第21話 1-21
太陽の光すら届かぬ洞窟の中を、白い光が漂っている。
まばゆい光を放ついくつもの球体。それが空中にふわふわと浮かび、広大な洞窟の中を明るく照らしている。
「構え!」
号令が飛んだ。
大盾を構えた数人の男たちが、足に力を込めて前方を見据えた。
決死の覚悟で挑む彼らの眼前には、体長が二十メートルを超える巨大な昆虫――大ムカデがいた。
それは体中をぶくぶくと肥え太らせ、赤黒い体をより不快に強調している。体の節と節からはギチギチと音が鳴り続け、頭部からは、毒液を垂らす口器が不気味に覗いていた。
その絶えず動き回る多足相手には、生理的嫌悪感をもよおす者も少なくないだろう。しかし、男たちはその程度で怯みはしない。
大ムカデ――ファッティ・センティピードはその巨大な頭部を持ち上げると、大きく振るって戦士たちへと叩きつけた。
受け止めた大盾が悲鳴を上げ、男たちの手にすさまじい力が伝わった。衝撃で数十センチほど彼らの体は後ろに押し出され、しかし、踵で地を掴み、押し留まる。
「やれ!」
『おう!!』
新たな号令に、男たちは大音量で応じた。そして、手に携えた槍を渾身の力で突き出した。
大盾に噛み付くムカデの頭部に、いくつもの槍が突き立つ。
頭部への集中攻撃にモンスターは苦悶の鳴き声を上げ、攻撃から逃れるべく上体を起こした。
「撃てぇ!」
間髪をいれず、後方に控えていた弓兵隊が一斉に弓弦を放した。
矢の雨が降り、ヴィラルエネミーの体に突き刺さる。大ムカデの、その名前の由来ともなった百を超える足の数も相まって、その姿は全身からトゲが生えた柱のようにも見えた。
「突撃!」
『おお!!』
追撃が下され、大盾兵の間から長槍を持った一団が飛び出した。
駆け、勢いをつけ、体重を前方に。彼らは力のこもった一撃を次々と放った。
ヴィラルエネミーの足が飛び、体節のいくつかが切り切られ、そして遂には頭部がちぎれ落ちた。
彼らの猛攻にファッティ・センティピードはなすすべなく討ち取られ、その醜い体を地に落とした。
男たちは勝利の声を上げ、各々の健闘を称えあった。
その様子を離れた位置で見ていたカルナが、つまらなさそうに鼻を鳴らした。
「あの程度で喜ぶとはな。お気楽なことだ」
「まあまあカルナさん、それくらい良いじゃないっすか。連中もよく頑張ってますよ。姐さんと比べるのは酷ですって」
隣で経過を観察していたカツジが、飄々とした態度で彼女の機嫌を取った。
そんな青年の言葉にもカルナは鼻先ひとつで答えると、彼女は、自らが率いる一団へと向き直った。
カルナが率いる第四軍は、ほとんどがこの場限りの傭兵だ。
しかし、彼らはただの寄せ集めではない。大陸でも屈指の実力を誇る弓士――カルナ・ヴォルムス自身のつてで集められた、彼女の御眼鏡にかなったファウンダーたちなのだ。
その中にはサカキとミナ、そしてセツナとフミコの姿もある。
カルナは、その凛々しい眉目で傭兵たちを見渡した。
「では打ち合わせのとおりだ。次は我々が前に出て、先遣隊の護衛を行う」
命令を下し、人員を選抜する。
先遣隊の護衛を行う少数の隊と、その後ろを守る隊に分けるのだ。
「カツジ、お前が率いろ」
「うっす、わかりました姫様」
小隊の指揮官に任命された青年は、軽口をひとつ叩くと、自らの隊へと足を運んだ。
「つーわけでだ、俺たちが最前列に出ることになった。いいな?」
カツジは自らの小隊員――サカキ、ミナ、セツナへと同意を求めた。
「ああ、いつでもいけるよ」
サカキが躊躇無く答えると、ミナとセツナが続いて肯定した。
「アンタも構わないよな?」
カツジは、さらにもうひとりの男へと視線を向けた。
その言葉に、白のバルマカーンコートを羽織った男がもぞりと動いた。
「ああ、もちろん構わない」
落ち着いた、それでいて気だるげな声で、男はつば付きの帽子からやる気の無さそうな瞳をのぞかせた。
「よろしく頼むぜ、サルガタナスさんよ」
カツジが平手を立てて挨拶すると、男性からは「ああ」と、気の無い言葉が返った。
「――長いから『サル』でいいぞ。知り合いにはそう呼ばれているからな。羽柴秀吉みたいであれなんだが……まあ、好きな方で呼んでくれ」
彼は無精ひげに手を当てると、親しみやすい笑みを浮かべた。
男のアバター名はサルガタナスという。
彼の身長は長身のカツジよりは低いがそれなりにある。つやの無い黒髪に、やる気の感じられない茶色の瞳。全身からは怠け者のオーラが漂い、とにかく覇気が無い。いまも暢気にコートの裾を払い、帽子の位置を正している。
サカキたちは誰ひとりとして、彼とは面識が無かった。
その実力は未知数だが、あのカルナがじきじきに選んだファウンダーなのだ。ならば相応に高いのだろう。
簡潔に挨拶を済ませると、サカキたちは損害を確認している第二軍の横を通り抜け、先遣隊の元へと向かった。
今回、ダンジョンを攻略するために集められた有志たち。その数は実に千百人にも上った。
核となる連盟――【鉄血商団】とその系列からは八百人、傭兵が二百人、そして、その他の理由で集まった百人がその内訳となる。
早朝からダンジョンに潜る事十時間。予測では、あと二時間ほどで目的地に着くころだ。途中、何度もモンスターと遭遇し、それなりの損害も出たが、おおむねは順調だった。
洞窟のあちらこちらが崩落で塞がれていたため、場所によっては大回りを余儀無くされた。それでも洞窟は広大で、数十人が固まって行動しても何の支障も無いほどだった。
「この洞窟……昔は坑道だったんだよね?」
ミナがあちらこちらへと首を動かし、辺りに散らばる木材や木箱に目を向けた。
前もって偵察中に音を出すことは禁止されている。音でヴィラルエネミーに気づかれる可能性があるからだ。
しかしこの一帯は、さきほどの大ムカデの縄張りなのだろう。ほかのヴィラルエネミーの気配がまるで感じられない。サカキたちの先を歩く先遣隊の面々も、一度顔を向けただけで注意はしなかった。
とはいえサカキは、そのまま話を続けるべきかどうか迷ってしまった。セツナもカツジも口を開かず、ただ黙っている。
すると、彼らの代わりに、
「【フェルノ深淵】。元々は【フェルノ坑道】と呼ばれていたそうだ」
最後尾にいたサルガタナスが答えた。
「武具に属性を与える原石。それが数多く採れるとあって、昔は上層にある【フェルノ洞窟街】ともども、相当に賑わっていたらしい。しかし、とあるブラッドエネミーとの戦いが原因で、大規模な崩落が起きた。そのせいで、いまはこんな小さな横穴だらけになってしまった場所だ」
そう説明してきた男性に、ミナは疑問の視線を投げかけた。
「小さい……ですか? かなり大きな洞窟だと思いますけど……」
「そうだな、普通の洞窟と比べればでかい部類に入るな。でもな、昔はもっと広かったんだ。というかそもそも、ここは洞窟じゃなかったんだ」
男性のその言葉に、サカキが不可解を示した。
「もっと大きな洞窟だったって話は聞いたことがあるけど、洞窟じゃなかったって話は初耳だね」
「そりゃそうだ、崩落よりずっと前の話だからな。――聞きたいか?」
おどけた様子の男性に、少年と少女が頷いた。
サカキは好奇心で、ミナは知識欲だ。ふたりして話を聞く事に集中する。
「ずっとずっと……百年以上も昔の話だ。本来、この場所は深い峡谷だった。その峡谷にあった洞窟のひとつが、いまのフェルノ洞窟街にあたる。その峡谷にある日、空から巨大なものが振ってきた。周辺一帯の環境を大きく変えるほどの質量衝突。そいつのせいで崖のほとんどが崩れ落ちて、みんな塞がった。だからいまある洞窟は、その時にできた隙間のひとつにしか過ぎないのさ。現に地層の分布状況と、衝突の圧力で生み出された新たな地層と鉱石の類が、その事実を証明している」
サルガタナスの昔話に、いままで黙っていたカツジが反応する。
「へー、あんた、よく知ってんな?」
「そういう話が好きなだけさ。こう見えても、リアルだと考古学の博士号を持っているからな」
「ほー、学者様ってワケか。で、その落ちてきたものが何なのか、アンタは知ってるのか?」
話に食いついた青年に、コート姿の男性は帽子のつばをいじった。
「いや、それは俺にもわからん。今回、このダンジョン攻略に参加したのは、『それがなんであるのかを調べるため』というのが理由でな。それで知り合いに頼んで付いてきたってわけだ」
「ほうほう、なるほどな。でもルインズアークの昔のことなんか調べて楽しいのか?」
「そりゃ楽しいさ。というか、お前たちはこの世界のことを不思議に思ったことはないのか?」
サルガタナスのセリフに「この世界が不思議……ですか?」とミナが返す。
「考えてもみろ。この世界に人類が足を下ろしたのは六十年ほど前の出来事だぞ。だというのに、各地に存在する遺跡やミスティックレアなどの遺物は、それの遥か以前から存在する代物だ。じゃあ、そいつを作ったやつは誰だ? 現代の技術でも再現できないオーパーツであるミスティックレアを、一体どうやって開発した? もし何かしろの文明があったのだとしたら、その文明を築いた奴らは何処に行った?」
「それは……」
男の問いかけにミナが言い詰まる。
「俺たちの世代ではもうすでに、小さな頃からルインズアークで過ごすことが当たり前になっていた。だから、そんな不思議なことなのに何にも疑問を抱かない。ほかにはヴィラルエネミーやこの世界の管理システムに関してもそうだ。やつらは何処からやってくる? なぜいままで誰も出会ったこともないモンスターの名前や特徴を、俺たちはアバターの見識判定で知ることができるんだ?」
サルガタナスは歌劇の如く両腕を広げた。
「な、わからないことだらけだろう? 俺はそいつを知りたいと思っただけだ。だからこうしてここにいる。――いや、もしかしたら、『世界の秘密を暴く』ことが俺の使命なのかもしれないな」
演説めいた口調から一転、サルガタナスは肩をすくめてごまかすようにおどけてみせた。
「……世界の秘密を……暴く……」
ぼそりと、サカキは言葉を反芻した。彼の行おうとしていることが、何か得体の知れない恐ろしい事実を掘り起こそうとしているように思え、空恐ろしい気分になり、首筋に寒気を覚えた。
周りを確かめれば、皆一様にサカキと同じ顔をしている。口を閉ざし、黙って歩くことしかできない。
「……おっと、そろそろ縄張りを抜けるな。それじゃあおしゃべりはここまでだ。そろそろ気を引き締めていくぞ」
その状況をちょうどよいとばかり、サルガタナスはそう話を締めた。
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