで盾を構えるように注意を呼びかけようとして――それを赤髪の弓士が遮った。

「違う。あれは攻撃用ではない」

 カルナの言の答え合わせをするように、矢は放たれた。

 五十程度の矢が、商団に向かって一斉に放物線を描き――しかしその陣地の一歩手前で力無く落ち、地面の上を跳ねた。

 たかだか百五十メートルかそこらで落ちるほど、長弓の弦力というものは弱くない。それに、砂地の地面に突き刺さらないというのもおかしい。

「失敗したのか?」。商団の兵たちが落ちた矢を観察すると、矢じりの代わりに、円筒状の大きな何かが矢先に付いていた。

「なんだ……? 爆薬か……?」

 恐る恐ると、誰かが呟いた。

 その言葉に反応したのか。矢先に付けられていた発炎筒に一斉に火が点き、灰色の煙がもうもうと立ち上った。

「煙幕だ!」

 瞬く間に視界を埋めつくしていく濃煙に、前線が浮き足立った。

「なるほど、私と撃ち合う気はないということか」

 相手は煙幕を利用して接近し、密着戦にもつれ込ませようというのだ。カルナはそう結論づけると、「だがな」と白銀の和弓を構え、矢の番えられていないままに、弓弦を力強く引き絞った。

 カルナの気迫に応え、弓に黄金の闘気が集う。彼女の手の動きに従うように、矢を番える籐頭から黄金の矢が生まれ、それは眩い光を放った。

「その程度で、私をどうにかできるとでも思ったか」

 カルナは煙に塞がれつつある視界の先を瞬時に捉えると、そして一切のブレなく弦を離した。

 黄金の矢が己の熱量で一瞬に溶け、その光は、一閃の大光となって宙を裂いた。


 練爆系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク轟点一弓ごうてんいっきゅう


【爆撃】【練気】の複合属性。それはカルナ・ヴォルムスの代名詞とも呼べる、必殺の威力を誇った一撃だ。

 宙を裂く大光が煙の壁を突き抜け、豪快に払うと、前進を再開した旅団の兵たちを軽々と吹き飛ばした。

 光に呑まれた旅団の兵が蒸発する様を見届けると、カルナはひとつ、鼻を鳴らした。

「十四人か。少ないな」

 淡々と成果を述べると、彼女は鋭利に細めたアメジストの瞳で、次の標的を探した。

「何をしている、いま撃たなければ私たちにもう出番はないぞ。手当たり次第でもいい、撃ちまくれ」

【轟弾】の威力に呆気に取られていた商団の弓兵たちが、その言葉に我に返ると、次々と矢を撃ち始めた。

 カルナ自身は二の矢を放つべく、煙に隠れた敵軍の動きを予測し、次弾を構えた。

 弓士の攻撃は、戦士と比べれば一撃が軽い。それが一般の認識だ。

 だが、カルナは己の魔力を大量に消費し、必殺の【轟弾】に変えることによって、弓の弱点である威力を克服している。

 つまり、魔力が尽きると【轟弾】を放つことができなくなるのだが、彼女の魔力量は規格外に高いため、それも問題にはならない。

 汗ひとつかくことなく、黄金の矢を生成し、再度矢を放つ。

 相手からしてみれば【悪夢】としか言いようのない連続攻撃も、しかし効果があったのは初撃だけだった。

 光の尾を引いて宙を貫く【轟弾】が、不意に、地面からせり上がったぶ厚い岩板に行く手を阻まれ、四散したのだ。

 岩板の表面が盛大に爆ぜ、反動で大量の土砂が舞い上がり、戦場に降り注ぐ。

 必殺の一撃を防いだ不可思議な現象。それはもちろん――。

「――共鳴晶術か」

 それもただの共鳴晶術ではない。強力な一撃を難なく防ぐ、高位の防御魔術だ。

「姐さん。敵に、腕のいい魔術師がいるっぽいっすね」

 隣で矢を放っていたカツジが、カルナと同じ感想を抱いた。

「相手はあの影集いの旅団だ。いても不思議ではあるまい」

 カルナは、いまの攻防でより濃くなってしまった煙の壁をざっと見渡すと、今度は実体の矢を取り出し、弓に番えた。

 前線のあちらこちらから剣戟の音が聞こえ始め、遠距離戦から接近戦へと移り変わったことを知らせてきたのだ。こうなっては、巻き添えが怖くて【轟弾】は使えない。

 戦槌が鎧を叩き、剣が肩を裂き、槍が鎧の隙間に突き立つ。

 本物の血こそ流れはしないが、繰り広げられる光景は古来の戦そのものであり、並び立つ両者の苦悶と怒りは本物である。

 生半可にマナなどというシステムがあるせいか。現実世界の人間と違い、アバターというものは一撃で仕留めることが難しい。倒れた相手に何度も何度も武器を振るう姿が随所で見られ、戦場は凄惨なものへと姿を変えていった。

 商団の兵士に迫り、豪快に頭部を棍棒で殴り飛ばした旅団の荒くれ者が、振り向き様に槍隊の攻撃を一身に受けて動きを止めた。しかし、それでもまだマナは尽きていないらしく、串刺しのまま棍棒を振り回し幾人かの兵士に傷を付けると、ついにはカツジの射掛けた矢で眉間を撃ち抜かれ、そこでようやく崩れ落ちた。

「かーッ! しつこいヤツらだぜホント!」

 カツジは旅団員のしぶとさに悪態をつきながらも、その手を休めることはしない。

「同感だ」

 カルナは赤髪をたなびかせ、三本の矢を同時に放って友軍を援護する。

 前線の勢いは旅団に分がある。こちらは数が多いとはいえ、対人戦に慣れていない者が多い。逆に旅団側は、常に対人戦に明け暮れた日々を送っているため、個々の練度が高く、全体の士気も高い。

 だが人数が少ない分、相手の方が消耗は早い。うまく粘り続ければ、商団側にも勝機が見えてくるはずだ。

 カルナとカツジのふたりで前線の穴を突かれぬように牽制し、徐々に陣形を修復していく。

「気をつけろ! 上からデカイのが来るぞ!」

 誰かの大声が響くと、後ろに控えていた兵士たちが、一斉に空を見上げた。

 洞窟内部の空から、数十にも及ぶ火球が、放物線を描いてこちらに降り注いできたのだ。

 火球はひとつだけでも四、五人を巻き込む大きさがあり、殺傷力の高さは疑いようがない。

 後方の兵士たちの中で慌てふためく者が現れたが、目の前で殺し合いを演じている前線の兵士たちには、そんなことを気にしている余裕は無い。

 炎の流弾が最前線を飛び越え、商団の中心へと飛来する。

 すると、陣形の中央――本陣から、青色の魔力波が空へと溢れ出した。

 それは大気を一度振るわせると、魔力の薄盾となって軍団を守った。

 火球は薄盾をしたたかに叩き、その表面を焼くと、高熱の飛沫を上げて破裂した。

 見た目では到底脆弱に見えた薄盾も、たわみ、伸びることによって破壊の衝撃をうまく吸収し、綻ぶことは一切なかった。

 無事、その場をやり過ごしたことが確認されると、後方の兵士たちの間からは安堵の空気が流れた。

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