第25話 1-25

 調査の結果、目的の場所はこの空間の真下にあることがわかった。

 どうにか下の階層に下りられる場所は無いのかと、大穴の縁を一周してみる。すると、降りるためには最適な、倒壊した場所を発見できた。

 穴底には到底届かないが、大穴は吹き抜けの構造になっていたようで、すぐ下に別の階層が確認できた。倒壊によって生まれたガレキを伝えば、その場所に下りることは容易だ

「間違いないな。座標を確認したが、高さは合っている。このすぐ先に、大部屋がいくつかあるはずだ。そこにお宝がある」

 そう述べると、金属鎧をまとった大男――鉄血商団の長、ショーデルは、白髪交じりの頭髪をポンと叩いて頬を緩ませた。

「やれやれ、ようやく……か。長かったな」

 サルガタナスは息をひとつつくと、帽子の縁から目を覗かせ、暗闇の先を見た。

 現在、下の階層へ下りたのは数名の先遣隊と、ショーデルを含むギルドの人員数名。それにカルナとサルガタナスの第四軍代表だけだ。

 残りの人間たちは上の階層で休息を取っている。先遣隊が戻り次第、すぐにでも最後の行軍を行う予定だ。

「ショーデル、ひとつ、気になることがある」

 カルナは切れ長のアメジストの瞳を細めると、大男を真正面から見た。

「なんだ?」

「なぜそこまでこのエリアの詳しい情報を知っている? 崩落前の情報など、当時の人間ですら首を傾げるレベルだぞ?」

 坑道の崩落を経験した当時の人間でも、崩落を起こすきっかけとなったブラッドエネミーがいたという、坑道の最奥にまでたどり着いた冒険者たちのことを知らない。

 そして理由はわからないが、その当事者たちですら口を閉ざしたため、いまでは最奥へのルートどころか、そこで何があったのかすら記録には残っていない。

「ううむ……」

 ショーデルはカルナの眼差しを真摯に受け止めると、宙に目をさまよわせ、言いづらそうに口を開いた。

「連盟でも、ほんの数人しか知らないことだが……まあ、お前にならいいだろう。ここが、フェルノ深淵と呼ばれるようになる前――大崩落の日、この最奥までたどり着けたのは、僅か五名の冒険者たちだけだった。後にファウンダーズ・ギルドの創設者となった偉大な魔術師、大陸最強の槍術士、そして剣聖と称えられた剣術士など……いずれも名だたる冒険者たちだ」

 ショーデルは一旦区切ると、足元に転がっていた鉄クズを拾い、光に当てて眺めた。

「その内のひとりこそが、オレの祖母だったわけだ。……オレは子供の頃から、よく祖母の冒険譚を聞かされていたよ。何処何処に行っただの、あのモンスターは強かっただの。まあ、決まって二言目には、『あの人が倒した』とか、『あいつは天才だった』だの、仲間の自慢ばかりしていたがな」

 ショーデルから失笑が漏れ、話が遮られる。だがそこまで聞けば、あとは推測でどうにでもなる。

「つまり、お前の祖母が情報提供者というわけか?」

「そういうことになるな」

「解せんな。なぜいまさらになって、ここを攻略する気になったのだ。崩落から数えて六十年だぞ? もっと機会はあったはずだ」

 カルナの指摘にも、「もっともだ」とショーデルは相槌を打った。

「理由はいくつかある。第一に、道がここまで通じている保障が無かった。崩落後は二次災害を恐れて、ほとんどの区域を立ち入り禁止にしていたらしい。それで、あまりにも長い間そうしたせいで、このエリアに潜る人間が誰もいなくなってしまった。ウチの連盟は世襲制だが、先代――つまりオレの父親の代には、すでにここは捨てられたエリアになっていた。だからだ。崩落のあとにどうなったのか、当時の人間たちは調べてすらいなかった」

 隣で黙って聞いていたサルガタナスが、地面に転がっていた石ころを軽く蹴った。

「なるほど、つまるところこいつは、わりと最近になってから浮上した話なんだな?」

「そうだ。オレが連盟の長となってから、崩落後の状況を調べさせ、少しずつ準備をしてきた。そしてようやく攻略の目処が立ったのは、つい最近のことだ」

 ショーデルが手に持っていた鉄クズを投げ捨てると、カルナはその話に納得したのか、目を閉じて頷いた。

「わかった、もう十分だ」

 カルナは背を向け、上の階層へと戻るために足を進めた。

「待った。――まだ理由がいくつかあるんだろ?」

 終わりかけた話を、サルガタナスが引き止める。

「ああ、そのとおりだ。まだ二、三はあるが……オレを急がせた最大の理由がひとつある」

 ショーデルは、深彫りの顔に寂しい笑顔を浮かべた。

「祖母はもう長くないらしい。だから、あの世に行く前に、オレなりの手土産ってやつを渡してみたくてな……」

 そうして、彼が鼻をひとつ鳴らすと、話はそこで終わりになった。





 カルナたちが上の階層に戻ると、商団の間からざわめきが起こっていた。

 冒険者たちの様子は、慌てているというよりは「目の前の出来事にどう対処すべきか悩んでいる」といったもので、酷く落ち着きが無かった。

 その中で指揮を執っていたひとりがショーデルの顔を見るなり、足早に駆け寄り、彼に何事か耳打ちをした。

「どうした? エネミーか?」

 いくつかの可能性を頭の中で想定して、カルナなりに一番可能性が高いものを上げたつもりだが、どうやら違ったらしい。

 ショーデルはかぶりを振ると、まず幹部たちに指示を出した。そして、隊の後方へと足を向けるなり、

「どうやら、ハイエナのお出ましらしい」

 彼は苛立たしげに吐き捨てた。





 商団の布陣より先、洞窟の暗闇の中を、いくつもの明かりが漂っている。その下には、四百にも及ぶ冒険者の集団の姿が見えた。

 彼らは鉄血商団のように、統一された装備をしていない。第四軍のように各々の装備はバラバラで、荒れくれ者特有の粗野な身なりと身振りをしていた。

 その集団は鉄血商団と向かい合うように陣を敷いていて、厳しい顔つきで商団側を監視している。さきほどからその目的を何度か問いかけてはいるのだが、返事はいまだに無かった。

「見えている範囲で四百、それに加えて、影の方にも何人か隠れてるね。数は――五十人かな?」

「いえ、大体百人ほどですねー。合計で五百人はいるんじゃないでしょうか?」

 暗視能力を持ったフミコがおおよその人数を割り出すと、カツジがため息交じりに頭をかいた。

「多いな。ていうか、なんだってこんなタイミングに来たんだ? ……いや、このタイミングだからこそか?」

「商団の内部から、情報が漏れていたのでしょうか?」

「どうだろうな。商団は前々から準備をしていたから、勘のいいヤツはそこで気付いたのかもしれないしな。一概にどうとは言い切れないが――どっちにしろ、戦いになるのは間違いないだろうよ」

 避けられない事実を述べつつ、カツジは第四軍の面々に布陣を指示すると、ぐるりと周囲を見回した。

 商団側は、残骸の山を背にした密集陣形で、防御に適した陣を敷いている。

 対する相手は、Vの字を反転させた形に人員を配置した、攻めの陣形だ。どうやら、陣形の突破力を生かして乱戦に持ち込む腹積もりらしい。

 まず戦闘が避けられないものだと仮定すれば、こちらは人数が多く、そして無理に攻めなくてもよい分、相手より大分有利な状況に置かれている。

「しっかしなぁ……」

 それは相手も重々承知のはずだ。そんなわかりきった状況で、こちらにケンカを吹っかけてくる理由は何なのか。それが問題だった。

「そんなに横取りしたいのか……?」

 お宝目前で横からかっさらう。悪質な冒険者たちの中には、この行為を生業とする者がいる。

 聞いた限りでは簡単そうに聞こえるが、実際はそううまくはいかない。事前の情報収集は不可欠で、例え情報がうまく手に入ったとしても、最終的にはエリアを踏破できるほどの集団を相手取ることがほとんどなので、それなりの人数と腕が無ければ不可能な行為だ。向こう見ずな馬鹿に勤まらない。

 つまり相手は、この不利な状況をひっくり返せる算段がついている。そう考えるのが自然だ。

 単純に相手の平均ランクが高いのか、人数差を打ち破る奇策があるのか。もしかしたら、秘密兵器のようなものがあるのか。あるいは、これはただの陽動で、やつらには別の狙いがあるのかもしれない。

 カツジは色々と考え、しかし現状では決めることはできないと判断すると、しばらくは成り行きを見守ることにした。

 ――相手は奇襲をかけず、堂々と姿を現した以上、何かしらのアクションがあるはずだ。

 そのカツジの読みは当たった。

 相手の集団から、ひとりの青年が前へ出てくる姿が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る