第26話 1-26

 青年は、そのすらりとした上体を気だるげに持ち上げると、その顔に自信と嘲りの色を宿し、対面する者たちを睥睨した。

 白の髪に、白の細皮鎧。日焼けしたその体はひょろりとして長いが、動きに弱々しさは微塵も感じられない。その狂気とも取れる相貌には赤い輝きが灯り、横に長く尖った両耳も相まって、彼は風体だけで見るものを威圧した。

神樹の枝ツリーフォーク】の青年は携帯を取り出し、発言をその場すべての人間によく聞こえるようにアプリケーションに補佐させると、嘲り切った声でこう言った。

「鉄血商団のみなさんこんにちは~。こちらは連盟【影集いの旅団】、団長のアルベルで~す。早速ですが、みなさんには残念なお知らせがあります。お前たちはオレたちに包囲されています。抵抗は無意味だから大人しく死んでください。でもそれだとつまらないので、派手に抵抗して無様に死んでください。――はい、以上。宣戦布告はしたぞ」

 青年のおふざけが過ぎる通告に、彼の配下である旅団員たちから失笑が漏れた。

 しかし、言いたいことはそれだけだったらしい。アルベルと名乗った青年は、そのままあっさりと踵を返した。

「待ってくれ!」

 その背中を、男の声が引き止めた。

「あぁん?」

 アルベルが肩越しに後ろを見ると、商団側から大男がひとり――ショーデルが姿を現した。

 その顔は緊張で強張っているが、場の雰囲気に呑まれている様子はない。

 ショーデルはずしりと重い鉄鎧を鳴らして両軍の間に立つと、アルベルと向かい合った

「オレは鉄血商団の連盟長、ショーデルだ。このような場で、かの高名な【狂王オーバーロード】、アルベル殿に出会えるとは光栄だ」

 形式がかった挨拶にアルベルはまず舌打ちで返すと、面倒そうに顔を歪めた。

「ケッ、高名じゃなくて悪名だろ。……で、何の用だ? 命乞いでもしに来たのか?」

「命乞いではないが、オレたちは、いまここで君たちと事を構える気は無い。できるなら、穏便に話し合いで解決できないだろうか?」

 ことさら上から目線の挑発には乗らず、ショーデルは落ち着いた口調で述べた。

 その発言に、アルベルはつまらないものを聞いたとばかり、思いっきり地面を蹴って前のめりになると、その目をギラリと光らせた。

「あぁ? テメェ馬鹿か? オレの名前を知ってんなら話がはえぇだろ? 戦闘集団、影集いの旅団の目的はただひとつ、ケンカだけだ。オレたちはな、ただテメェらをぶっ殺して遊びてぇだけなんだよ!」

 街角のチンピラのように言い放つと、アルベルはその視線に狂気の色の宿し、商団の面々を刺した。

「そういうわけだから話し合いは無駄だぜ? テメェらは戦って死ぬか、ビビッて逃げるか。それしか選択肢はねぇ。まあ? うまく命乞いができるんなら、オレたちも興が冷めて大人しく帰るかもなぁ?」

 アルベルの散々な物言いにも、商団の中からは何も声が上がらない。それを臆病風に吹かれたと捉えたのか、

「いいぞボス! もっと言ってやってください!」

「連中、ボスにビビッてやがるぜ! なっさけねぇな!」

「デケェ連盟だって聞いてたのによ、たいしたことのねー腰抜け揃いだなオイ!?」

 次々とはやし立てる旅団員の言葉に、アルベルが「ふっ」と笑いをこぼした。

「だぁってろ、連中がかわいそうじゃねーか」

 旅団員たちに黙るように命令するが、またもや失笑が漏れた。が、すぐに手下たちは真面目な顔を作り直すと、それきり口を閉じた。

 アルベルを長とする影集いの旅団は、恐怖や従順で支配された組織ではない。彼らは悪党なりの信頼関係というもので強く結束している。それは突かれるとあっさり崩れるような脆い絆ではない。

「つーわけだぜ大将、大人しく仲間のところに帰んな。後ろからズドン! ――なんて卑怯な真似はしねーからよ? 何ならオレが送ってやろうか?」

 白髪の青年は、「さぞ愉快」とばかりに提案する。

「……いや、結構だ」

 ショーデルは歯噛みしそうになる心を押さえて自制すると、大人しく引き下がることにした。





「やはり話し合いは無駄だったか。聞いた通りの無法者だ。吐き気がするな」

 ショーデルが陣に戻るなり、カルナは不快そうに吐き捨てた。

「すまない……最初から素直に戦っておけば良かったな。連中に言いたい放題言わせてしまった」

 口惜しそうに語るショーデルに、サルガタナスはその肩を叩いて、「気にするな」と励ました。

「おかげであいつらの狙いも分かった。財宝がどうのだとか、そういうことではないらしい。要は、連中をそこそこ満足させればいいわけだ」

 サルガタナスは気楽な態度でそう言うが、周囲の反応が和らぐ気はしない。

 少し離れた位置で話を聞いていたミナは、現在の商団の置かれている状況がいまいち理解できないのか。眉を寄せた顔をフミコに見せた。

「フミコ、影集いの旅団って、そんなに強い連盟なの?」

「強いですね。西大陸の連盟の中でもトップクラスの戦闘集団です。【軍団戦儀レギオンクラスタ】の成績も、常に上位ランクをキープしているほどです」

「……レギオンクラスタ?」

「え~と……レギオンクラスタとは、いわゆる連盟同士の【戦争】のことです。互いに何かを賭け、もしくは【試合】と称して大人数で戦うこと――それがレギオンクラスタです。レギオンクラスタを行う連盟は数多くありますが、その中でも影集いの旅団は戦闘狂の集団として有名です。彼らは時と場所を選ばず、自分たちの都合のみでレギオンクラスタを一方的に申し込み、そして相手を打ち倒すことを目的としています」

「……連盟ぐるみでそんなことして楽しいの?」

「はい。彼らは他人に迷惑をかける行為でも、それが【戦い】であるなら楽しいんです。わたしにはちょっと理解ができませんけど、それが彼らの【普通】なんです」

 フミコは説明を終えると、彼女にしては珍しく不機嫌そうに目尻を上げ、旅団の陣地を睨んだ。

 普段なら愛嬌のある翡翠色の瞳を、いまは嫌悪の色に塗り替えていて、その心情を隠そうともしない。

 ムードメイカーである彼女がそうなると、場の雰囲気がより一層重くなってしまう。

「まあ、いまはそれよりも、相手と『どう戦うか』だよ」

 雰囲気を変えようと、サカキが別の話題を切り出した。

 彼自身は特に怒っているという様子はなく、いつもの表情で、淡々としていた。

「相手の連盟は鉄血商団よりは規模が小さいけど、構成員は戦い慣れしてる人間ばかりだ。それに今回は、連盟長のアルベルが出張ってきてる」

 サカキの言葉のあと、カルナがゆっくりと頷いた。彼女はその瞳を細め、頭上を漂う照明へと視線を移した。

「【狂王オーバーロード、アルベル】。悪名と武勇が中央大陸にまで届いている猛者だ。性格はあの通りの狂犬だが、馬鹿ではない。そして、対人、対集団戦に特化した連盟を率いるだけあってか、本人の戦闘能力は非常に高い」

「そりゃそうっすよ。なんてったって、相手はあの【失われた王座レリックナンバー】のひとりなんですから。姐さんと同格の人間が、弱いわけがないですよ」

 カツジが苦笑する。

「…………フミコ?」

「はい。レリックナンバーというのは、最高位のファウンダーたちに贈られる特別なグレードのことです。わたしたちの中だと、カルナさんがそれに当たります。その席の数は十二と限定され、相応の実力と功績がなければ就くことができません。まさしく、【最強】であるファウンダーたちに送られる名誉の称号――それがレリックナンバーです」

「そ、そんなランクの人たちがいまこの場にふたりも……!?」

 フミコの説明に、ミナが口をぽかんと空けた。

 伝え聞く限りでは、アルベルのトータルランクはSSにも及ぶ。西大陸でも指折りの、文句無しのトップクラスファウンダーのひとりだ。こちらの戦士職の中で、最もトータルランクの高い人間はサカキだが、そのランクはA+と大きな開きがある。

 一応、同じランク帯であるカルナがこちらにはついているのだが、彼女は後衛職なので、正面切ってアルベルを向かえ撃つことはできない。

 そうなるとこの戦いでは、相手のエースをいかにうまくやり過ごすかが鍵になる。

「奴と渡り合える人間はサカキくらいだろう。厳しいかもしれないが、とにかくサカキには時間を稼いでもらう。その間に私たちが、旅団に壊滅的な被害を与えて撤退させる。いま思いつく限りではこれが最良だろう」

 ほかには、アルベルひとりに複数の高ランクファウンダーで当たるという手もある。

 大将首を早々に取り、敵の戦意をくじく作戦だ。しかしそうなると今度は、商団の前線を支えられる人間がいなくなってしまう。肝心のアルベルを討ち取る前に押し切られる恐れがある。現状では悪手に見えた。

 それに、相手側にはアルベルしか高ランクの者がいないとは限らない。想定外の強者が現れた場合に対処できる者がいなければ、そこで勝敗が決してしまう恐れがある。

「代案は無いのか」とカルナが各々の顔を見回すが、誰も口を開きはしない。

 ショーデルは周囲に一つ目配せをすると、そこで取りまとめることにした。

「では決まりだな。カルナ、すまないが、全軍の指揮はお前がしてくれないか? こう言うと見も蓋も無いが、鉄血商団はヴィラルエネミーばかりを相手にしてきたせいか、対人戦にはどうも疎い。どう采配すればいいのか、オレたちには正直わからんのだ。その点お前は、レギオンクラスタ最強と言われる、あの大聖堂騎士団が誇る【七大聖堂】のひとりだ。こういった戦いで指揮を執ることは、慣れているはずだ」

 しかし、その提案にはカルナは首を振った。そして、「なぜだ」と問いかけられる前に、彼女は先に理由を話した。

「私が総指揮を執るということは、。それでいいのか?」

 その発言から意味を察すると、ショーデルは呻き、黙り込んだ。

 この戦闘でカルナを総指揮官にした場合。彼女は指揮に集中するために、前線に出ることができなくなってしまう。

 一応、総指揮官にそれだけの技量があるのならば、前線で指揮を執るということは効率が悪いができなくもない。

 しかし、基本的には総指揮官が前線に出る事態は避けるべきだ。

 たしかに、アレクサンダー大王のように軍団の長が先頭に立ち、兵を鼓舞するという話は歴史でもよく聞くだろう。だがそれは、総指揮官が討ち取られやすいというリスク孕んだ、非効率的な策にしか過ぎない。どうにか前線の士気を上げたいという状況以外では、下策にしか機能しないのだ。

「私を下がらせるほどの余裕は無いはずだ。それにこれはお前たちの戦いだ。だから、総指揮官はお前自身がやれ。それでも不安だと言うなら、私の代わりに、サルガタナスを補佐に付けよう」

 カルナの言葉に、今度はサルガタナスが呻くことになった。帽子を手に取り、否定的な目で彼女に取り付いた。

「おいおい、俺も大集団を率いた経験なんて無いぞ? 用兵術なんて書物で読みかじった程度だ」

「構わん。知っているだけましだ。お前は気付いたこと、思ったことを提言するだけでいい」

「そう言われてもな、人選はもっと慎重に――」

「サルガタナス、時間が無いんだ。面倒かもしれないが、手を貸してやってくれ」

 言葉を遮り、そしてカルナは、迷いの無い目でサルガタナスを見た。

「私は何も、いい加減なことを言っているわけではない。いまこの場で、私の次に指揮を執れる人間が、お前しかいないだけなんだ。私に代わり、どうか彼らを助けてやってくれないか?」

「……」

 サルガタナスは、バツが悪そうに帽子をかぶると、ため息をひとつついた。

 そしてやれやれと肩をすくめると、

「拝命承りましたよ、お姫様。やるからには、直ぐに取り掛からせていただきましょう」

 口の端を笑わせた。

 そうして、陣内はにわかに慌しくなった。

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