第27話 1-27
暗闇の中、ぽつりと小さな光に照らされた場所に、大岩がひとつ寝転がっている。
「アルベル、こちらの準備は終わったぞ」
目深にフードをかぶったローブ姿の男が、大岩の頂上に座り込んでいた、白髪の青年に声をかけた。
「それじゃ、あとはあいつら待ちだな……」
気だるげな声で返すと、アルベルは暗闇を見つめていた目をさまよわせ、商団側の陣地へと向けた。
ふたりがいまいる場所は、旅団の陣地から少し横に離れた位置にある。アルベルはここで事前確認を済ませ、最後の準備を待っている状態だった。
ローブ姿の男――魔術師は、アルベルの表情からその心中を察すると、呆れを顔に描いた。
「なんだなんだ? 気が乗らないのか、お前は?」
「そういうわけじゃねぇよ。ただ、相手が相当デケェ連盟だって聞いてたからよ、少し期待しちまってただけだ」
期待はずれだ。と態度で示す頭目の言葉に、魔術師は鼻でため息をついた。
「あまり油断するなよ? あっちには【轟弾】がいるんだぞ?」
「【轟弾のカルナ】か……あいつが遠距離職じゃなけりゃあ、オレもちいっとは楽しめるんだがな」
アルベルは手をひらひらとさせ、相方の魔術師に「まあ、贅沢は言ってられねぇか」と投げやりな言葉をかけた。
ここ最近、アルベルは彼の心を躍らせるほどの力量を持つ戦士と、出会った覚えが無い。
西大陸にいないのならば、中央大陸に行けば「もしや」と思い、アルベルはわざわざ大陸の外にまで出向いたこともあった。だが、結局は空振りに終わってしまった。有名所に手当たり次第に挑み、勝利してきたが、それも煮えたぎらない戦いばかりだった。
無理もない。既にトータルランクがSSという大台に入ったアルベルと、互角に相手をできる人間などほとんどいるはずがないのだ。
一応、いるにはいるのだが、そういった【本物】はそれなりの地位にいることがほとんどで、おいそれと私闘を行える立場の人間ではなかった。ほとんどが門前払いか、戦闘直前に邪魔が入るかのどちらかだった。
――誰でもいい。自分と互角、いや、自身を上回る絶対的な強さを持つ相手と戦いたい。
強者故の渇き。その渇きは癒されること無く、アルベルはただただ、惰性で毎日を過ごしているだけだった。
退屈が喉元に食らい付き、それは決して外れることがなく、彼に飢餓の【痛み】を与え続けている。
「なにかいねーのか。無名の猛者とか、伝説の傭兵とか、そういった類に出会うイベントがよ」
口にすれば叶うというわけでもないのだろう。だが、だからといって言わずにはいられなかった。
しかし、投げやりなその言葉に、魔術師の眉が微かに反応した。
「お前の御眼鏡に適うかどうかはわからないが……少しくらいなら可能性はあるぞ」
【可能性】――その言葉に、アルベルは目の色をさっと変えた。
「あ? どいつだ? さっさっと言え」
前のめりになって話に食らいつく。
青年の急激な態度の変化に、魔術師はやれやれと呆れ笑うと、大岩の端に腰掛け、落ちついた声音で話を始めた。
「前に話をしただろ? 俺が【オルドナの森】に行った時の話だ」
「ああ、テメェがヘマした話か」
その話は人づてから聞いた。相方がオルドナの森に挑む一団に加わっていたという話だ。
攻略自体は成功したものの、相方の軽率な行動によって多大な損害が出たと聞く。そしてその落とし前をつけるために、相方はそれによって発生した損害全てに自腹を切ったとのことだ。
「それは言うな。――でだ、その時にエリアボスを倒したやつが、商団の中にいたのをさっき確認した」
「ハッ! そんな雑魚を倒したヤツに期待しろってか? テメェも焼きが回ったな」
急に興味が失せたとばかりに、アルベルは座り直して視線を逸らした。
そんな青年の横暴な態度にも、魔術師は一笑するだけで許すと、構うことなく話を続けた。
「いや、俺も戦った姿を直接見たわけじゃない。終わったあとに少し話をした程度だが、面白いやつだったのは覚えている。俺なりの勘ってやつで申し訳ないが――多分、そいつは強いぞ」
「……お前が人を褒めるなんて、久しぶりじゃねーか?」
「そうか? じゃあ、それだけ期待してもいいんじゃないのか?」
「……」
相方の言葉には答えず、アルベルは大岩から飛び降りると、頭をかいて商団の陣地へと目を向けた。
人間同士の戦に慣れた旅団の陣地とは違い、相手の陣地の中は慌しい。いっそ、さっさと奇襲でもかければ楽に勝てるのだろうが、それで勝ったとしてもアルベルとしては面白くはないし、納得もできない。
相手を全力にさせた上で堂々と戦い、ぐうの音も出ないほどの完全勝利を収める。それが影集いの旅団のモットーだ。団長自ら破る気は毛頭無い。
アルベルは商団に目を向けたまま、件の相手はどいつなのかと探していると、
「静かだな」
脈絡の無い話を振られた。
「あ?」
視線を魔術師に戻すと、男は、暗闇の奥に続く広大な空間を見つめていた。
「こんな真っ暗で――深い、深い闇の底にいるとな……何か色々と考えさせられるな」
その先を辿り、確かめれば。暗闇の奥の所々に、鈍くか細い光が見えた。
冒険者たちが灯した明かりを、地面に転がっている鉱石たちが反射しているのだ。
それはとても儚く、暗闇の中に灯されたかがり火のようにも見えた。
アルベルが砂利を踏むと、地質の問題なのか、音が反響せず、吸い込まれるように消えていった。
静寂に包まれた深淵の底。【フェルノ深淵】と名付けられたこの洞窟は、いまその名を体として現している。
「昔、草原で野宿した時のことを思い出すよ。静かな暗闇の中、全員で薪を囲んで、他愛の無い話ばかりしてたよな……明日は、どこのどいつを倒すだの息巻いて……とにかくあの時は若かった」
「なに急にセンチメンタルになってんだ。年寄りみてーなこと言ってんじゃねぇぞ」
うざったらしそうに返すが、アルベルは本気で否定しているわけではない。
それは魔術師もわかっているらしく、
「すまんな。少し感傷的になってしまった」
自嘲的に笑うと、腰を上げ、ローブについた汚れを払った。
相方が感傷的になる気分は、アルベルにも痛いほどにわかった。
昔は、ただひたすらに楽しかったのだ。強さとかそういったものは二の次で、今日明日にやってくる冒険と戦いの日々に、心を躍らせてばかりいた。
どれだけの月日が経とうとも、どれだけ自分たちが強くなろうとも、それは変わらないものであり続けると信じていたのだ。
だが現実は――。
「昔は強くなりたい一心だった。けど、強くなったらなったで、今度は敵がいないってな……笑えるな」
現実を見据え、淡々と結末だけを語る相方に、アルベルは何と返そうかと、髪をかき回して思考を渦巻かせた。
すると、不意に携帯の振動機能が作用した。
部隊内で用いられている緊急通達文だ。確認すれば、その文章には、「終わりました」とそっけない一言だけが書かれていた。
「終わったみてーだ。じゃあ、オレもちょっくら準備してくるわ。あとはテメェに任せたぞ」
アルベルが話を切り上げてその場を立ち去ろうとすると、魔術師が呼び止めた。
「気を付けろよ。お前が一番、危険な役どころなんだからな?」
「あ? オレを誰だと思ってやがる? テメェみてーなヘマするかよ」
アルベルは相方のいらぬ心配を一蹴しようとするが、あまりうまくはいかなかった。彼は意地の悪い顔を浮かべ、急に態度を軟化させるなり、皮肉を言ってきたのだ。
「いやいや、お前は女子供に甘いからな。変なところでやられるかも知れないだろ?」
「ハッ! オレの心配より、テメェの眉間がぶち抜かれねぇように注意しろ。相手に【轟弾】がいることを忘れてんじゃねーのか?」
「あー……それは善処しよう。まあ、お互い注意するということで」
魔術師は頼りない返事をすると、そこで話を切った。
彼は魔法使いとしての腕はたしかだが、代わりのように身体能力が低いのだ。一点特化型と言えば格好は良いが、それしかできないとも言えた。
照明をそのままにすると、ふたりはそこで別れ、互いに暗闇の中へと消えていった。
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