第23話 1-23

 サカキは四枚貝の化け物の正面に立った。

 体から力を抜き、衝突の瞬間に備え、いつでも万全に動けるように身構えた。

「サカキさん、ちょうどよい機会です。この前に考案した、を試してみませんか?」

 直前にセツナが提案してきた。

か……。いいね、やってみようか」

 サカキは迫り来る巨体から目を逸らすことなく、軽い会話のノリで承諾した。

 シェルウォーカーは前進の勢いを殺すことなく殻を閉じ、ノコギリのようにギザギザになった先端を使い、横なぎの一撃を放ってきた。

 斬撃というにはお粗末すぎるその攻撃を、サカキは素直に、後ろにステップを踏んで避けた。

 その間にセツナが神速の動きで背後を取ろうとするが、その動向は読まれていた。

 シェルウォーカーは攻撃の慣性を使って振り向き、盾のような前腕を振るって、地面の砂を叩いた。

 襲い来る砂の散弾に、セツナの姿が飲まれた――かのように見えたが、彼はいつの間にか、シェルウォーカーの後ろへと回りこんでいた。

 そしてその対面には、緋色の剣槍を振り構えたサカキの姿が。

『せーのっ!』

 気楽な掛け声とともに、ふたりはタイミングを合わせて二槍をモンスターの側足へと振るった。

 攻撃によってかたよった重心に、その瞬間を狙った下からの打撃技。目的は足を切ることではない。すくい上げることが本命だ。

 狙いどおり。シェルウォーカーの巨大な体がふらつき、盛大な音を立てて後ろへと引っくり返った。多足が天井を向き、カチャカチャと情けない音を立てて動いた。

 しかし、できた隙は少しだけだった。シェルウォーカーは殻を思い切り開き、その勢いで元の体勢へと跳ね起きたのだ。

 だが、こうなることは初めからわかっていた。ふたりの狙いは隙を作ることではない。

「ナイスだ諸君」

 一筋の、細く、鋭い雷の矢が宙を駆けた。

 シェルウォーカーの殻が開かれたといっても、それは外側の二枚が開いただけだ。内殻はいまだ閉じられている。普通の矢では、到底その甲殻は打ち破れない。

 しかし、それでも狙える場所はある。殻と殻を繋ぐ靱帯――【貝柱】だ。

 雷が蛇のようにうねり、殻の隙間に潜り込む。矢が貝柱の外靱帯を貫き、内靱帯へと突き刺さった。


 閃電系統、共鳴絶技レゾナンスブレイク【ライトニング・バインド】


 矢に込められた【閃電】の魔力が流れ、閉じかけたシェルウォーカーの上殻が勢いよく跳ね上がった。

 殻の開閉をつかさどる靱帯の内のひとつ。【弾帯】と呼ばれるそれには、殻を開く作用がある。

 貝に熱を通すと勝手に殻が開くのは、この弾帯があるからだ。その部分に直接高圧電流を流し込み、無理矢理に殻を開かせたのだ。

 四枚の防御の内、二枚は封じた。

 もちろん、これで終わるはずがない。

「二番手、いきます!」

 ミナは気合を入れて、サファイアの結晶を生成した。

 それは即興の下位魔術ではない。十二分な威力を持つ、高位の共鳴晶術だ。

 ミナに手に結晶が収まり、頭上へと掲げられた。

 しかし、シェルウォーカーがその動きに反応した。残りの二枚の内殻を開き、内臓の見えるグロテスクな外套膜を覗かせると、その隙間から紫の怪しい光を瞬かせた。

 共振。

 大気が球体状に震える様が見えた。それは歪んでは波打ち、不可視の音波となって放たれた。

 通常、共鳴晶術を使用するためには、その属性に対応した結晶を生成して制御する必要がある。

 そして魔力で紡がれた結晶は不安定で脆い。シェルウォーカーはその特性を利用し、振動波によって結晶を砕き、魔術を暴発させようとしているのだ。

「音波か……」

 サルガタナスは一目で攻撃の種別を把握すると、ミナとカツジの前に躍り出た。続いて彼はコートの内側から小さな青銅製の鐘を取り出し、チリンと小気味の良い音を鳴らした。

 美しく響く鐘の音が、衰えぬ孤立波となって洞窟に反響した。それが音波に届くと、音の相殺によってシェルウォーカーの攻撃からは威力が失われ、果てにそよ風と化してかき消えた。

「さ、お譲さん。あとはご自由にどうぞ」

 サルガタナスは帽子を脱ぎ、大仰にコートを翻して一礼する。

 それに応え、銀色の長髪が鮮やかに宙を舞った。

「凍てつき、特と知らしめよ! 汝は万物を抱く、氷公の息吹なり!」

 細腕が流れ、そしてサファイアの結晶が握り潰された。


 氷雪系統、共鳴晶術レゾナンスドライヴ【チルフリーズ】


 結晶の残片から|寒の白息が放射され、銀の奔流がシェルウォーカーへと叩きつけられた。

 開かれた内殻。内臓すらうっすらと見えるその身が、直接冷気にさらされる。水に濡れた体表面が白く染まり、果てには貝柱ごと凍りつき、巨体は弱点を晒したまま動きを止めた。

「いまだ……!」

 サカキの呟きとともに、セツナが白槍を払った。

 生み出された旋風がサカキとセツナを中心として荒れ狂うと、ふたりはその力に乗って突風の如く駆け出した。

 それぞれが緋槍を右に引き、白槍を左に引く。ふたりは背中を合わせ、ひとつの弾丸となって大気の壁を突破し、シェルウォーカー目掛けて飛び掛る。

 風の狭間が道を切り開き、緋槍に込められた黄金の輝きが道を照らす。

『いっけぇぇッ!!』

 合わされ、繰り出される二槍の突攻。

 それは化け物のむき出しの弱点に突き断ち、見事その身に穴を空けた。

 爆発。

 一際甲高い音が洞窟に轟く。四枚貝の上殻が割れ、勢いよく打ち上げられた。

 そしてシェルウォーカーは、糸の切れた人形のように、ガチャンと音を立てて砂浜に崩れ落ちた。





「よっし! 勝ったな!」

 カツジは拳を握り締めると、ミナと顔を合わせて笑いあった。

 今回のふたりはサポートしかできなかったが、やはり嬉しいものは嬉しいらしい。

「ぶっつけ本番だけど、うまくいってほっとしたよ」

「ええ、なんとかなるものですね」

 爆風の最中、サカキとセツナは互いの拳を合わせ、健闘を称えあう。そして、モンスターが消えゆく様を見届けようと、振り向いた。

 同時。シェルウォーカーの体内に残っていた、【爆炎】の魔力が再び爆発を起こし――残されていた内殻の一枚が空を飛び、それが遠くの砂浜へと落ちた。

 ゴオォォォォンッッ。

 洞窟に、硬板を打ち付けあった、重厚だが間抜けな音が響き渡った。

『……え?』

 怪訝な表情で一同は振り返った。

 集まる視線の先。砂浜の一点が盛り上がり、さらなるシェルウォーカーが一体、その姿を現した。

『ええっ!?!?!?』

 今度の敵はさきほどの敵よりも二回りは大きく、その殻の形も色も異なった。――端的に言えば……「強そう」だ。

「はっっあぁぁ!? バッカじゃねーのぉぉ!?」

 カツジが悪態をつき、仕舞いかけていた黒弓に、急いで矢を番え直した。

「やれやれ……どうやら、さきほどのあれには番がいたようだな」

「うう……そうみたいですね……」

 呆れ顔のサルガタナスに、額に汗を浮かべたミナが答えた。

「……さっきの敵よりも大きいですね。これ、同じ手が通用しますかね?」

「どうだろうね。形も大きさもああまで違うと、もう別の種類の敵なのかもしれないし」

 セツナが苦笑いを浮かべ、サカキがそれに答えた。

 終わったと思った矢先のおかわりに、一同のモチベーションはダダ下がりだ。

 しかし、出てきたものはしょうがないとばかりに、カツジが声を上げた。

「ええい! とりあえず、ソーマとセツナは前衛頼むわ! 誘いをかけて、弱点を出すところからまた始めるぞ!」

 早々に指示を投げ、カツジ自身は黒弓の魔力を開放する。

 ――消耗を考えていては時間の無駄だ。今度は全力で早期決着を狙う。

 カツジは前線に出向く、戦士ふたりの後ろ姿から視線を移し、モンスターの動向に神経を尖らせた。

 ――まずやるべきことは陽動だ。

 カツジは暗闇の魔力を封じた弓弦を引きしぼり、精神を統一。狙いを貝の大化け物へと定めた。

「――邪魔だ。十秒で退け」

 凛とした声がカツジを引き止めた。

 それは覚えのある声だった。

 その声に、カツジの脳裏にはとある光景が思い出された。そしてその言葉が差す意味を理解し、彼は青冷めた。

「そ、総員退避!! 》から逃げろぉぉ!!」

 悲鳴に近い大声を上げ、グループメンバー全員に道を開くよう指示する。

 それは指示が大雑把すぎて、意味として伝わるかどうかは賭けだった。が、カツジの慌てぶりからある程度推測したのか。疑問符を頭に浮かべるミナをサルガタナスが伏せさせ、サカキとセツナは横に飛びのいた。

 刹那。一条の大光が宙を走り抜けた。

 大光は一瞬で大化け物の巨体を飲み込み、強大な熱量をもって甲殻を炙った。

 間を持たずして、破断音とともに四枚貝が爆ぜた。それは正面から豪快に二つに割れると、その姿を一際大きな爆発が包み隠した。





「うう……いまのは一体、なんだったんですか……?」

 ミナが目をしばたたかせながら、隣のサルガタナスに問いかけた。彼女はさきほどの光を直視してしまったため、目がおかしくなったのだ。

「いや何、怖いお姫様のご登場らしい」

 男性はおどけて言うが、その顔には冷や汗が浮かんでいた。

「……?」

 ミナは意味がわからず、首を捻った。

 そして焼かれた目の視力が回復すると、ミナの視界には、焼けただれたモンスターの姿が。それは下殻の皿の上にちょこんと添えられ、焼けたたんぱく質特有の、香ばしい匂いを放っていた。

「い、一撃ですか!? も、もしかしてカツジ君が!?」

 ミナが視線で問いかけると、三枚目の青年は慌てて腕をブンブンと振り、「違う」とジェスチャーでアピールした。

「ええっと、それじゃあ誰が……?」

 ミナが「どういうことだ」とまたもや小首を傾げると、

「まったく、お前たち揃いもそろって、何を遊んでいるのだ」

 後方から、いらただしげに言い放つ女性の声が聞こえた。

 不快感の強い、高圧的なその声。ミナは恐る恐る振り返った。

 ――そこには、白銀の和弓を携えた、赤髪の女性がひとり。

「雑魚なら一撃で終わらせろ。時間の無駄だ」

 弓士として最高位と名高いデリーターウルフの女騎士――カルナ・ヴォルムスは、自信に彩られた美貌をこれでもかと輝かせ、嫌味を言った。

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